その9 国王リンデンと宰相コンフリー
「コンフリー。すまないが、王女の亡骸は見つかったが、うちの子猫と融合してバステト女神の眷属になった。エルフの国にもそう伝えてくれ」
城にある宰相コンフリーに面会に来たバージルは、彼に会うなりそう伝えた。バージルは今、猛烈にグレースと話したくて、この場から1秒でも早く去りたかった。
「え、何? 体は見つけたけど、神様の眷属になったからなくなったと言ったか? ………悪いけど、理解が追い付かないんだけど!」
「まあ、そうだろうな。でも朗報もあるぞ。たぶんマーリンが最後の女王の子供だ。お前の口の上手さなら、何とか言い訳できるんじゃないか?」
「がー! だから情報量が! って、その子が? どう見ても人間なんだけど。本当かい?」
直球で結論を言われ混乱する彼を、追加情報で追い詰めていくバージル。彼は退職しているので、コンフリー達からの依頼(お願い)を渋々受けただけなのだ。罪悪感は微塵もない。
「とにかく、俺の部屋へ来い。すぐ帰ろうとするな」
「心配するな。俺達の周りだけ防音魔法を展開しているから、誰かに聞かれることはない」
「そう言うことじゃねえ! 詳しく話せと言ってるんだよ」
半ば怒りながらコンフリーの執務室に連れて行かれたバージルとマーリン、グレース。
会った途端に挨拶もなく、コンフリーとバージルの忌憚のない言い合いが始まり、おろおろするだけのマーリン。今いる男爵家と比べ物にならない広さと煌びやかな城、そして上質な調度品に囲まれた宰相の部屋に怯えしかない。城に近づくこともなかったのだから。
我関せずと眠そうにアクビをし、ソファーに座るマーリンの膝で丸くなるグレースだけが幸せそうだ。
その直後、空間魔法からマーリンとグレースにおやつを出して、机に並べるバージル。コンフリーの口にもクッキーを突っ込み、「少し血糖値を上げろよ。疲れるだろう?」とカップに入った熱々の紅茶も差し出した。
「昔から世話焼きなのは変わらないな。旨いよ、ありがとう」
「俺の手作りだ。味わうと良い」
「お前は、仕事辞めて何してるんだか? 前は死なない程度にしか食べてなかったのに。今はこの子の為にか。すごいな、家事も出来るなんて。まったく万能で羨ましいよ」
楽しそうに話している2人を見て、微笑むマーリン。
(バージルだってたくさん失敗してたのに、すぐ出来たと思っているのね。きっと優秀な魔導師だったのでしょう。宰相様とは、仲の良いお友だちなのかしら?)
バージルと目が合い、内緒だと言われている気がする。それを察して小さくうなずくマーリンは、緊張がほどけていった。
◇◇◇
この2人は同級生らしく、一つ年上の国王リンデンを長年支えて来た仲間だ。リンデンには次期国王となる王太子アンマンもいるが、魔獣討伐に忙しく殆ど城にしない。
頭は悪くないが脳筋で、王太子妃ピザマールと共に辺境から戻って来ない。ピザマールもどちらかと言うと脳筋である。ただ元公爵令嬢だけあって、そつなく外交も出来るし優秀であるが。
そんな2人の代わりに政務は、国王リンデンと彼の孫である王子の2人、チューカとクマンが行っていた。もうリンデンは子を飛ばして孫に王位を譲ろうと思っている。アンマンもそれで良いと暢気なものだった。
長く帰ってこないだけあって、アンマンは優れた剣技を持っており、ピザマールの水魔法とコンボ技で英雄しされていた。ピザマールは水の膜で顔を塞いで窒息させる、えげつない技持ちだ。魔獣の皮を傷つけず、高く売れると領民から好評である。詠唱時間の間に身を挺してアンマンがピザマールを守るので、2人はいつも信頼強く熱い絆で結ばれていた。城では決して出来ない愛情の確認である。だから余計に帰りたくないのだろうか?
まあ、それは置いておいて。
「分かったよ、バージル。取りあえずそのまま書簡を送るよ。まあ、女神のしたことだから大丈夫だろ? でも王女グレースの子がいるなら、会いに来るかもな。その時は対応頼むぞ」
「ああ、分かった。俺はマーリンの家令だから、全力で彼女は守るさ」
「バージル。お前ここを辞めて、何楽しそうにしているんだよ! それもこんな可愛い子の家令だって? クソッ、俺も引退したいのに!」
「辞めたきゃ、辞めりゃあ良いだろ?」
「馬鹿か、お前! 俺が退いたら、国がソレル・アルカネットにいいようにされるだろうが! お前にも残って欲しかったのに、1人で逃げてさ」
「面倒くさいな。それならさっさとアンマンを呼び戻せ!」
「くっ。あの王太子が、俺の言うことを聞く訳ないだろ! リンデンが言っても来ないのに!」
「……………掴まえて来るか、首根っこ持って。転移魔法ですぐ連れて来られるぞ」
「猫の子じゃねえ! 仮にも、『お・う・た・い・し』だ。それにそれをしたら、ピザマールと対決だぞ。俺は避難させて貰うからな」
「暫く本気で戦ってないから、やるか? あいつなら遠慮は要らんだろ。元教え子だ」
「もう、馬鹿。不敬罪。バリバリ不敬だぞ、まったく。もう帰って良いよ、バージル。なんかあったら連絡するから」
「ああ、悪いな。これから昼御飯作る時間なんだ。丁度良かった」
「………そうか。まあ、来てくれてありがとう」
コンフリーは脱力して見送った。バージルは学生時代から、いつもこんな感じだ。頼りがいはあるのだが、友人だからか遠慮がない。国王リンデンに対してもあんまり敬ってないし。王太子アンマンに対しても「生まれる場所を間違えたな」とか言って、「そうなんだよ。俺が王太子なんて似合わないよな。わははっ」とタメ口だし。もう。
まあ仕方ない。
リンデンに報告して、速やかに書簡を送ろう。
なんて思っていたコンフリーだが、その様子を監視する者がいた。ソレル・アルカネット侯爵の手の者だ。
バージルとの会話内容は聞けなかったが、書簡を見ることは造作ない彼ら。いくらでも玉璽をこっそり押し直す偽装も可能だから。
そして今日の件をソレルに知らせる諜報員達。
「マーリン・オレットですか。確か息子が執着していた娘も同じ名でしたね。もしかすると、面白くなるかもしれませんね」
美麗な口角をにんまりと上げ、つり上がった瞳を数秒瞬かせた。
その碌でもない思考に微笑む妖艶さに、諜報員は男女とも魅了される。魔法ではない圧倒的な美しさに。どんなに指令がキツくとも、彼らは離れないのではなくて離れられないのだ。
マーリンとバージルへの受難が幕を開けそうだ。