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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅥ(りょう担当)
31/66

第二話

 中華、宋の時代に伝承された「白蛇伝」。

 主人公・白蛇の精「白娘(パイニャン)」は己が愛した人の男を得るために命がけで法僧と戦う。霊力のすべてをかけて。

 そして、中華から遥か遠い砂漠の国・蔡にも恋しい男を得るために、大海に葦の小舟で漕ぎだそうとしている女性がいた。

 その女性とは、美しき舞姫・柚姫ユヒ

 彼女は引き裂かれた恋人・青と再びまみえるために己のすべてを犠牲にする。美しい身体も、己が誇りも、良心さえも・・・・。

 だが、得がたきものを得るために多く代償を支払ったとしても、必ずしも得られるとは限らない。

 なぜなら、天上におられる神々はなべて気まぐれで、人に無慈悲であられるからだ。



 陽花楼の一卵性双生児、蓮姫リョンフィ柚姫ユヒ

 彼女らが生れてより『西の善きテングリ』『東の悪しきテングリ』ほどに隔たっていたわけではなく、子供時代はほんの髪の毛一筋ほどの違いだった。

 いや、陽花楼に売られた三才当時は少しも違わなかったろう、人に愛でられる愛らしさも舞の上達速度さえも。

 けれど、ほんの微々たる違いは長じるに従って取り返せないものとなって二人を隔ててていく。

 おそらく、二人を違えたのは柚姫の自意識の強さといったもの。

 例えて言うなら、公平に扱われることに抵抗のなかった蓮姫と、公平に扱われることに違和感を覚えた柚姫。

 女将・房子にともに褒められ、大切にされることを喜ぶ蓮姫と、女将の愛を蓮姫と分け合うことに不満な柚姫。

 ふたりで力をあわせて、酒楼を盛り立てていこうとする蓮姫と、蓮姫とすべてを分かち合わなくてはならない運を呪う柚姫。


(あたしを見て、あたしだけを!)


 そこには強烈な自我の芽生えに苦しむ柚姫がいて、しだいに蓮姫と己の違いを際だたせるために突飛な行動をとるようになっていく。

 蓮姫が舞の稽古に励んでいるとき、柚姫は怠け、蓮姫が後輩を可愛がれば、柚姫は反対に虐げる。

 けれど、それは結局、己自身の人生を生きることにならず、蓮姫にまるごと支配されているも同様。 柚姫はそれを嘆き、蓮姫の影響下から逃れようと足掻きに足掻いた。

 

(なぜ、あたしだけがじりじりしていなくてはならないの。

 蓮姫はいつも涼しい顔をしているのに)


 柚姫の焦りは次第にいら立ちに変わり、双子の姉を疎ましく思うまでに育っていく。

 けれど、二人を決定的に分けたのは柚姫の初恋であった。



 それは蓮姫、柚姫ともに十五才の秋。

 柚姫が恋したのは女将「房子パンジャ」の情人。

 陽花楼の雇われ護衛だった情人はもぎたてのすもものように爽やかで、剣の腕も立つ、姿のいい男だった。

 小娘が初恋の相手とするには遜色がないような・・・・。

 柚姫は男が房子の情人と知っても、夢中になった。

 けれど、柚姫より一回り以上年上な男はまるで父親のごとく接してくる。

 もちろん、幼少時から一緒に暮らしているのだから仕方ないことなのだが、柚姫はそれが不満でならなかった。

 何が何でも自分のものにしたい。

 強烈な独占欲が湧きあがる。

 それに、この男が己を選んだなら、誰よりも魅力的な女であるとの証しがたつ。

 そう結論づけた柚姫は男を堕とすことに全身全霊を傾けた。

 そして、それは子供のころより男を観察してきた柚姫にはたやすいことであった。

 たとえば、男の目前で事あるごとに膨らんだ双乳や白い太腿を見せつけ、意味ありげに微笑むとするりと裳裾を翻す。

 そんなことを繰り返せば、房子とすれ違い始めていた男は柚姫からほんの少しも目が離せなくなってくる。


 けれどある日、柚姫が男を誘惑していることを知った姉・蓮姫から強く諌められた。


「柚姫、お願いだからそんなことはやめてちょうだい。

 もし、お母さんに知れたら、ただでは済まないのよ!」


 柚姫は姉が本気で心配している様子になお苛立ち、ふんとばかりに鼻であしらった。


「きれいごと言わないでよ!

 あんたはあの人を取られたくてそんなことを言ってるんでしょう?」


 思ってもみない妹の言葉に目を瞠っている蓮姫になおも激しく言いつのる。


「それに、いつまでもあんたとすべてをわかつなんてまっぴらなのよ。

 あたしは、あたしだけのものが欲しい。あたしだけを見てくれる人が欲しい。そう願って何が悪いというのッ!」


 そう叫び様、柚姫は走り去り、ひとり残された蓮姫は妹の背中を目で追いながら、茫然と立ち尽した。

 自分たちは一卵性双生児だ。

 鏡に映したごとく同じ容貌だし、幼少時はお互いの心が手に取るようにわかったから、長じても柚姫が同じ考えでいると思い込んでいた。

 いや、本当は少しずつすれ違ってきていることに気づきたくなかっただけだ。

 蓮姫は目を閉じて、しばし自問する。

 柚姫が言ったように、大抵の女なら好いた男に自分だけを見て欲しいと、自分だけを守って欲しいと願うものだ。

 けれど、蓮姫は誰かに守って欲しいと考えたことがない。

 それに、双子の妹である柚姫とすべてを分かち合うこともまったく気にならならない。

 でも、だからといって柚姫に同じ考えでいろと望むのは間違っている。

 この瞬間、蓮姫は柚姫と己が全く違う人格であると心底から理解したのだった。


 だが、そうはいっても相手は房子の情人である。

 いや、その前に陽花楼の使用人なのだ。

 二人の関係が露見した場合、女将がとる措置は・・・・。

 蓮姫には房子がどういった結論をだすかわかりすぎるくらいにわかっていた。

 だから、祈らずにはいられなかった。妹が男をあきらめ、元に戻ってくれることを。

 もう、柚姫が己の意見を聞くことはないと。それどころか、余計に意固地になってしまうと知った蓮姫のたったひとつできることだったから。

 蓮姫はその場に額ずくと、日が暮れるまで『西の善きテングリ』に祈りを捧げたのだった。



 *****



 柚姫の初恋の相手はセイという三十路を少し超えたばかりの男。

 十年程前、房子パンジャは姿もよく剣の腕もたつ青を陽花楼の護衛として雇い、その性根を見定めた上で己の情人とした。

 いや、情人というより、共に使用人を束ねてくれるものが欲しかったのだ。青は若いという欠点はあるものの、仕事熱心で使用人たちから頼りにされていたから。


 けれど、いまだ若い青が房子の思惑を完全に理解することなどできるはずもない。情人としたくせに寝屋事にあまり熱心ではない房子に苛立ちを感じたとしても無理はなかったろう。

 そして、まさにそんな時だった。

 美しく成長した柚姫に秋波を送られたのは。

 もちろん、娘か妹のように思っていた柚姫をすぐに女として意識することはできなかったが、繰り返し女となった証を見せつけられればしだいにその気になってくる。

 

 双子が諍いをしてから一週間が経った小春日和の午後。

 青が目の色を変えて、柚姫の後を追いかけてきた。

 さんざん焦らされていたせいか、青は井戸の前で柚姫を強く抱きしめ、激しく口づけてきた。

 柚姫は内心で快哉を叫ぶ。

 そして、植え込みの陰でおこなわれる慌ただしい情事。


『おまえが欲しくてたまらなかった・・・・』


 幾度、耳元でその言葉を囁かれたことだろう。

 そして、自身をぶつけるように柚姫を愛してくる青。

 今まで青をどこか冷めた男だと思っていた。他人を一歩引いたところから見つめるといったような・・・・。

 だというのに、この男の変わりようはなんなのだろう。

 ひょっとしたら青も自身を唯一と求める存在に渇えていたのか、柚姫と同じように。


(ああ、あなたも自分だけを特別といってくれる相手が欲しかったのね)


 涙があふれだす、うれしい誤算に。

 まさか心まで求めてもらえると思っていなかったのだ。

 もちろん、先から青を好ましいと思っていたが、その気持ちは蓮姫に対する当て付けや自己顕示欲からであり、男自身を求めたものではなかった。

 けれど、肌を通して流れ込んでくる青の心を知った瞬間、柚姫は真実、青を愛したのだった。



 *****



 陽花楼の舞姫・柚姫は使用人棟を狂女の如く彷徨う。

 なぜなら、彼女の恋人・セイは「柚姫」という商品に手を出した罪で、己の職場を、陽花楼を着のみ着のままで追い払われてしまったから。璃安の街からさえも。

 柚姫はすぐに恋人を追いかけようとした。

 けれど、自らは陽花楼の奴隷。勝手に花街を出ることは許されてはいない。

 それに、万が一花街を逃げ出したことが知れたら、十中八九遊女に売られるだろう。

 酒楼である陽花楼ならば芸を売るだけで済んでいるが、妓楼に売り渡されれば、どこの誰とも知れぬ男に夜毎、肌身を許さねばならなくなる。

 例え、使用人思いの女将・房子がそれをどんなに望まなかろうともだ。

 それがここ花街の厳しい掟。

 だから、柚姫は身がふたつに裂かれそうであっても、必死に堪えた。遊女に堕とされたなら、再び青の前に顔を出すことなどできまいから。


 けれど、蓮姫だけは許せない、柚姫の幸せを妬み、房子に注進に及んだ姉だけは・・・・。

 青が陽花楼を叩き出された晩。

 風が轟々と恐ろしい音で、俄か作りの使用人棟の扉をがたがたと揺らしていく。

 そんな砂漠の国では稀な嵐の中、柚姫は使用人たちの私室の扉を大きな音で開け閉めしながら、血眼になって蓮姫を探し歩いた。


「蓮姫、出てきなさいよ!」


 まるで幽鬼さながらに髪を振り乱し、蓮姫を求め彷徨う柚姫は娘たちのみならず、男連中をも震撼させた。棟を吹き飛ばしかねないほどの暴風よりも強く。

 彼らは人が人を想うこと、その果てにある狂気が何よりも怖ろしく思えたのだ。

 だが、都合のいいことに蓮姫はその晩、大尽の屋敷に招かれ、外出中であった。もし、蓮姫が陽花楼にいたなら、血を見ずには終わらなかったろう。それほどに柚姫の怒りは尋常ではなかった。


 大暴れした柚姫は、護衛たちに当て身を喰らわされ昏倒した。

 けれど、翌朝、目を覚ました柚姫の目に狂気の色はなかった。そのため、房子は柚姫が落ち着いたのだと勘違いしてしまった。

 自室に呼び出した柚姫に、二人の仲を密告したのは蓮姫ではないし、青には隣町の妓楼へ紹介状を書いたから心配はいらないのだと諄々と諭した。     

 たが、柚姫は房子の言をほんの一筋も信じていなかった。


 なぜなら、花街において男衆と妓女の不祥事はご法度となっているが、そこは男女のこと、恋愛沙汰はまま起こり。けれど、どんなに厳しい楼主であっても、男を璃安から永久追放するなどという話はついぞや聞いたことがない。

 それどころか、女の年季があけるのを待って、所帯を持たせてやる情け深い楼主もいるほどなのだ。

 それゆえ、柚姫はその事実だけをとりあげ、女将の真実を曲解してしまった。


 青を永久追放にした理由をただの八つ当たりにすぎないと、房子に根付く男性不信が青に裏切られたことで一気に吹き出し、ことさら厳罰を与えることになったのだと考えた。

 そのうえ、常なら女は浮気をした男より、相手の女を憎むものなのに、柚姫を恨みに思う様子がない。その事実も彼女の考えを後押しした。

 

 柚姫は房子に一礼をすると、室の扉をことさらゆっくりと閉めていった。

 そしてそれは、柚姫が完全に心を閉ざした瞬間となった。

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