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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅢ(かえ担当)
14/66

第二話

 けだるい、昼下がり。

 睡蓮は一人、自室の窓辺に腰かけ、

 もの思いに、耽る。


 今宵、日が暮れて。

 この界隈に色彩華やかなる灯が点る頃には。

 酒楼の入口へ大がかりな看板が立ち。

 睡蓮を中心にして嵐が巻き起こる。


『我こそはと思う者は、当代随一の舞姫、

 睡蓮の旦那として立候補されたし!』


 ビラも配る。

 店の前に舞台を設え、賑やかな群舞の後、

 睡蓮が登場し。


 艶めかしい舞を披露して、観衆を魅了して。

 夢見心地の彼らへ、紙の束をばらまくのだ。


 ヒトは競争を好む。とりわけ、男性は。

 そして罰当たりなことに、

 平穏な日々が続くと、退屈を覚える生き物でもある。



 睡蓮を巡る争奪戦は、

 人々にとって格好の娯楽となる筈。


 血は騒ぐだけ騒がせておきながら。

 現実には一滴の流血も、せず。

 闘争本能を「安全に」発散できる。


 勝利者は、ただ一人。

 敗残者は、数知れず。


 選ばれなかった悔しさや悲しみは分散され。

 さらに互いが肩でも叩き合って慰め合えば。

 連帯感が芽生え、傷心が癒えるのも、早い。


 睡蓮本人が、誰が見ても納得できるような相手を、

 選びさえ、すれば。


 ああ、あの男ならば。

 睡蓮を射止めるのも道理、と称えられる相手を。


 地位、名声、知性、品格、財力、容姿に至るまで。

 なにより肝心なのは睡蓮に対する愛と誠意、そして、

 睡蓮が心から、愛せること。


 それらは厳しく、吟味される。

 睡蓮だけでなく、女将をはじめ酒楼の娘たち全員に、

 加えて、衆人環視のもと開催される故、

 街中の人々から注がれる視線や評判も、

 もちろん無視は、できない。


「抜け駆けや裏工作や卑怯な手口は通用しなくてよ、

 お生憎さま、ふふふっ」


 女将に圧力をかけ、煩わせた連中に、

 睡蓮は、怒り心頭。

 英愛ヨンエに言われるまでもなく、

 彼らの鼻ヅラは、引きずり回してやるつもりだ。


 とはいえ過剰な恨みを買うのは、なにかと都合が悪い。

 復讐を遂げるにしても、恥をかかせるにしても、

 限度を超えれば、洒落にならない。


 ことを公にするのは、歯止めをかけるため。

 彼らにも、自分にも。


 戦争を、したいのではない。

 あくまでも、鬱憤を、晴らすだけ。


 なんと言っても彼らは客なのだ。

 しかも、上客。

 そっぽを向かれては、こちらが困る。


 女将・房子パンジャが営む、この酒楼は、

 睡蓮にとって、大切な場所。

 女将は母、ともに働く娘たちは姉妹。


 家庭であり、職場であり、

 世の荒波を乗り切るための箱舟であり、

 薄幸な娘たちを守るための、城砦。


 ここは、苦界の入口。

 ここへ辿り着いた娘たちは薄幸だけれど、

 まだ幸運の女神に見放されては、いない。


 芸や媚びは売っても、身体までは売らなくて済む。

 恋愛は、自由。

 実際、恋をして、それを成就させ、

 ここから飛び立つ娘だって、何人もいる。


 女としての、ごく当たり前の幸福など、

 とても望めぬ境遇の女たちが吹き溜まる、

 この苦界において、そのような娘が、何人も。


 何故なら、ここを取り仕切るのは、母さん。

 房子という、稀代の女丈夫だから。


「本当は、あたしは小心者なんだよ。

 だけど、なにせガタイがこれだろ、

 なにかと頼られちまってね。


 しかも気が弱くて、嫌と言えないもんだからさ、

 もう、目一杯つっぱって頑張って、

 どうにか切り抜けてくしかなかった。


 その繰り返しというか、積み重ねで、今こうしてる。

 あたしが今こうしていられるのは、

 頼ってくれた何人もの女の子たちの、お陰だね」


 いつだったか、ほろ酔いの女将は、

 睡蓮へ、問わず語りをしてくれた。


 女将・房子は大柄で、凛々しい顔立ち。

 父は、剣闘士。

 闘技場で、死んだと聞かされた。

 房子は父を知らない。

 まだ母の胎内にいた頃、闘技場で命を落した。


 母は良家の令嬢だった。

 嫁入り前に身籠ったため、そして堕胎を拒んだため、

 無情にも、勘当された。


 行き倒れた彼女を救ったのは、

 苦界の、花郎女ファランニョたち。

 最底辺の生活をしながら、

 苦界の女たちは身重の彼女を養い、出産に立ち会った。


「この子は、あたしたち皆の子だよ」


 産まれたのは、元気な女の子。

 名は「房子」

 房子は母にも、花郎女たちにも慈しまれて育った。


 房子の母は良家の出。

 身につけた教養を房子にも、苦界の女たちにも施した。


 それを快く思わぬ者が、いた。

 女たちを食い物にする、男。

 花郎女たちの、支配者。


 女どもに小賢しい知恵など、不要。

 あいつらには「お道具」さえあればいいんだ。


 手下に命じて房子の母を拉致し、

 辱め、なぶり殺した。


 後先考えず、

 無謀にも単身、母を助けに虎穴へ飛び込んだ房子も、

 母の、二の舞に。


 このとき房子、十四歳。


 花郎女たちは命を賭して支配者の元へ押し寄せ。

 投げ渡された母の遺体と、瀕死の房子を引き取った。


 房子は処女を無残に散らされただけに留まらず。

 子宮を滅茶苦茶に、破壊されており。

 何日も生死の境を、彷徨った。


 死の淵から立ち戻った房子は、武術を習い。

 教養をさらに深め、酒楼を構え、辣腕をふるい、

 哀れな運命の娘たちを水際で、

 できる限り救い上げようと、奮闘し続けている。


 房子と母を地獄に突き落とした元締めとその組織は。

 敵対する組織を嗾けて、壊滅させた。


 復讐を遂げても。

 房子に安息は、訪れない。


 世に薄幸な少女たちは絶えないし、

 見て見ぬふりも、性格上できはしない。


 そんな房子の心意気を、睡蓮はとても尊敬しているし。

 親友の英愛も、他の酒楼の姉妹たちも、

 救われて感謝しているし、恩義も感じている。


 これからも、ここは苦界の入口で。

 少女たちを、水際で救い続ける、最後の砦。

 だから、ここは大切な場所。

 守らなくては。そのために。


 この身が剣にも盾にもなるのなら、喜んで捧げよう。

 今回の、旦那選びだって。

 女将が困ってるのを逆手にとって、

 酒楼の宣伝に、活用できると考えて、発案したこと。


 たかが踊り子ふぜいが旦那を迎えるのに、

 こんな大騒動を起こすなんて、

 一体何様のつもりなのかしら、と。


 例えば、最高級の妓女、一牌イルペなどから、

 一斉に反発の声が上がるだろう。

 それも、想定の内。


 しかし結局、選ばれるのは、たった一人。

 一牌の客を根こそぎ奪うわけではない。

 それどころか花街全体が、活気づくのだ。


「いつまでもネチネチと文句なんか言わせないわ。

 言ってたら、その方がずっと見苦しいと思われるように、

 仕向けてやるわ」


 腕の見せどころよ、睡蓮、と。

 みずからに気合を、入れなおす。


 さて、誰を選ぼうかしら。

 地位、名声、知性、品格、財力、容姿。

 睡蓮への愛と真心、

 睡蓮がすべてを預けてもいいと認める男。


 ……銀月、以外の。


 銀月は、この騒動に加わったり、しない。

 銀月は、面倒なことが、きらい。

 だれかと女を奪い合うなんて、無粋だと思ってる。

 そんなことをするくらいなら銀月は、

 笑いながら身を引いて、相手にその女を、譲るわ。


 ましてや、銀月は。

 あたしを女だとも、思っていない。

 いつまで経っても、子供扱い。


 ついつい、俯きがちになる頭を上げて、

 睡蓮は窓から外へ、目を向ける。


 空中を、柳絮が舞い踊る。

 あの日も、柳絮が舞っていた。

 銀月の家に招かれた、最初で最後の、

 十年前の、あの日。

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