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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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夜の恋人

「で、どうだったんだ? 女王様とは」

 各々の部屋へ戻る途中、グレンはにやにやと笑いながらクラークにからむ。

「どうとは?」

「何もなかったの!」

 一葉はグレンとクラークの間に割って入る。

「は? 何も?」

「何も!」


「…っはははは! あはははは! ありえねえだろ!」

 グレンは腹を抱えて笑った。

「なんだ、あんたたたねえのか!? 女とやりまくってるのかと思ったら、あの魅惑的な女王様を前にしてもだめだとは、そうかそうか、たたねえのか~!」

「ちょっと、失礼なこと言わないでよ!」

 一葉はグレンに食って掛かる。


「だって、そうだろ! いつまでも一葉に手を出さないのは、たたねえからか!」

 グレンは嬉しそうに笑って、ばしばしとクラークの肩をたたく。クラークはその手を払った。

「彼女の昔の恋人の話を聞いたら、その気がなくなったようだよ。その品のない私の評価はやめてくれないか」

「はいはい、そういうことにしといてやるよ、これは帰ったらみんなに報告しねえとな~!」

「グレン! 変な作り話しないでよ!」

「本当のこと言うだけだぜ? クラークは女王様のお相手になれなかったってな」


「だから…」

「ほら、ガキはガキ同士、夜中なんだから寝てろよ。ロビンのとこ行きな」

 グレンは一葉の頭をぐるっと反対へ向かせる。すでにロビンもラスティも客間へ戻っている。

「いいよ、私は…」

「行っておいで、一葉」

「でも」

「私は大丈夫だから」

 一葉はグレンが何かクラークと話したいのだとなんとなく察した。しかし、気持ちが追いつかない。追いつかないが、ぐっと堪えて方向転換をした。


「…ロビンのとこ行ってくる」

「そうしろ」

「今夜は泊っておいで」

 一葉はクラークを振り返りながら、いぬくんを連れてロビンの部屋へ向かった。


「じゃ、行こうぜ」

「私の部屋へ?」

「不満そうだな」

「仕方ないな」

 クラークは自分の客間の扉を開けた。


「それで、蝙蝠たちが追いついたところでミケーレ王子がみつかった、というところか?」

「まあそういうこった。おそらく、何度か会ってるらしいから、そのために今回のパジーニ一座を囮にしたわけだ」

「パジーニ一座…」

 クラークは顎を撫でる。

「本当にただの旅芸人の一座だと思うか?」

「今のところは。金さえ握らせれば何でもやるんだから、あとくされなくていいんじゃね?」


「どうもあっさりしすぎというか…。いや、それならそれでいい」

 グレンはソファに座る。

「で、俺らは結局レスタントに帰れるんだろうな?」

「さきほどの女王の発言が、気まぐれでなければ」

 クラークも向かいのソファに腰を下ろした。

「頼むぜ、あんた女王のご機嫌取りに失敗したのか?」

「…信じはしないだろうが、本当に何もなかったよ。彼女の…ミケーレとリリアーナの父親は、ニッコロという吸血鬼だったらしい。その話をした」




「身分を隠してな、城下へ降りたのだ。花まつりの時じゃ。まだ若かった頃。兄や姉や弟や妹もいて、しかし彼らと馴れ合いはなかった。お互いに信頼関係などなく、どうやって相手を陥れるかばかり考えていた」

 女王は紅茶を飲んだ。そして息を吐く。

「紅茶は気が進まぬか? ワインにするか?」

 侍女はうなずいて、ワインを注ぐ。


「いえ、結構です。そしてミケーレとリリアーナの父親と会ったのですか?」

「急くな。…侍女がついては来たが、平民の女として歩く王都は新鮮であった。誰も朕の前に跪かず、無言になったり、目を逸らしたりしない。ああ、自由だと思った。我が国の花まつりでは、男が花を渡したいと思う女に似合う花を渡し、女が受け取れば晴れて恋人同士となる」

「それは素敵な祭りですね」

「朕に見惚れる男は数多くいてな。渡される花を押しのけるのに一苦労じゃ」

「想像できますね」

 クラークは微笑んだ。


「冗談ではないぞ?」

「分かります」

「どうだか…。まあよい。薔薇や百合、スイートピーやデンファレ、ガーベラ…華やかな花を差し向ける男が多かったが、ニッコロだけは違った。ああ、彼の名はニッコロという。あやつは朕にたんぽぽを差し出したのじゃ」

「それはそれは…」

 クラークも意外な様子でうなずく。

 女王は目を細めた。

「今でもはっきり思い出す。自信のある男たちの中で、自信なさげに朕にたんぽぽを向ける男…。それで逆に興味を持った。朕はこう話しかけた。




 …どうして、私にたんぽぽを?

 …花言葉をご存じないですか?

 …なんていうのかしら?

 …愛の神託。あなたに私の愛を委ねます。




「朕はそれで、たんぽぽを受け取ったのじゃ。他の男たちは悔しがったがな…。それによく見ると、吸血鬼だけあって、美しい顔立ちをしていたのだ」

「面食いなのは昔からなんですね」

「それは生まれつきじゃから変わらぬ。気まぐれに一晩をともにして…また会いたいと思った」

「それで、彼と恋人同士に?」

「不思議な男であった」

 女王は長い金髪を指先で弄ぶ。


「会うのはいつも夜だけ。星を見に行ったり、真夜中の街を走り回ったり、山へ登って街の様子を眺めたり、夜明け近くまで語らい…今思えば、吸血鬼だから夜しか会えぬのは当然であった。だが、朕はその夢のような日々がいつまでも続くように思われた。ひと時の夢であることは分かっていたが…」

「彼とはいつ別れを?」

 ふう、と女王は息を吐く。


「…子供ができたことを朕が自覚してな。彼に告げに行こうとしたとき、父王が彼の正体を探っていたのだ。ただの平民なら、愛人にすることもあっただろうが、相手は他種族、しかも吸血鬼じゃ。あっさり吸血鬼は…朝の光に照らされ、灰になった」

「さぞ衝撃を受けたことでしょう」

「彼の灰を手に取ることさえ許されなんだ…。朕の子も堕胎させられるところだった。ニッコロと朕の子じゃ。朕は子を守らねばならぬ。だから…邪魔をするものは皆、排除した」

「それがあなたの悪評となったのですね」

 クラークはソファに背をもたれる。


「他人からどういわれようと、朕は朕の子を守る。それがニッコロが生きた証になる----そう思ってな。だが…失うもののなんと大きいものよ」

 女王は立ち上がり、クラークのそばに腰を下ろした。

「とても…辛かった」

「ニッコロを亡くしたことが? リリアーナが吸血鬼だったことが? それとも、身内を殺めたことですか?」

「…すべてじゃ。だから、そばにおけるのは朕のいうことを聞くものばかりで…それもまた、辛かった」

 女王はクラークの肩に頭を預ける。


「…もし、朕をあわれと思うのなら、少しだけ、そなたの時間をくれぬか?」

「あなたはとても強い。そして強さを弱さを併せ持った魅力的な女性です。ですが…」

 クラークは彼女に触れることなく、やさしく微笑んだ。

「私はあなたよりも惹かれる女性に出会ってしまったのです」

「…それがあの小娘か? 朕の何が劣るというのじゃ?」

「どちらが上とか下という話ではありませんよ。私が彼女を選んだのです。…彼女が私を選んだように」

 女王は紅茶を口にして、妖艶に微笑んだ。


「他の女を思う男を落とすのも興奮するのう」

「ご冗談を。…あなたが様々な男を周りに侍るのは、ニッコロの代わりでしょう? その寂しさを私で埋めることなどできないのでは?」

 女王は顔を強張らせ、そしてドアを指さした。

「…興がそがれた。出て行け」

「お望みのままに」




「…マジか」

 グレンは片手で顔を覆った。

「ったく、あんないい女を前にして何もしないとか、ありえねえよ。一葉には何もなかったって言やあ済むことだろ。ガキだから信じるぜ?」

「どうかな。女の勘は侮れないからな。それに、一夜で終わるとは限らない」

「はあ…。で、リリアーナに賭けたのか。ったく、成功したからいいようなものの、失敗したら打ち首だったかもしれねえのに」

 ぶつぶつとグレンは愚痴を言う。


「おまえにとっては、そのほうが都合がいいだろう?」

「馬鹿言え。ガードルードがなんて言うか…。いや、もうこの話はいい。ミケーレのことだけどな」

「なんだ?」

「…吸血鬼たちは、蝙蝠たちはミケーレに従っているように見えた。リリアーナに関してもそうだろ。あんたの話に出てきたニッコロだけど、吸血鬼たち一族のかなり身分のたかいほうだったんじゃね?」

「そうか…。それで、娘であるリリアーナに従っているんだな。ニッコロは女王のせいで死んだというのが事実であれば、彼女に従うのはおかしな話だが、従っていたのは子供たちのほうか」

 クラークは顎に手をあてて考える。


「こちらに取り込むことは?」

「…難しいだろうよ。あいつらにはあいつら独自の決まりみたいなもんがあるみたいだしな。女王を屈服させるには、あいつらが鍵なんだろうが…」

「では、ラスティ様に賭けるしかないな」

「どういうこった?」

「明日になればわかる」

 クラークは口の端をあげて笑った。

 その夜、ニワトリがラスティの部屋へ飛んできた。




 翌日、夜会が開かれた。

 女王は機嫌よく大広間でラスティたちを過ごさせてくれた。楽団が音楽を奏でている。




「おぬし、名はなんと言ったか」

「はい、アンドルーと申します」

 女王は扇を持ちながら、アンドルーを頭のてっぺんからつま先まで舐めるようにみつめる。

「ふむ…。クラークほどまでいかぬが、そたなもなかなかの美丈夫じゃな。今夜はそなたが朕につきあえ」

「えっ…そ、そんな」

 アンドルーは顔を赤くしたり青くしたりして、ラスティを振り返る。


「彼の意思を尊重します」

「えっ…そ、それでは、女王陛下のお望みのままに…」

 アンドルーの返答に、女王は満足げに笑みを深めた。


 クラークは相変わらず女性たちに囲まれていたが、一葉は何も言わず、片隅でロビンと一緒にいた。

 彼には役目があるのだろう。邪魔することもはばかられた。

 美しく着飾った男女が中央のフロアで踊る。この雰囲気はやはりあまり馴染めないなと、一葉は思った。

 以前、クラークの屋敷で二人だけで踊った、あの夜。あんな時間がまたくればいいな、と思い返した。


「一葉、ドレス持ってたんだな」

「前にクラークが買ってくれたからね。ロビンもドレス、借りられてよかったね」

「ドレスなんて普段、着たことないからな。なんか落ち着かない」

 ロビンは両腕をさする。


「似合ってるよ」

「一葉もな」

 二人はお互いに笑いあった。

「ブラッドが見たら、なんて言うかな?」

 緊張気味のロビンに、きっと褒めてほしいのだと一葉は察した。

 ちなみに、グレンは窮屈だと言って夜会には出ていない。侍女を口説いているらしかった。


「聞いてみようよ」

「お、おい…」

 一葉はスパークリングワインを飲んでいるブラッドに歩み寄る。


「ブラッド」

「おう」

「よ、よう」

 ロビンがどぎまぎしながらブラッドに声をかける。

「ああ」

 ブラッドはそれだけいうと、その場から立ち去ろうとした。


「待って!」

 一葉はブラッドの手を引っ張った。

「なんだよ?」

「私とロビンのドレス姿見るの、初めてだよね? どう?」

「どう…って」

「なんかあるでしょ? 言うこと」

 ほらほら、と一葉はロビンの手袋をはめた手を取ってアピールする。


「…似合ってるよ。きれいだ」

「とってつけたみたいに…」

「本当か!?」

 不満そうな一葉を無視して、ロビンがブラッドに詰め寄る。


「あ、ああ…」

「やった! 聞いたか一葉、ブラッドが俺のこときれいだって!」

 ロビンは一葉に振りかえる。ブラッドはそのまま、会場の輪の中へ歩いていった。

「…よかったね、ロビン」

「ああ!」

 ロビンが満足げなので、一葉は余計なことを言うのはやめた。


「ラスティ様」

「リリアーナ」

 ピンク色のドレスを身にまとったリリアーナは子供らしく愛らしかった。


 ラスティにそっと近づいて語り掛ける。

「ありがとう、ラスティ様のおかげで私、ここに戻れたの」

「俺は何もしていない。リリアーナと女王陛下の愛情だよ」

「うふふ、ラスティ様はやさしいね」

 リリアーナはくすくす笑う。子供らしい屈託ない笑顔だった。


「血をくれたこともありがとう。ちゃんとお礼を言えてなかったから…」

「いいんだ。あれでリリアーナが助かったのであれば」

「…私ね、年の近い人間の血がすごく欲しくなるの。だから、あのときはラスティ様の血しか飲めなかったの」

「そうだったのか…。役に立ててよかった。火傷は跡に残らなかったか?」

「うん。…ありがとう、ラスティ様」

 リリアーナは右手を差し出した。


「握手して」

「もちろんだ」

 ラスティは彼女の手を握る。

「…あったかい」

「リリアーナの手は冷たいな」

「うん。…ねえ、ラスティ様、またこの国に来てくれる?」

「もちろんだ。必要なときは、いつでも呼んでくれ。リリアーナに会いに来るよ」

 ラスティは微笑んだ。リリアーナは心なしか頬が赤いようだった。


「ちょっと、ご覧になりました? ロビンさん」

「もちろんですわ、一葉さん」

「エルビドのグレースだけでなく、カタレラのリリアーナまで虜にするなんて…。恐ろしい子!」

「フェリシアさんに報告ですわね!」

 ひそひそと話をする一葉とロビンに、ラスティは振り返る。


「勝手におかしな妄想をするな!」

「きゃー!」

「聞こえてたのか!」

 二人は慌ててラスティから離れた。リリアーナはくすくす笑う。


「仲が良いのね、あなたたち」

「いや、まあ…悪くはないかな」

 一葉が頬をかく。

「ずっと一緒だからなあ」

「そうだな。俺が落ちぶれた時からのつきあいだ」


「ラスティ様は落ちぶれてなんかいないわ」

 リリアーナはラスティをみつめる。

「だって、ずっときれいな目をしているもの。ちっとも曇ってない」

「え…あ、ありがとう」

 ラスティは照れて視線をそらした。


「ラスティ様、二人とも来て」

「どこへ?」

「いいところ」


 リリアーナに手を引かれるままに、ラスティは歩き出した。一葉とロビンもとりあえず一緒についていく。

 連れられるままに来たのは、ワイバーンのいる厩舎だった。

「ここは…」

「陛下」

 そこへ同じように侍女たちに連れられたクラークたちがいた。ただ、アンドルーはいない。女王陛下と過ごしているのだろう。

「ラスティ様、こちらへいらしたのですね」

「おまえたちこそ…」

「ここから、レスタントへ帰って」

 ミケーレもそこへ現れた。


「どういうことだ?」

「母上は、おまえたちを引き留めたが逃げられた…ということにしたいんだ。エルビドの時のように」

「時間がないから、早くいって」

 エルビドからラスティたちがグレースのおかげで逃げられたことは知っているのだろう。ラスティは何か言いかけたが、うなずいた。


「わかった。…ありがとう」

 ラスティたちはワイバーンに乗り、別れを告げる。

「ご無事で、ラスティ様!」

「さよなら、ミケーレ、リリアーナ。女王陛下にもよろしく伝えてくれ」

 ワイバーンはレスタントへ向けて飛び去った。


「よかったの? リリアーナ」

 ミケーレは彼女にそっと尋ねる。

「いいの。…だって、また会いに来てくれるって言ったもの」

「そうなんだ。…楽しみだね」

「うん」

 リリアーナは見えなくなったワイバーンの方向をずっと見上げていた。



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