第61話 「終わる戦禍。旅立ち──そして」
アーサーが消え、戦いの大勢が決した。
増幅器の影響がマモに直撃していた。
【存在消滅――残十秒】
非情なカウントダウンの中、地面に伏せるマモの身体が光の粒子へ解けていく。
サラが泣き叫ぶ。
だが、悠真は迷わず、その消えゆく小さな身体へ手を伸ばした。
その瞬間、悠真の“星焔”が、強引にマモの消滅に干渉した。
ジジ……と空間が歪み、世界中のAIが一斉に演算不能のエラーを吐き出す。
「あの日、守れなかった。……でも、今回は死なせない」
悠真の言葉に、マモはあの一万二千年前の少年の姿を重ね、涙を流して微笑んだ。
消滅の光は、漆黒の光による『どこかへの強制転移』へと書き換わっていく。
「またな、マモ」
光の残滓だけを残し、黒翼の妖精は世界のどこかへと消え去った。
――
長きにわたる戦いは、ついに終結した。
火薬と消墨の匂いに覆われていた空は少しずつ青さを取り戻す。
砲火の音に代わって、各国救援部隊の航空機が次々と飛来してくる。
メーティスの落ち着いた声が世界中へ響いた。
【報告:全戦域、戦闘停止】
【敵対勢力、組織的抵抗停止】
【報告:本任務、終了】
その宣言とともに、世界各地の国家AIも同時に作戦終了を告げる。
誰からともなく拍手が起こった。
歓声ではない。
生き残ったことへの安堵。
もう撃たなくていいという安心。
その静かな拍手は、やがて戦場全体へ広がっていった。
戦闘停止が宣言された直後。
魔力を強制徴収された、アレクシスが虚脱状態で泥に伏せている。
龍之介が迷わず駆け寄った。
自らの上着を裂き傷を抑え、
アジーを包んで魔力を分け与えるスサノオの姿もあった。
「……なぜだ。私は、お前たちの敵だぞ……?」
困惑するアレクシスに、龍之介が静かに、だが頼もしく笑いかける。
「終わったんだよ。これからは誰も犠牲にしない」
「――それが、俺たちのやり方だ」
アジーの身体に光が戻り、アレクシスの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
アーサーの独裁は潰え、敵さえも救う新たな絆が、今ここに芽吹いていた。
俺はようやく黒炎を消し、小さく息を吐く。
「……終わった」
肩の上でサラも穏やかに微笑んだ。
「うん」
少し離れた場所では、ノアが負傷兵の救護を手伝っている。
敵味方の区別はない。
負傷者に駆け寄り上着を裂いて止血する、その無駄のない動きは軍人だった。
レヴィも静かに寄り添っている。
「……これでよかったんだよね」
「ああ」
ノアは短く頷いた。
「救える命は全部救う」
「それが俺たちの仕事だ」
一方。
フェロはローマの救護班へ合流し、傷ついた者たちへ声を掛けていた。
その隣には、少し俯きながら立つバアル。
「……我は、取り返しのつかないことをした」
誰へ向けた言葉でもない。
ただ、自分自身への懺悔だった。
フェロは静かに首を振る。
「だからこそ、生きて償えばいい」
「これからの世界には、その役目も必要だ」
バアルは何も言わず、小さく頷いた。
少し離れた場所では、メイユがようやく穏やかな表情を取り戻していた。
レイナが隣へ腰を下ろす。
「もう、大丈夫?」
「……はい」
「まだ怖いです」
「でも」
「今度は逃げません」
レイナは微笑み、その肩を軽く叩いた。
「それで十分」
「私たちも、まだまだだから」
――
夕暮れのクリミア。
瓦礫の向こうに沈む太陽を眺めながら、俺は静かに呟く。
「サラ、まだやること、いっぱいあるなぁ」
肩の上のサラはくすりと笑った。
「うん。でも、今度は戦うためじゃない。一緒に未来を作るためだよ」
俺も笑う。
この戦いで終わったものは多い。
けれど、それ以上に。
今日、この世界には新しい始まりが生まれた。
人と妖精。そしてAI。
三者が同じ未来を見つめ、共に歩み始めた最初の日。
それは後に、人類史の転換点として語り継がれることになる――。
――
その頃。
東京・首相官邸。
高井首相はクリミアから届くリアルタイム映像を静かに見つめていた。
誰一人、勝利に酔ってはいない。
兵は人命救助を優先し、各国はすでに復興支援会議の日程調整を始めている。
高井は小さく笑った。
「ようやく……」
「世界が前を向き始めましたね」
隣の松木も深く頷く。
「ええ」
「ここからが本当の始まりです」
戦争は終わる。
だが。
平和は終戦では完成しない。
積み重ねるものだ。
信頼も。
制度も。
技術も。
そして、人と妖精の関係も。
すべては、これから築かなければならない。
――
数日後。
渋谷一高。
まだ少しだけ冷たい風が吹く朝。
卒業式が執り行われていた。
壇上には卒業証書を受け取る三年生たち。
その列の最後に、龍之介の姿があった。
「卒業証書――虹野龍之介」
「はい」
落ち着いた返事。
真っ直ぐ伸びた背筋。
校長から証書を受け取る姿は、入学当初よりも遥かに大人びて見えた。
客席からは自然と拍手が湧き起こる。
壇上を降りた龍之介は、小さく笑った。
――終わったな。
肩の上では、スサノオも静かに頷く。
『いや』
『ここから始まる』
「そうだった」
龍之介は苦笑した。
式が終わると、校庭は在校生と卒業生で賑わっていた。
「龍之介先輩!」
真っ先に駆け寄ったのは廉太郎だった。
「卒業おめでとうございます!」
「ありがとう」
「これ」
廉太郎から渡されたのは、小さなアルバム。
文化祭。
体育祭。
訓練。
そしてイタリア。
皆で写った写真がぎっしり詰まっている。
「お前らしいな」
龍之介が笑う。
続いてレイナが花束を差し出した。
「本当にお疲れ様でした」
「監察官としてじゃなく」
「後輩として」
「ありがとうございました」
龍之介は少し照れ臭そうに受け取った。
「礼を言うのは俺の方だ」
「随分、助けられた」
そして最後に俺が前へ出る。
「龍之介先輩」
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう」
少しだけ沈黙が流れる。
俺は以前から用意していた箱を差し出した。
「これ」
「皆からです」
龍之介が包装を開く。
中から現れたのは、一振りの模擬刀だった。
だが普通の模擬刀ではない。
柄には小さく全員の名前が刻まれている。
――悠真
――レイナ
――廉太郎
そして。
小さく刻まれた文字。
――サラ
――スサノオ
龍之介は驚いたように目を見開いた。
「これ……」
「一生使えるように」
「俺たちからです」
しばらく何も言わなかった。
やがて小さく笑う。
「参ったな」
「こういうのは弱い」
その目には少しだけ涙が滲んでいた。
『龍之介』
スサノオが静かに語りかける。
『良い仲間に巡り会えたね』
「ああ」
「本当に」
龍之介はゆっくり頷いた。
校門へ向かう。
最後に振り返る。
三年間通った校舎。
仲間たち。
笑い声。
その全てが、かけがえのない思い出だった。
「じゃあな」
「俺は先に行く」
その言葉に、俺たちは笑って答えた。
「また会いましょう!」
「今度は自衛隊ですね!」
「先輩なら大丈夫です!」
龍之介は軽く手を振る。
「お前たちも」
「世界を頼んだぞ」
春風が桜の花びらを運んでいく。
それは別れではない。
新しい未来へ向かうための旅立ちだった。
そして誰もが、この日を境にそれぞれの使命へ歩み始める。
これから始まる新しい時代の中で、どんな未来を紡ぐかはまだ分からない。
けれど、俺たちの歩む道の先には、いつも仲間たちが、そしてサラたちがいる。
この日を境に、世界はかつてない平和の時代へ向けて、確かに歩みを進めていく。
――続く。
次話、最終話。




