第4話:猫と暮らす
トシアキとファミレスで対面してから、数週間が過ぎた。
彼からの連絡は、あの日を境にぴたりと途絶えていた。
しかし、念には念を入れておく必要がある。
職場や自宅周辺に怪しい影がないか確認するため、私は追加で興信所に調査の継続を依頼していた。
休日の午後。
陽光がやわらかく差し込む街角のカフェで、私は報告に訪れた探偵の男性と向き合っていた。
「結論から申し上げますと、奥様……失礼、ノゾミ様に関わっている余裕は、あの男には一切なさそうです」
探偵は静かな手つきで、一枚の資料をテーブルに置いた。
「元夫のトシアキ氏ですが、育児休業も有給休暇もすべて使い果たし、会社を退職せざるを得なくなりました。現在は無職です。泣き叫ぶ赤ん坊の世話と、症状が悪化していくお母様の介護、そして日夜押し寄せる消費者金融からの激しい取り立て……まさに八方塞がりですね」
「……そうですか」
「このままでは、近いうちに家賃を滞納して家を追い出され、生活保護などの公的支援に頼らざるを得なくなる可能性があります。これ以上、あなた様に嫌がらせやストーカー行為を働く体力も金銭的な余裕も、彼には残っていないでしょう」
「分かりました。調査、ありがとうございました」
私は静かに頭を下げ、冷めかけた紅茶に口をつけた。
温かい液体が、ゆっくりと喉を通り過ぎていく。
(……本当に、何も感じないわね)
かつて三年間、苦楽を共にしたはずの男がそこまで落ちぶれたというのに、胸の中に湧き上がるのは怒りでも同情でもなく、ただの「無」だった。
私をいたずらに傷つけてきた過去の亡霊は、もう私の人生から跡形もなく消え去ったのだ。
支払いを済ませてカフェを出ると、私は足早に自分の部屋へと向かった。
◇
「ただいま、ココ。ママが帰ってきたわよ~」
鍵を開けてドアをくぐった瞬間、私の声は自分でも驚くほど甘く、やわらかいものに変わっていた。
「ニャ~ン」
玄関までトコトコと走ってきたココが、私の足元にすり寄り、甘えた声を上げる。
ふんわりとした温かい体を抱き上げ、頬をすり寄せると、ココは喉をゴロゴロと鳴らして、愛らしく目を細めた。
トシアキや義母、そして実家の両親のこと。
もう、彼らは私にとって「まったく関係のない遠い世界の人たち」だ。
これからは、わざわざ思い出すことすらしないだろう。
「……さあ、おいしいご飯にしようね」
ココを抱きしめながら、私は窓の外の澄み切った空を見上げた。
守るべき大切な家族が、ここにいる。
私はこの子のために強くなり、自分の足で、自分の人生を歩んでいくのだ。




