序【 沈黙の搾取 】
フィクサーは既に消えている。
残されたのは、
ただの「負債」という物理的な数字だけ。
神宮寺が最後に目にするのは、
キャッシュレス決済が進んだ社会が、
いかに簡単に「無」に帰すかという冷徹な光景。
「笑えるな。この決済を通すだけで、俺たちの懐に三割が落ちる」
真壁が嗤うと、横で端末を叩いていた若手が答えた。
「加藤の親父さんも、いよいよ追い詰められてますね。破綻の日は、本当に来週でいいんですか?」
「九条さんがそう決めたんだ。半年かけてこの街中の『ゴミ』から金を吸い上げ、最後に全東信という器ごと燃やす。それがこの国で一番安全な稼ぎ方だ」
都心まで電車でわずか二十分、再開発から取り残された雑居ビルの地下に、その事務所はあった。
無機質な蛍光灯が点滅する部屋には、紙の帳簿など一つもない。あるのは十台のノートパソコンと、ずらりと並んだ全東信の決済端末だけだ。
神楽坂連合の幹部、真壁は脂ぎった顔でモニターを眺めていた。画面上では、風俗店の「サービス料」という名目で、次々と高額決済が承認されていく。本来ならカード会社から即座にストップがかかるはずの不自然な連続決済が、全東信のサーバーを通すだけで、まるで美しい水のように通過していく。
同じ時刻、歓楽街の路地裏にある「ぼったくり店」の個室では、泥酔した会社員が冷や汗を流していた。
テーブルには、頼んだ覚えのない高級ボトルの空瓶が並んでいる。キャッチの男が、無表情で全東信の決済端末を突き出した。
「カードでいいですよ。全東信なら、お使いのカードも問題なく通りますから」
男の言葉には、どこか機械的な響きがあった。会社員が震える手でカードを差し出す。暗証番号を打ち込み、決済ボタンが押される。
画面には「承認」の二文字。
男は満足げに頷くと、端末を懐に収めた。この街の夜は、こうして全東信という「浄水器」に飲み込まれ、洗浄された金だけが黒い組織へと流れていく。
彼らは誰も知らない。自分たちが使っているその端末が、数日後にはただのプラスチックの塊となり、街の経済に巨大な風穴を開けるための、時限爆弾の一部であることを。
11/6 19:10 に、第1話を投稿します。




