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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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贖罪のかたち

「足元にいぬくんがいないと、なんか…」

 一葉はイングラム要塞の最上階から、外の景色を眺めていた。

「お寂しいですか?」

「え? えっと…」

 誰だっけ? 見知らぬ黒髪の侍女に一葉は声をかけられた。見覚えがない。


「最近雇われたものです。お見知りおきを」

「ああ、そうなんだ。私、一葉。あなたの名前は?」

「アガサと申します」

「よろしくね、アガサ」

 一葉が笑うと、彼女も微笑んだ。

「何を見ておられたのですか?」

 アガサは一葉の隣に立つ。


「クラークたちが行った方…って言っても、見えるわけじゃないんだけどね」

「心配ですか?」

「それはもちろん…あれ?」

 一葉は目をこらして前方を見る。空から小さな影がこちらへ近づいてくる。目を凝らしてみると、サラマンダーだ。


「…あれ、は」

「どうされました?」

「…知り合い、な気がする」

「お知り合い、ですか?」

 それは確実にこちらへ近づいてきていた。間違いない。


「…ジャックたちだ」

 私を殺しに来たのか。イングラムが手薄だと知って。だとしたら、オスカーの差し金か。

 彼らには確か召喚士がいたはずだ。イングラムの軍隊に犠牲を出させないようにしないと。

「…ガードナー将軍に伝えないと」

「私も一緒に行きます」


「でも、危ないよ」

 一葉がそう言うと、アガサはスカートをまくり上げて太ももに巻いた短剣を見せる。

「ただの侍女だと思われませんように」

 一葉はうなずいた。

「…よろしくお願いします」






「やあ、ジョージ殿下はいるかな?」


 サラマンダーに乗ってやってきたのは、ジャックとゴードンとマイケル、そして驚いたことにオスカーだった。

 要塞の門の前でサラマンダーを降りて、大声で挑発してきた。

「ジョージ殿下に会いに来たよ。私の女を殺してくれたご挨拶にね。会わせてくれるかな?」


「コルディア王だ…!」

「まさか、あの人数でここへ?」

「舐めやがって!」

 兵士たちはいきり立つ。

「落ち着け、あんな状態で来たのは、おそらく罠だ。俺が出よう」

 ガードナーが兵士たちをなだめる。


「将軍、私も行く」

「私もお供します」

 アガサが一葉の後ろに立つ。

「いや、それは…」

「大丈夫です。一葉さまは私が守ります」

 ガードナーは渋い表情をしたが、「…わかった」と結局折れてくれた。


 門の前に立つオスカーたちのもとへガードナーと一葉、そしてアガサが駆けてきた。イングラムの兵士たちは、いつでも出られるよう門の前で待機している。

「コルディア国王が何の用だ?」

 ガードナーが斧を背に立ちはだかる。

「あなたがガードナー将軍? …おや、一葉じゃないか。君には色々世話になったね。何故ここに?」

 オスカーが左目に眼帯をしているのを一葉は目に止める。


 あのとき、オスカーがみちるを殺した時。一葉が彼の目を傷つけたときについたものだろう。

「その眼帯…」

「君には世話になったね」

 オスカーは眼帯に触れる。

 一葉は腰から下げた道具袋から、短剣を取り出した。


「お下がりください」

 アガサが一葉の前に立つ。

「超獣はどうしたの? いつも一緒なのに…」

「黙れ」

 一葉は低い声を発した。自分でも驚くくらいだ。ふつふつと怒りが沸いてきた。




 あいつを殺さなきゃ。


 みちるの仇。




 オスカーの姿を見れば、みちるの死を思い出さずにはいられない。

 この怒りを抑えられない。

 だから、あいつとは会いたくなかったのに。


「何しに来た? 死にたいのか?」

 ガードナーが一葉を落ち着かせるようにオスカーに大声で尋ねる。

「ジョージ殿下がいたら、話をしようと思って来たんだよ。でも、いないの? カーゾン村に行ったのかな?」

「殿下ではない。陛下だ」

「それはそっちが勝手に名乗っているだけだろう。半数の公爵に認められていないのに」

「教皇が認めたのだから、王だ」


「その教皇様は、一葉が殺したんだろう?」

 ざわ、と兵士たちに動揺が走った。何を言っているのか、というようなざわめきが起こった。

「何を言ってるんだ?」

 ガードナーは眉根をあげる。




「…シアンは」


「君が殺した」


「死にたがっていた」


「嘘を吐くな!」




 一葉がそう言うと、ジャックが怒りを露わにする。

「おまえがあのお方を殺したんだろう! ずっと…僕と一緒にいると言ってくれたのに!」

「兄さん」

 ゴードンが彼の肩に手を置く。

「…兄さんて、どう見ても逆に見えるが…」

 ガードナーが首をひねる。


「…まさか」

 一葉ははっとした。

「あなた、年が…成長しないの? シアンと同じで?」

「うるさい!」

 ジャックが叫ぶ。マイケルがサラマンダーの背をたたいて、炎を吐かせる。


 アガサが一葉と抱いて跳び、ガードナーが斧の風圧で炎を粉砕した。

「シアンと同じ、とはどういう意味かな?」

 オスカーが一葉に問いかける。

「…シアンは年をとらない。だから、同じところに長く留まっていられないって」

 ジャックの顔色が変わった。


「あの方が? まさか…」

「作り話はやめなさい。そんなはずないだろう」

 オスカーは侮蔑の笑みを浮かべる。


「…信じられないなら、いいよ。でも、シアンは死を望んだ。…だから、死んだの」

「矛盾している。年をとらないのに、何故死んだんだ?」

「シアンが…自ら死を選んだからだよ」

「そんなはずが…」

 オスカーと違って、ジャックは明らかに動揺しているようだった。ゴードンも顔色が悪い。マイケルは黙っていた。


「矢を放て!」

 ガードナーが手を挙げて叫ぶと、弓がオスカーたちを狙って降ってきた。

「うわ! 危ないなあ、人が話している最中に」

 サラマンダーが炎をはいて矢を燃焼させる。

「せっかくここまでコルディア王がおいでくださったのだ。このまま逃げられては困るな」


「ジョージ殿下がいないなら、仕方ない。出直してくるよ」

「逃がさない!」

 一葉が短剣を手に駆け出すと、アガサがその前に駆け出した。

「邪魔だ!」

 マイケルが叫ぶ。サラマンダーが炎を吐いて蹴散らそうとすると、アガサはスカートをまくり上げた。

「何…」

 次の瞬間、アガサは黒装束の姿に変わった。そして一葉を抱いて跳ぶ。


「あ、あなた…」

 一葉は唖然とする。

「イヴァン様から、一葉さまをお守りするように命を受けています」

「あなた、もしかして…」

「お静かに。口を噛みますよ」

 サラマンダーは跳躍するアガサを追って炎を吐くが、跳躍するアガサには追い付かなかった。


 アガサは要塞の門の前に一葉を下す。

「ここでお待ちください。オスカーは私が」

「ちょ、ちょっと…」

 アガサはサラマンダーを避けて、オスカーに迫ったが、ゴードンがオスカーの前に立ち、アガサを振り払う。


「どけ」

「そうはさせない!」

「オスカーを狙え!」

 再び、矢が放たれ、オスカーはサラマンダーに乗る。


「仕方ない、いったん退却だ」

「逃げる気!?」

「私が用があるのは、ジョージ殿下なのでね。さよなら、一葉」


 逃げようとしたオスカーにガードナーが斧を持って切りかかる。軽くかわされ、サラマンダーはジャックたちを乗せて、空へ飛びあがった。

「じゃあね、一葉」

「卑怯者! 降りてこい!」

 わめく一葉を無視して、オスカーたちは空高く逃げていく。


「ワイバーンを!」

「はっ!」

「お待ちください!」

 アガサが叫ぶ。


「おそらく、彼らは囮です。どこかから伏兵が潜んでいる可能性があります」

「…わかった。俺は残る。おまえたち、2頭のワイバーンでオスカーを追え。ただし、敵わんと思ったら、すぐ戻って来い」

「承知しました」

 4人がワイバーンでオスカーたちを追ったが、姿をくらましてしまい、追うことはできなかった。

 伏兵も近辺を調べたが、みつけられなかった。オスカーの狙いがなんなのかは、今のところはわからずじまいだった。




「あなた、もしかしてアシュリー?」

「ご存じでしたか」

 要塞の中へ戻って一葉が尋ねると、アガサは肯定する。

「ちょっと前に聞いたことあって。助けてくれてありがとう」

「イヴァン様のご命令ですので」

 黒装束の姿のアシュリーは、男とも女ともつかない声だった。体つきも線の細い男にも見えるし、あまり丸みのない女性にも見えた。


「イヴァンについてなくて、大丈夫なの?」

「私はイヴァン様のご命令に従うだけです」

 感情のこもっていない声でアシュリーは答える。

「そう…。でも、イヴァンが私を守れてって命令するなんて、なんか意外」


「イヴァン様はあなたの価値を認めておりますよ」

 そうだろうか。一葉にはイヴァンが何を考えているのかわからなかった。

「あの…あなた、イヴァンの愛人て本当?」

 一葉は小声で尋ねる。

「まさか」

 アシュリーは抑揚のない声で答えた。


「私ではイヴァン様の愛人にはなりえません」

「じゃあ、あなた…女性ってこと?」

「そういうことではありません。私が男であろうが女であろうが、イヴァン様には昔から思いを寄せている方がいらっしゃるのです」

「昔から…って、もしかして、クラークとかブラッドとか?」

 思わず一葉は食いついた。


「あなたはご存じない方ですよ」

「あ…あ、そう」

 一葉はあからさまにがっかりした。イヴァンの弱みを握れるかと思ったのに。


「一葉! 無事か!」

 ロビンとフェアリシアがこちらに向かって走ってきた。

「では、私はこれにて」

 アシュリーはくるりと背を向けると、走り出し姿を消した。


「…忍者だ」

 一葉は呆気にとられてしまった。

「なんだ? 今の」

「一葉、大丈夫だった?」

 二人に言われ、一葉は苦笑いを浮かべる。


「私は大丈夫。あの人は味方だよ。ただ、オスカーには逃げられたけど…」

「そうか…」

「仕方ないわ。ラスティ様もクラーク様もいないんだもの。紅茶を用意するから、少し休んで」

「うん…。ありがとう」

 一葉は大きく息を吐いた。


「なあ、シアンはその…」

「自分で死を選んだんだよ。それ以上のことは言えない」

 フェリシアがいれてくた紅茶を飲みながら、3人は食堂でかたまって話をする。

「そうか。一葉が殺したなんて、ありえないよな」

「私はそんなことできない」

「わかってるわ。オスカーがみんなを動揺させようとしたんでしょ」


 フェリシアはビスケットをつまんだ。

「嫌な奴だな。けど、ラスティに用事ってなんだったんだろうな?」

「今頃、カーゾン村に向かってるんだろうね。ラスティたち、無事だといいけど…」

 一葉は紅茶を一口飲む。心が落ち着いていくようだった。


「お嬢さん方、よろしいですか?」

 声をかけてきたのは、タイナーだった。

「ええ、もちろん…」

「どうぞ」

「いま、紅茶をいれますわね」


 フェリシアが率先して彼に紅茶をいれる。

「ありがとうございます」

 タイナーは微笑んで紅茶を飲んだ。


「あの…ここに来たのは、リダにはいられなくなったんですか?」

 一葉はなんとなく疑問に思っていたことを口にする。

「ええ。オスカーに追い出されましてね。別のものが南の方では教皇を名乗っておりますよ」

 一葉の問いに、タイナーは苦笑する。


「教皇が二人いるってこと?」

「こちらのいう教皇と、あちらのいう教皇がいるから…二人ということになるのかしらね」

 フェリシアは手を頬にあてる。

「国の中でも、王と女王がいる状態だしな」

「私ができるのは女神に祈ることですからね。そして、ラスティ様の味方でいることです」

「ラスティを守るってことですか?」

 一葉の問いにタイナーは「まさか」と笑う。


「私に彼を守るなんて大層なことはできません。ただ、彼のために女神に祈り、おそばにお仕えするだけですよ」

 タイナーは紅茶を飲む。

「あなたは、どうしてそんなにラスティに好意的なんですか?」

「一葉、そんなこと…」

 フェリシアが一葉の肩に手を置く。


「よろしいのですよ。私は幼いころから彼を存じております。そして、素直で誰をも受け入れる健やかな気性…。兄上のこともとても慕っていらした。幼い頃は、およくお二人でいらしたのをお見掛けしました。その後、いろいろあったようですが…。何があってもまっすぐで前を見ていらっしゃる。今回の件に関しても、彼は自分を曲げなかった。彼には無限の可能性を感じるのです。だから、私はラスティ様の味方でいたいと思います」

 穏やかに話すタイナーに、一葉は心が揺らいだ。

「ラスティの味方が増えるのはいいことだよな」

 ロビンがにんまりと笑う。


「私は名ばかりの教皇ですがね」

 タイナーは苦笑した。

「あなたも、お辛い思いをしたのでしょう」

 え、と一葉は顔をあげる。

「異世界からここへ来たのです。辛い思いをしないわけがない。そして、フェリシア様もお父上を亡くされ、ここへ来られた。ロビン、あなたも生まれ故郷を出てここへ来た。皆、それぞれ何かを抱えている。それでも、ラスティ様を信じておられるのですから、私たちは皆、女神のもとに等しい存在なのですよ」

 タイナーは紅茶を飲んで、「戻ります」と言って食堂を出て行った。


「一葉、これから…」

「私、ちょっとタイナー教皇のところへ行ってくる」

「どうしたの?」

「話を聞いてほしいだけ」

 一葉はそう言って、走り出した。タイナーの後を追い、彼の部屋のドアをノックした。


「どうぞ」

「失礼します」

 タイナーに与えられた一室は、教皇とは思えないほど質素な部屋だった。ベッドと本棚と机と椅子があるだけ。

「どうされました?」

「あの…えっと、ここが教皇様のお部屋ですか?」

「ええ、そうです。厄介者の私を受け入れてくれて、感謝していますよ」

 彼の言葉に嘘はなさそうだった。


「でも…狭くないですか?」

「十分です。与えられたことに感謝こそすれ、文句など言ったら女神から罰が当たりますよ」

 タイナーは穏やかに微笑む。

「それで、どうされたのです?」


「あ…あの、さっき、女神さまのもとにみんな平等だって言ってましたよね?」

「ええ、そうですね」

 タイナーは椅子を引いてくれた。座っていいということだろう。一葉は遠慮なく椅子に座り、タイナーも向かいの椅子に座る。


「でも…私は、違うんです。女神教じゃないし、ラスティを王様にしたかったのも、私の願いをかなえるためだし、ラスティのためじゃなくて…」

「ここにいる者たちもそうでしょう。ラスティ様のためもあるでしょうが、それによって利益を得るためにいるものも大勢いるはずですよ。それはいけないことですか?」

 タイナーは笑顔を崩さずに逆に尋ねる。

「…私、超獣に願いを叶えてもらうために、ラスティを王様にするために、ここへ来たんです」

「ええ、聞いています。七賢者の一人、青の賢者にそう言われたのでしょう」


「でも…だめなんです。超獣には私の願いはかなえられないんです」

「それは…どんな願いですか?」


「死んだ人間を生き返らせることです」

 タイナーは目を見張った。

「…それは、かなえられてはいけない願いでしょう」

 穏やかにタイナーはそう告げる。


「生き返ってほしいと思うのは、いけないことですか?」

「思うことは誰にも止められません。ですが、かなってはいけないということです」

「どうしてですか?」

「女神が決められた別れの時は、誰も拒否することができません。もちろん、私もです。いつか来るその時を、後悔のないよう生きることを女神はお望みなのですよ」

 一葉はスカートを握りしめた。


「…私、親友がいたんです」

「それはいいことですね」

「でも、オスカーに殺されました」

 一葉の言葉に、タイナーは手を握った。そしてうなずく。


「それは、辛かったでしょう」

「辛かったです。…とても」


 一葉はぎゅっとこぶしを握る。

「だから…私はあの男を殺したいと思っています」

「殺したい…」

「だって、あいつがみちるを殺したんです。だから、あいつは殺さなくちゃ…」


「…復讐ですか」

「そうです。そうでなきゃ、あいつを殺さなくちゃ、復讐しなきゃいけないんです」

「女神は復讐をすることを正義とは言いません」


「…どうしてですか?」

 一葉はにらむように彼をみつめる。

「復讐は復讐を呼びます。あなたが彼を殺したら、別の誰かがあなたを殺そうとするかもしれません。負の連鎖となるでしょう」

「それは…」

 そうかもしれない、と一葉は思った。アーウィンがそうなるかもしれない。彼の妻や愛人が一葉を狙うかもしれない。どちらかが全滅するまでつづく負の連鎖だ。


「オスカーを許すことはできませんか?」

「できません」


「それは何故ですか?」

「だって…許したら、あいつを許したら、私は自分も許すことになっちゃう…」


 それはできない。だから、私はオスカーを許さない。自分も許さない。


「自分を責めているのですね」

「だって、私はみちるを守れなかった…」

「自分を責めれば、気は楽になるでしょう。でも、それはあなたの自己満足になりませんか?」

 タイナーの質問に、一葉はすぐに言葉を返せなかった。


「でも、じゃあ…どうすればいいですか?」

 一葉は目頭が熱くなってきた。

「私にとってはオスカーを殺すことが復讐で…みちるへの償いだと思うんです」

「そんなことはありません。…では、もしあなたがオスカーに殺された場合、親友に復讐してほしいと願いますか?」


「私はみちるに人殺しなんかっ…」

 いわれて、一葉は気づいた。


 ----そうだ。私はみちるに人殺しなんてしてほしくない。


「じゃあ、私は、どうしたら、いい、ですか…?」

 一葉の頬を熱い雫が伝った。


「私、みちるを、守れなかった…。どうすれば、みちるに、償う、ことに、なりますか…?」

 涙が溢れてきた。オスカーを殺せば、それでいいと思っていたわけじゃない。でも、それが区切りだと思っていたのも確かだ。


「それは私が決めることではありません」

 タイナーは穏やかに、はっきりと告げる。

「ですが、女神は常にあなたを見守っていますよ。どんな選択をしようとも、あなたが決めたことには、あなたの価値があるのです。それを忘れないでください」


「私、女神教じゃない、けど…」

「それでも、女神はあなたを見ておられます」

 タイナーは優しく微笑んだ。

 溢れてくる涙を一葉は両手で拭う。それでも止まらなかった。


「ありがとう、ございます…」

「どうしたしまして。私はお話を聞いただけですよ」

 それに、とタイナーは続ける。


「あなたの中で、もう答えは出ているのではないですか?」

「答え…」

 どうするのが正解なのか。何が正しいのか。


「私が、しようとしてる、ことは、正しい、ですか…?」

「それは私には分かりません。けれど、あなたが精一杯考えた末の結論なら、あなたの親友も、きっと受け入れてくれるでしょう」

「…はい」

 一葉は涙をぬぐう。後からあふれてきて止まらなかったが、タイナーは黙って一葉の肩を撫でてくれた。






「何故、彼らを逃がしたのですか?」

 カタレラ女王に謁見を願い出たアーウィンは、彼女に詰め寄る。


「逃がしたのではない。勝手に逃げたのじゃ」

 女王は笑みを浮かべて、アーウィンに答える。

「あなたの監視下に置いていたはずです」

「そうじゃ。だが、思わぬ邪魔者が現れてな」

「邪魔者?」

 アーウィンは怪訝な顔をする。


「出ておいで、リリアーナ」

 女王がそう言うと、玉座の幕の奥から、一人の少女が現れた。

「…こんにちは」

「この子は…?」

 アーウィンが尋ねると、女王は彼女の肩に手をおく。


「会うのは初めてか。朕の娘じゃ」

「娘…?」

 アーウィンは首をかしげる。

「確か、息子がいらしたのでは?」

「もちろん、息子もおる。ミケーレ、おいで」

「はい、母上」

 ミケーレがリリアーナと同様に幕から出てきた。


「二人、お世継ぎがいらしたのですか」

「そうじゃ。リリアーナは体が弱くて、公式には存在を知らせなんだ。この子らがジョージ陛下になついて、逃げるすきを与えたようじゃ。子供のすることだ。許せ」

 女王は二人の肩に手をおいた。


「…オスカー様にはそのように伝えましょう」

「そうするがよい。わざわざ足を運ぶまでもなかったのう」

 女王は妖艶に笑う。


「…レスタントの割譲の件は、考えさせていただきます」

「朕に落ち度はないが、まあそうかなるか。ところで、どうじゃ。朕と一晩遊ばぬか?」

「丁重にご辞退申し上げます」

「そうか。つまらん男よのう。さっさと帰るがよい」

 女王は手を払った。






 夜になり、一人で部屋の中にいると、一葉は孤独を感じた。

「…クラーク、早く帰ってこないかな」

 いつも一緒に寝てくれたあのぬくもりが恋しいと思う。

 クラークは大丈夫だと言っていたけど、右腕が使えないのにどうやって戦うのだろうか。


「…いぬくん、クラークを守ってね。ラスティもブラッドも、ついでにイヴァンも」

 眠れないので紅茶でも飲もうかと思い、一葉がベッドから立ち上がると、目の前に光が現れた。


「…お久しぶりです」

「…カイン」

 目の前に現れたのは、シアンが死んだ時以来に会うカインだった。



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