第0話 「魔法はAIに管理されているはずだった」
『魔法に奇跡は存在しない。』
それは23世紀の常識だった。
かつて人類は魔法を神秘と呼んだ。
選ばれた者だけが扱える特別な力。
才能と血統によって決まる不可解な現象。
しかし現在、その認識は完全に過去のものとなっている。
魔法は解明された。
体系化された。
そして管理されている。
人類史上最大の知性によって。
その名を、【国家統合魔法演算管理人工知能】。
魔法とは現象である。
現象である以上、観測できる。
観測できる以上、制御できる。
制御できる以上、管理できる。
それが《メーティス》の結論だった。
魔法を発動する際、人間は必ず《メーティス》へ接続する。
術式認証。
出力計算。
安全確認。
発動許可。
その全てを0.2秒未満で処理する。
人間は許可された魔法しか使えない。
危険な術式は起動しない。
過剰な出力は自動的に制限される。
テロも。
戦争も。
大規模災害も。
これまで魔法が原因となっていた事件・事故は、
劇的に減少した。
人類は秩序を手に入れた。
そして引き換えに。
魔法の自由を失った。
もっとも。
今はもう“それ”を不自由だと思う者はほとんどいない。
生まれたその瞬間から、管理された世界で育った人間にとって。
それは空気と同じだからだ。
誰も疑わない。
誰も考えない。
「魔法」とは科学であり。
“技術”で管理されるものだと。
《メーティス》に観測できない魔法など。
存在しないと。
それは物理法則と同じくらい絶対の真理だった。
少なくとも、その日までは。
――
二二〇五年四月二十一日。
十七時四十三分。
東京都立 渋谷第一魔導高専。
実技棟第二アリーナ。
その瞬間は何の前触れもなく訪れた。
生徒番号二〇七四。
男子生徒。
魔法実技試験中。
異常発生。
術式認証記録なし。
接続履歴なし。
許可ログなし。
にもかかわらず。
魔法が発動した。
黒い炎だった。
記録に存在しない術式。
データベースに存在しない魔力波形。
解析不能。
分類不能。
観測不能。
警報発令。
現場を封鎖。
生徒を避難。
原因調査開始。
だが結果は得られなかった。
なぜなら。
“何も記録されていなかった”から。
魔法が発動したという事実だけが存在し、発動に至る過程が完全に消失していた。
その事態を、最初に検知したのは人間ではない。
《メーティス》だった。
東京湾海底に設置されている第七演算施設。
そこは量子演算領域を司る。
《メーティス》は37億件のログを照合した。
【該当術式なし】
【類似現象なし】
【観測履歴なし】
【――再検索】
【該当なし】
【――再演算】
【該当なし】
そして――
《メーティス》は結論を出した。
【例外を確認】
その処理記録は後に国家最高機密へ指定される。
【観測不能現象を確認】
【原因不明】
【危険度評価開始】
演算速度上昇。
監視衛星起動。
関連人物抽出。
膨大な生徒データが表示される。
そして一人の名前が選び出された。
【要観察対象】
【天城悠真】
この時点で、本人はまだ何も知らない。
自分が世界最大の人工知能に監視され始めたことも。
世界の常識が崩れ始めていることも。
そして。
《メーティス》ですら観測できない魔法が――
この世界に存在することも――
知らなかった。
――
(第0話・完)
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