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33・健全な帰宅

帰宅したのは夜の10時直前だった。


「遅い!」

玄関を開けたら、ジンが仁王立ちで待ち構えていた。過保護か。

「まだ10時よ」


「いや、違う。なんで帰宅したんだ!そこはお泊まりだろ!」

「それどころじゃなかったのよ」

「ソレ以上のイベントが何処にある」

ありまくりだったわ!


コピー用紙の段ボール箱に詰めた冬瓜と南瓜は結局、小川主任が持ち帰ってくれた。重いのと、かなり転がしたから傷んでるかもしれないから、と言って。確かに結構ゴロゴロ言ってた。詰め物必須だったな。


「あんたは、あの後なにしてたの?」

「俺はインコの甥っ子達の子守り」

「へ?」

「インコも一緒だぜ☆もちろん」

「うーん、また元気になったら詳しく聞くわ」


今はもう、フロ、寝る、しか考えられない。

風呂から上がると、当然のようにジンが髪を乾かしてくれる。一人用のソファを奮発して、本当に良かった。

この生活に慣れきって、戻れなくなったらどうしよう。初日の宣言通り、同居人というより下僕のようだ。


オレンジの香りがふわりと広がった。乾かした髪に、ジンがヘアオイルを揉み込んでる。爽やかで優しい香りに、ますます気持ちが緩む。このオイル、ジンの手作りっぽいんだけど…朝用と夜用で香りが違うとか……


「で、何があったんだ?」

珍しくゆったりとした口調。頭皮マッサージが気持ち良すぎて、半分寝ながら答える。


「う…ん。一生一緒に、て言われたんだけど…」

「なに!?それってプロポーズか!?」


ジンの声がいつもより遠くから聞こえる。

「そうなのかな…どう思う…?」


そういや歯、磨いたっけ…そこから先は覚えていない。




風呂上がりに冷たい水を飲みながら、冬瓜(とうがん)南瓜(かぼちゃ)の状態を確認する。今日の夕方から共に嵐を乗り越えた、もはや戦友のような二玉。愛着が湧いて、その分美味しく感じるかもしれない。


「マチハル!どういうことだ!」


小声で怒鳴りながらジンが現れた。今は夜の11時過ぎ。TPOを気にするデリカシー、持ってたのか。


「何がだ?」

「マツリ、悩んでたぞ!プロポーズなのかどうかって」

「は?」


まずコップを机の上に置く。


「プロポーズ?誰がいつそんなことを?今日の話か?」


今日は一日ずっと一緒だった。幸せだった。離れていたのは会社にいた約三時間。その間、接触した人間といえば…


「藤森部長は既婚者(ろんがい)……労基の調査官がか!?」

「バカ!お前だよ!」

「は?俺?」


なんだと?俺のドッペルゲンガーの仕業か?


「一生一緒に、って言ったんだろ!」

「俺が?」


城野先輩との会話は当然だが全て覚えている。今日の昼までは、ない。副社長邸を出た後、総務部で別れた時、合流した後の尋問、コンビニ買い出し…


「先輩は今?」

「詳しく聞く前に寝落ちた」


冬瓜と南瓜を箱詰めして、夜の街を二人で歩いて、三人のオッサンと遭遇、江戸っ子調タクシーで尾行…ちょっと待てタクシー乗る前に…


「言った」

「なんて言った」

「一生、ご一緒しますよ、って……」


その途端、紙吹雪が吹き荒れた。ジンだ。どこから出したのかピンクの紙片を大量にばら撒いている。よく見ればご丁寧に全てハート形だ。


「でかした!!」

ジンが叫ぶ。おいTPOどこ行った。


「やめろ!誰が掃除するんだ!」

「あれ?待てよ、マツリはプロポーズか否かで悩んでたよな?ん??」


ジンは我に返ったように手を止める。

確かにプロポーズに聞こえてもおかしくないセリフだが、


「その、ノリだ」

「はぁ!?」

「口が滑ったに近い」

「つまり本心があふれた、ってワケだな。」


ジンは意外にもボルテージを上げなかった。

だが……今モーレツに顔が熱い。なんてことを口走ったのか、俺!


ジンは久々に真剣な顔付きになった。


「いいかマチハル、お前には告白するかプロポーズするか、この二択しかない」

「なんだそれ究極すぎるだろ」

「しっかりしろマチハル、よく考えろ。

マツリの初めてを他の男に渡していいのか!?」


ダメに決まってるだろ。それより今、城野先輩の機密情報が聞こえたような。


「え…城野先輩て処女…?」

「処女だろうがなかろうが、初夜は初夜だ」

「まぁ、確かに…?」

「いいのか!?初夜を渡したら、永遠に手に入らないぞ!」

「それだとプロポーズ一択じゃねぇか」


それに俺は処女厨じゃない。城野先輩なら何だって……

ジンの迷走ロジックは続く。


「マツリは良い子だ。独裁系でもダンマリ妻でもない。」

「うん?」

「数多の女主人を見てきた俺が言うんだ間違いない。だから!ちんたらしてたら横から取られちまうぞ!」

「そうだそうだー」


思いもよらぬ所から声がした。


「男を見せろマチハルー」


ダイニングの入口から覗き込んでヤジを飛ばしてるのは、母だ。


「は、ハルミさん…!」

ジンがすっ飛んで行く。


「夜中に騒いで申し訳ありません。貴女(あなた)の眠りを妨げてしまいましたか?」

「ちょっと賑やかだったものね」

「申し訳ない……それなのに、麗しい貴女に会えて喜びを感じている僕をお許しください」


だれ!誰だお前は!


「ジン、お前まさかウチの母を口説いてるのか?」


見ればちゃっかり手を握りしめている。


「まぁ、ほほほ。マチハルのお友だちは積極的ねぇ」

「マチハルの、ではなく、貴女(あなた)の心許せる存在になりたいのですが」


ウザい!クサい!いつの時代のナニだ、お前は!


「ヒトの母親を口説くな!」

「マチハル、お前にとっては母親だが、俺にとっては、巡り逢えた唯一なんだよ。ハルミさん、とお呼びしても…?」

「ほほほ。これ結構、照れるわね」


母がまんざらでも無さそうだ。鳥肌が立ちそうなのを無理矢理、抑え込む。


「そっちの話は、もういい大人だから二人で話してくれ。俺を巻き込むな。

こっちの話は、こっちでしとくから」

もぉ寝る!


「ダメよマチハル」

母親とはお節介な生き物で、それが世話焼きの化身と手を組んだら……。


「あなた、奥手過ぎるのよ。任せたら、きっとウジウジウジウジして、知らぬ間に手遅れなこと間違いなしよ」

「さすがハルミさん…」


やめろ、ウットリするなジン。


「分かったよ。だけど明日は休日出勤で城野先輩も俺も朝からバタバタするんだよ。そんな時に(わずら)わせたくない」

「ナニ言ってんだ。今まさにお前の一言で(わずら)ってんだよ。はっきりさせてやれよ」

「マチハル、悩んでる、ってことは脈アリってことかもよ。嫌なら無視するでしょ?」

「そうか?」


ってか母よ、最初から聞いてたな。そして二人の息ピッタリ具合がムカつく。


「マツリはお前のこと、アリ寄りのアリって言ってたぞ。お前は蟻の話と勘違いしてたが」

「まぁマチハル…天然だったのね」


そういえば、朝そんな話してたな。そのアリだったのか…つまり…つまり…

ジンが俺に指を突きつけて言う。


「いいか、明日の晩メシは、マツリと食べろ。その時に話すんだ。カッコつけるなよ。ロケーションとかシチュエーションとか、ションは全て無視して向き合え」

ション…な。


「その前にジン、総務部は明日10時出勤だからな、8時前には起こして差し上げろよ。

俺は寝る。後は二人で理性的に話し合うように」


濃厚過ぎすぎる一日だった……。

階下から男女の話す声笑い声が聞こえる気がしたが、全て強制終了(シャットダウン)して寝た。

次回、動き出す実務、後始末。裏取引を持ちかけられた小川は…

近日中に更新予定!

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