贖罪のかたち
「足元にいぬくんがいないと、なんか…」
一葉はイングラム要塞の最上階から、外の景色を眺めていた。
「お寂しいですか?」
「え? えっと…」
誰だっけ? 見知らぬ黒髪の侍女に一葉は声をかけられた。見覚えがない。
「最近雇われたものです。お見知りおきを」
「ああ、そうなんだ。私、一葉。あなたの名前は?」
「アガサと申します」
「よろしくね、アガサ」
一葉が笑うと、彼女も微笑んだ。
「何を見ておられたのですか?」
アガサは一葉の隣に立つ。
「クラークたちが行った方…って言っても、見えるわけじゃないんだけどね」
「心配ですか?」
「それはもちろん…あれ?」
一葉は目をこらして前方を見る。空から小さな影がこちらへ近づいてくる。目を凝らしてみると、サラマンダーだ。
「…あれ、は」
「どうされました?」
「…知り合い、な気がする」
「お知り合い、ですか?」
それは確実にこちらへ近づいてきていた。間違いない。
「…ジャックたちだ」
私を殺しに来たのか。イングラムが手薄だと知って。だとしたら、オスカーの差し金か。
彼らには確か召喚士がいたはずだ。イングラムの軍隊に犠牲を出させないようにしないと。
「…ガードナー将軍に伝えないと」
「私も一緒に行きます」
「でも、危ないよ」
一葉がそう言うと、アガサはスカートをまくり上げて太ももに巻いた短剣を見せる。
「ただの侍女だと思われませんように」
一葉はうなずいた。
「…よろしくお願いします」
「やあ、ジョージ殿下はいるかな?」
サラマンダーに乗ってやってきたのは、ジャックとゴードンとマイケル、そして驚いたことにオスカーだった。
要塞の門の前でサラマンダーを降りて、大声で挑発してきた。
「ジョージ殿下に会いに来たよ。私の女を殺してくれたご挨拶にね。会わせてくれるかな?」
「コルディア王だ…!」
「まさか、あの人数でここへ?」
「舐めやがって!」
兵士たちはいきり立つ。
「落ち着け、あんな状態で来たのは、おそらく罠だ。俺が出よう」
ガードナーが兵士たちをなだめる。
「将軍、私も行く」
「私もお供します」
アガサが一葉の後ろに立つ。
「いや、それは…」
「大丈夫です。一葉さまは私が守ります」
ガードナーは渋い表情をしたが、「…わかった」と結局折れてくれた。
門の前に立つオスカーたちのもとへガードナーと一葉、そしてアガサが駆けてきた。イングラムの兵士たちは、いつでも出られるよう門の前で待機している。
「コルディア国王が何の用だ?」
ガードナーが斧を背に立ちはだかる。
「あなたがガードナー将軍? …おや、一葉じゃないか。君には色々世話になったね。何故ここに?」
オスカーが左目に眼帯をしているのを一葉は目に止める。
あのとき、オスカーがみちるを殺した時。一葉が彼の目を傷つけたときについたものだろう。
「その眼帯…」
「君には世話になったね」
オスカーは眼帯に触れる。
一葉は腰から下げた道具袋から、短剣を取り出した。
「お下がりください」
アガサが一葉の前に立つ。
「超獣はどうしたの? いつも一緒なのに…」
「黙れ」
一葉は低い声を発した。自分でも驚くくらいだ。ふつふつと怒りが沸いてきた。
あいつを殺さなきゃ。
みちるの仇。
オスカーの姿を見れば、みちるの死を思い出さずにはいられない。
この怒りを抑えられない。
だから、あいつとは会いたくなかったのに。
「何しに来た? 死にたいのか?」
ガードナーが一葉を落ち着かせるようにオスカーに大声で尋ねる。
「ジョージ殿下がいたら、話をしようと思って来たんだよ。でも、いないの? カーゾン村に行ったのかな?」
「殿下ではない。陛下だ」
「それはそっちが勝手に名乗っているだけだろう。半数の公爵に認められていないのに」
「教皇が認めたのだから、王だ」
「その教皇様は、一葉が殺したんだろう?」
ざわ、と兵士たちに動揺が走った。何を言っているのか、というようなざわめきが起こった。
「何を言ってるんだ?」
ガードナーは眉根をあげる。
「…シアンは」
「君が殺した」
「死にたがっていた」
「嘘を吐くな!」
一葉がそう言うと、ジャックが怒りを露わにする。
「おまえがあのお方を殺したんだろう! ずっと…僕と一緒にいると言ってくれたのに!」
「兄さん」
ゴードンが彼の肩に手を置く。
「…兄さんて、どう見ても逆に見えるが…」
ガードナーが首をひねる。
「…まさか」
一葉ははっとした。
「あなた、年が…成長しないの? シアンと同じで?」
「うるさい!」
ジャックが叫ぶ。マイケルがサラマンダーの背をたたいて、炎を吐かせる。
アガサが一葉と抱いて跳び、ガードナーが斧の風圧で炎を粉砕した。
「シアンと同じ、とはどういう意味かな?」
オスカーが一葉に問いかける。
「…シアンは年をとらない。だから、同じところに長く留まっていられないって」
ジャックの顔色が変わった。
「あの方が? まさか…」
「作り話はやめなさい。そんなはずないだろう」
オスカーは侮蔑の笑みを浮かべる。
「…信じられないなら、いいよ。でも、シアンは死を望んだ。…だから、死んだの」
「矛盾している。年をとらないのに、何故死んだんだ?」
「シアンが…自ら死を選んだからだよ」
「そんなはずが…」
オスカーと違って、ジャックは明らかに動揺しているようだった。ゴードンも顔色が悪い。マイケルは黙っていた。
「矢を放て!」
ガードナーが手を挙げて叫ぶと、弓がオスカーたちを狙って降ってきた。
「うわ! 危ないなあ、人が話している最中に」
サラマンダーが炎をはいて矢を燃焼させる。
「せっかくここまでコルディア王がおいでくださったのだ。このまま逃げられては困るな」
「ジョージ殿下がいないなら、仕方ない。出直してくるよ」
「逃がさない!」
一葉が短剣を手に駆け出すと、アガサがその前に駆け出した。
「邪魔だ!」
マイケルが叫ぶ。サラマンダーが炎を吐いて蹴散らそうとすると、アガサはスカートをまくり上げた。
「何…」
次の瞬間、アガサは黒装束の姿に変わった。そして一葉を抱いて跳ぶ。
「あ、あなた…」
一葉は唖然とする。
「イヴァン様から、一葉さまをお守りするように命を受けています」
「あなた、もしかして…」
「お静かに。口を噛みますよ」
サラマンダーは跳躍するアガサを追って炎を吐くが、跳躍するアガサには追い付かなかった。
アガサは要塞の門の前に一葉を下す。
「ここでお待ちください。オスカーは私が」
「ちょ、ちょっと…」
アガサはサラマンダーを避けて、オスカーに迫ったが、ゴードンがオスカーの前に立ち、アガサを振り払う。
「どけ」
「そうはさせない!」
「オスカーを狙え!」
再び、矢が放たれ、オスカーはサラマンダーに乗る。
「仕方ない、いったん退却だ」
「逃げる気!?」
「私が用があるのは、ジョージ殿下なのでね。さよなら、一葉」
逃げようとしたオスカーにガードナーが斧を持って切りかかる。軽くかわされ、サラマンダーはジャックたちを乗せて、空へ飛びあがった。
「じゃあね、一葉」
「卑怯者! 降りてこい!」
わめく一葉を無視して、オスカーたちは空高く逃げていく。
「ワイバーンを!」
「はっ!」
「お待ちください!」
アガサが叫ぶ。
「おそらく、彼らは囮です。どこかから伏兵が潜んでいる可能性があります」
「…わかった。俺は残る。おまえたち、2頭のワイバーンでオスカーを追え。ただし、敵わんと思ったら、すぐ戻って来い」
「承知しました」
4人がワイバーンでオスカーたちを追ったが、姿をくらましてしまい、追うことはできなかった。
伏兵も近辺を調べたが、みつけられなかった。オスカーの狙いがなんなのかは、今のところはわからずじまいだった。
「あなた、もしかしてアシュリー?」
「ご存じでしたか」
要塞の中へ戻って一葉が尋ねると、アガサは肯定する。
「ちょっと前に聞いたことあって。助けてくれてありがとう」
「イヴァン様のご命令ですので」
黒装束の姿のアシュリーは、男とも女ともつかない声だった。体つきも線の細い男にも見えるし、あまり丸みのない女性にも見えた。
「イヴァンについてなくて、大丈夫なの?」
「私はイヴァン様のご命令に従うだけです」
感情のこもっていない声でアシュリーは答える。
「そう…。でも、イヴァンが私を守れてって命令するなんて、なんか意外」
「イヴァン様はあなたの価値を認めておりますよ」
そうだろうか。一葉にはイヴァンが何を考えているのかわからなかった。
「あの…あなた、イヴァンの愛人て本当?」
一葉は小声で尋ねる。
「まさか」
アシュリーは抑揚のない声で答えた。
「私ではイヴァン様の愛人にはなりえません」
「じゃあ、あなた…女性ってこと?」
「そういうことではありません。私が男であろうが女であろうが、イヴァン様には昔から思いを寄せている方がいらっしゃるのです」
「昔から…って、もしかして、クラークとかブラッドとか?」
思わず一葉は食いついた。
「あなたはご存じない方ですよ」
「あ…あ、そう」
一葉はあからさまにがっかりした。イヴァンの弱みを握れるかと思ったのに。
「一葉! 無事か!」
ロビンとフェアリシアがこちらに向かって走ってきた。
「では、私はこれにて」
アシュリーはくるりと背を向けると、走り出し姿を消した。
「…忍者だ」
一葉は呆気にとられてしまった。
「なんだ? 今の」
「一葉、大丈夫だった?」
二人に言われ、一葉は苦笑いを浮かべる。
「私は大丈夫。あの人は味方だよ。ただ、オスカーには逃げられたけど…」
「そうか…」
「仕方ないわ。ラスティ様もクラーク様もいないんだもの。紅茶を用意するから、少し休んで」
「うん…。ありがとう」
一葉は大きく息を吐いた。
「なあ、シアンはその…」
「自分で死を選んだんだよ。それ以上のことは言えない」
フェリシアがいれてくた紅茶を飲みながら、3人は食堂でかたまって話をする。
「そうか。一葉が殺したなんて、ありえないよな」
「私はそんなことできない」
「わかってるわ。オスカーがみんなを動揺させようとしたんでしょ」
フェリシアはビスケットをつまんだ。
「嫌な奴だな。けど、ラスティに用事ってなんだったんだろうな?」
「今頃、カーゾン村に向かってるんだろうね。ラスティたち、無事だといいけど…」
一葉は紅茶を一口飲む。心が落ち着いていくようだった。
「お嬢さん方、よろしいですか?」
声をかけてきたのは、タイナーだった。
「ええ、もちろん…」
「どうぞ」
「いま、紅茶をいれますわね」
フェリシアが率先して彼に紅茶をいれる。
「ありがとうございます」
タイナーは微笑んで紅茶を飲んだ。
「あの…ここに来たのは、リダにはいられなくなったんですか?」
一葉はなんとなく疑問に思っていたことを口にする。
「ええ。オスカーに追い出されましてね。別のものが南の方では教皇を名乗っておりますよ」
一葉の問いに、タイナーは苦笑する。
「教皇が二人いるってこと?」
「こちらのいう教皇と、あちらのいう教皇がいるから…二人ということになるのかしらね」
フェリシアは手を頬にあてる。
「国の中でも、王と女王がいる状態だしな」
「私ができるのは女神に祈ることですからね。そして、ラスティ様の味方でいることです」
「ラスティを守るってことですか?」
一葉の問いにタイナーは「まさか」と笑う。
「私に彼を守るなんて大層なことはできません。ただ、彼のために女神に祈り、おそばにお仕えするだけですよ」
タイナーは紅茶を飲む。
「あなたは、どうしてそんなにラスティに好意的なんですか?」
「一葉、そんなこと…」
フェリシアが一葉の肩に手を置く。
「よろしいのですよ。私は幼いころから彼を存じております。そして、素直で誰をも受け入れる健やかな気性…。兄上のこともとても慕っていらした。幼い頃は、およくお二人でいらしたのをお見掛けしました。その後、いろいろあったようですが…。何があってもまっすぐで前を見ていらっしゃる。今回の件に関しても、彼は自分を曲げなかった。彼には無限の可能性を感じるのです。だから、私はラスティ様の味方でいたいと思います」
穏やかに話すタイナーに、一葉は心が揺らいだ。
「ラスティの味方が増えるのはいいことだよな」
ロビンがにんまりと笑う。
「私は名ばかりの教皇ですがね」
タイナーは苦笑した。
「あなたも、お辛い思いをしたのでしょう」
え、と一葉は顔をあげる。
「異世界からここへ来たのです。辛い思いをしないわけがない。そして、フェリシア様もお父上を亡くされ、ここへ来られた。ロビン、あなたも生まれ故郷を出てここへ来た。皆、それぞれ何かを抱えている。それでも、ラスティ様を信じておられるのですから、私たちは皆、女神のもとに等しい存在なのですよ」
タイナーは紅茶を飲んで、「戻ります」と言って食堂を出て行った。
「一葉、これから…」
「私、ちょっとタイナー教皇のところへ行ってくる」
「どうしたの?」
「話を聞いてほしいだけ」
一葉はそう言って、走り出した。タイナーの後を追い、彼の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
タイナーに与えられた一室は、教皇とは思えないほど質素な部屋だった。ベッドと本棚と机と椅子があるだけ。
「どうされました?」
「あの…えっと、ここが教皇様のお部屋ですか?」
「ええ、そうです。厄介者の私を受け入れてくれて、感謝していますよ」
彼の言葉に嘘はなさそうだった。
「でも…狭くないですか?」
「十分です。与えられたことに感謝こそすれ、文句など言ったら女神から罰が当たりますよ」
タイナーは穏やかに微笑む。
「それで、どうされたのです?」
「あ…あの、さっき、女神さまのもとにみんな平等だって言ってましたよね?」
「ええ、そうですね」
タイナーは椅子を引いてくれた。座っていいということだろう。一葉は遠慮なく椅子に座り、タイナーも向かいの椅子に座る。
「でも…私は、違うんです。女神教じゃないし、ラスティを王様にしたかったのも、私の願いをかなえるためだし、ラスティのためじゃなくて…」
「ここにいる者たちもそうでしょう。ラスティ様のためもあるでしょうが、それによって利益を得るためにいるものも大勢いるはずですよ。それはいけないことですか?」
タイナーは笑顔を崩さずに逆に尋ねる。
「…私、超獣に願いを叶えてもらうために、ラスティを王様にするために、ここへ来たんです」
「ええ、聞いています。七賢者の一人、青の賢者にそう言われたのでしょう」
「でも…だめなんです。超獣には私の願いはかなえられないんです」
「それは…どんな願いですか?」
「死んだ人間を生き返らせることです」
タイナーは目を見張った。
「…それは、かなえられてはいけない願いでしょう」
穏やかにタイナーはそう告げる。
「生き返ってほしいと思うのは、いけないことですか?」
「思うことは誰にも止められません。ですが、かなってはいけないということです」
「どうしてですか?」
「女神が決められた別れの時は、誰も拒否することができません。もちろん、私もです。いつか来るその時を、後悔のないよう生きることを女神はお望みなのですよ」
一葉はスカートを握りしめた。
「…私、親友がいたんです」
「それはいいことですね」
「でも、オスカーに殺されました」
一葉の言葉に、タイナーは手を握った。そしてうなずく。
「それは、辛かったでしょう」
「辛かったです。…とても」
一葉はぎゅっとこぶしを握る。
「だから…私はあの男を殺したいと思っています」
「殺したい…」
「だって、あいつがみちるを殺したんです。だから、あいつは殺さなくちゃ…」
「…復讐ですか」
「そうです。そうでなきゃ、あいつを殺さなくちゃ、復讐しなきゃいけないんです」
「女神は復讐をすることを正義とは言いません」
「…どうしてですか?」
一葉はにらむように彼をみつめる。
「復讐は復讐を呼びます。あなたが彼を殺したら、別の誰かがあなたを殺そうとするかもしれません。負の連鎖となるでしょう」
「それは…」
そうかもしれない、と一葉は思った。アーウィンがそうなるかもしれない。彼の妻や愛人が一葉を狙うかもしれない。どちらかが全滅するまでつづく負の連鎖だ。
「オスカーを許すことはできませんか?」
「できません」
「それは何故ですか?」
「だって…許したら、あいつを許したら、私は自分も許すことになっちゃう…」
それはできない。だから、私はオスカーを許さない。自分も許さない。
「自分を責めているのですね」
「だって、私はみちるを守れなかった…」
「自分を責めれば、気は楽になるでしょう。でも、それはあなたの自己満足になりませんか?」
タイナーの質問に、一葉はすぐに言葉を返せなかった。
「でも、じゃあ…どうすればいいですか?」
一葉は目頭が熱くなってきた。
「私にとってはオスカーを殺すことが復讐で…みちるへの償いだと思うんです」
「そんなことはありません。…では、もしあなたがオスカーに殺された場合、親友に復讐してほしいと願いますか?」
「私はみちるに人殺しなんかっ…」
いわれて、一葉は気づいた。
----そうだ。私はみちるに人殺しなんてしてほしくない。
「じゃあ、私は、どうしたら、いい、ですか…?」
一葉の頬を熱い雫が伝った。
「私、みちるを、守れなかった…。どうすれば、みちるに、償う、ことに、なりますか…?」
涙が溢れてきた。オスカーを殺せば、それでいいと思っていたわけじゃない。でも、それが区切りだと思っていたのも確かだ。
「それは私が決めることではありません」
タイナーは穏やかに、はっきりと告げる。
「ですが、女神は常にあなたを見守っていますよ。どんな選択をしようとも、あなたが決めたことには、あなたの価値があるのです。それを忘れないでください」
「私、女神教じゃない、けど…」
「それでも、女神はあなたを見ておられます」
タイナーは優しく微笑んだ。
溢れてくる涙を一葉は両手で拭う。それでも止まらなかった。
「ありがとう、ございます…」
「どうしたしまして。私はお話を聞いただけですよ」
それに、とタイナーは続ける。
「あなたの中で、もう答えは出ているのではないですか?」
「答え…」
どうするのが正解なのか。何が正しいのか。
「私が、しようとしてる、ことは、正しい、ですか…?」
「それは私には分かりません。けれど、あなたが精一杯考えた末の結論なら、あなたの親友も、きっと受け入れてくれるでしょう」
「…はい」
一葉は涙をぬぐう。後からあふれてきて止まらなかったが、タイナーは黙って一葉の肩を撫でてくれた。
「何故、彼らを逃がしたのですか?」
カタレラ女王に謁見を願い出たアーウィンは、彼女に詰め寄る。
「逃がしたのではない。勝手に逃げたのじゃ」
女王は笑みを浮かべて、アーウィンに答える。
「あなたの監視下に置いていたはずです」
「そうじゃ。だが、思わぬ邪魔者が現れてな」
「邪魔者?」
アーウィンは怪訝な顔をする。
「出ておいで、リリアーナ」
女王がそう言うと、玉座の幕の奥から、一人の少女が現れた。
「…こんにちは」
「この子は…?」
アーウィンが尋ねると、女王は彼女の肩に手をおく。
「会うのは初めてか。朕の娘じゃ」
「娘…?」
アーウィンは首をかしげる。
「確か、息子がいらしたのでは?」
「もちろん、息子もおる。ミケーレ、おいで」
「はい、母上」
ミケーレがリリアーナと同様に幕から出てきた。
「二人、お世継ぎがいらしたのですか」
「そうじゃ。リリアーナは体が弱くて、公式には存在を知らせなんだ。この子らがジョージ陛下になついて、逃げるすきを与えたようじゃ。子供のすることだ。許せ」
女王は二人の肩に手をおいた。
「…オスカー様にはそのように伝えましょう」
「そうするがよい。わざわざ足を運ぶまでもなかったのう」
女王は妖艶に笑う。
「…レスタントの割譲の件は、考えさせていただきます」
「朕に落ち度はないが、まあそうかなるか。ところで、どうじゃ。朕と一晩遊ばぬか?」
「丁重にご辞退申し上げます」
「そうか。つまらん男よのう。さっさと帰るがよい」
女王は手を払った。
夜になり、一人で部屋の中にいると、一葉は孤独を感じた。
「…クラーク、早く帰ってこないかな」
いつも一緒に寝てくれたあのぬくもりが恋しいと思う。
クラークは大丈夫だと言っていたけど、右腕が使えないのにどうやって戦うのだろうか。
「…いぬくん、クラークを守ってね。ラスティもブラッドも、ついでにイヴァンも」
眠れないので紅茶でも飲もうかと思い、一葉がベッドから立ち上がると、目の前に光が現れた。
「…お久しぶりです」
「…カイン」
目の前に現れたのは、シアンが死んだ時以来に会うカインだった。




