松戸 1
ー時は少し遡り、解放軍本部のある旧庁舎の一角。
ひっきりなしに届く戦況と防衛線の部隊配置の情報の中で源原と青木は入手した情報から統合軍の強襲部隊の動向を凡そ掴めていた。
「現状、房総半島の部隊戦力では敵主力の阻止はほぼ不可能。ようやく展開しつつある第1防衛線ですが、少しでも遅滞行動をさせつつ捨てる他ない。第2防衛線は間もなく構築完了ですが、敵の進軍速度にギリギリ間に合うかどうか」
「彼我の戦力比を鑑みれば持って2時間というところか」
「はい、よく持ってではありますが」
青木の推察は概ね正確だった。
防衛線構築を指示した時点から戦況は刻一刻と推移している。
当初の命令通りに行かない事も青木は想定した上で指示を出していたが、昨今の粛清によって指揮系統の一本化は出来ていたものの、現場部隊レベルでも指揮系統変更に伴う混乱によって未だに動きが鈍いという事実は重くのしかかった。
「船橋ラインに御殿場の兵俑機部隊が到達まではおよそ2時間半、そこから構築となるともう1時間は欲しいですね」
「こちらの手駒は全て出し切っている。正直なところやれるとすれば首都圏長距離ミサイル部隊もそちらに回して進軍速度を落とせるか」
「やってみる価値はありますが、如何せんそれをすればEMPは使えないしジャミングには無力です。気づいた統合軍が手持ちの戦闘機部隊を出してきた場合、我々の手持ちの航空戦力でどこまで耐えれるか、といったところでしょう」
「航空戦力については正直なところ残余ではあまり期待できん。空中艦隊の密集陣形を破れるほどではない」
源原は自軍の航空部隊は脆弱とまではいわないが、解放軍の中では扱いに困る厄介者として運用機会が限られている上、解放軍の中で最も練度と装備が高かった舘山が真っ先に陥落したのだからやむを得ない。
他は舘山以上に練度も機体も不足しており、殲撃7型などといった数世代前の機材を飛ばしている有様だ。
仮にEMPを使わずに運用した場合、旧航空自衛隊所属機に悉く落とされるであろうことは目に見えていたし、それでも一時凌ぎとしてそのような運用でしか使えない事も理解している。
不憫とは思うが、陸のゲリラ屋が主体の彼等では航空機をドクトリンに組み込むことが困難だった。
精々、爆撃などの打撃支援に使う程度だろう。
「黒虎部隊でどれだけ船橋の前で抑えられるかが肝ですな」
「本命を船橋でやれるかね」
源原の問いに青木は静かに首を振る。
「ー下げましょう、第3防衛線を松戸に引き直す。都心部直前ではあるがまだここであれば構築が間に合う」
「現状船橋に集結しつつある部隊はどうする」
「既に到着している部隊は船橋で敵の戦力漸減の為に残します。移動中の部隊、特に御殿場の分は松戸に再集結、陣地構築の指示を」
後方に控えていた伝令が頷き、前線部隊とやり取りする。
「果たして間に合うだろうか」
「どのみち船橋で半端に戦うより、御殿場の部隊を前面に押し出せる状況でないと我々に勝機は無いです」
源原に毅然と返す青木を見て「意地の悪い問いだった」と小さく頭を下げ、再び地図を見遣る。
「我々とて背水だが松戸への集結が成れば統合軍部隊の首都奪還の目論見は挫ける。後は不確定要素をどこまで潰せるかだろうな」
「松戸であれば船橋の遅滞も込みで構築は間に合うでしょう。不確定要素があるとすれば同行が掴めない『阿蘇』とその部隊のみー」
言い終わらない内に会議室のドアが勢いよく開く音で遮られる。
「緊急、御殿場より移動中の兵俑機部隊ですが、横須賀の戦機兵中隊による奇襲を受け現在交戦中との事です」
青木が目を見開く。
「陽動目的程度ではなかったのか、あんな小規模部隊でなんと無謀な・・・」
彼の言ももっともである。
御殿場から抽出した部隊は総数で言えば1000機程度。
少なくとも10数機が挑んでどうにかなる戦力差ではない。
「小規模部隊には目をくれるな、対応している面の2個大隊を残して陣地転換を急がせろ」
「それがー、戦機兵中隊は兵俑機部隊の中に飛び込み、乱戦の様相を呈して以降の部隊の移動が停滞しているとの事です」
「戦機兵が最も得意とする状況での遅滞戦術ー、やるではないか」
源原は敵ながら称賛の意を示した。
海上からの侵攻という面を鑑みても恐らくは下山麾下だった海兵隊の連中だろうか。
下山亡き今、統合軍内部でも彼らに居場所がない事は容易に想像がついた。
だが彼らは腐ることなく、この重要な局面で解放軍主力への楔となるべく戦っている。
「・・・包囲殲滅に切替えろ、奴らの得意な白兵をさせずに磨り潰せ」
苦々しく指示を出す青木を横目に源原は地図上にある海兵隊部隊からの矢印を御殿場本隊の矢印にぶつける。
「敵とて正念場だ。我々も死を賭して戦う以上、不足はない」
ある種、死に場所を得たという点では海兵隊の諸士が少々羨ましくも感じる。
「国共解放戦線」という組織が確かに存在し、憂国の為に戦った記録を遺す必要が源原にはあった。
源原には、この戦いを勝ったとして次は米国の介入に対峙し磨り潰されるか、仮に統合軍に負けるとなったとしても、身一つで戦機兵に向かって吶喊をする他ない。
どのみち良い死に方ではない。
海兵隊諸士のように圧倒的劣勢ながらも確実に戦局を動かす事も無く、自棄を起こした特攻でしか終わることが出来ない。
「同志、まだ負けだと決まった訳ではありません。負けるときは私も爆薬を抱えて共に飛び込みましょう。だが、今はその時ではない。勝てる算段のお知恵を拝借したい」
青木の心情を慮りつつ、鼓舞する耳打ちに源原は静かに頷く。
どうやら海兵隊の境遇を自身たちの境遇に当てはめ、少しばかり表情に出てしまっていたようだ。
「わかっている」
源原とてまだ勝機はあると睨んでいる。
海兵隊は恐らく十数分もしないうちに潰滅するだろう。
そう考えたところで、源原の念頭に彼らの事は消え去った。
後は松戸に下げた最終防衛線を堅持する為に思考することが自分にできる最大の戦いだー、と。
地図を眺め、布陣を確認しようとしたところで別の伝令が駆け込んでくる。
「緊急事態です、『阿蘇』の動向が掴めました」
「でかした。して、彼らはどこに向かっている」
「それがー」
伝令が言い淀み、おずおずと上を指さす。
「我々の直上、高度1万メートルより徐々にこちらに向けて降下しつつあります」
今度ばかりは青木のみならず、源原も目を見開かざるを得なかった。
ー「阿蘇」艦橋では長瀬が艦長席で静かに座っている。
「敵、本艦に向けて砲撃を開始」
「少しばかり気づくのが遅かったようだな」
よもやこの巨艦を舘山から高度を急上昇させ、高高度から本丸目掛けて直上から急降下してくるとは彼らも思いもよらないだろう。
あまりにも正気を疑う動向であるからだ。
「この時間との勝負であれば尚の事その選択は取らない」ー、真っ当な諸士であればそう考えるのがごく自然であるが、長瀬の奇策はそこを上手く衝いた形だ。
実際、この降下は想定以上に解放軍の防衛隊を動揺させ、副次的ではあるが迎撃が困難である嬉しい誤算がついてきた。
解放軍のミサイルは短距離で直接照準しか出来ず、その対応高度外からこちらは下部の砲やミサイルで敵SAMを先制して潰し、戦機兵部隊を比較的安全に降下させることは容易だ。
解放軍が出来る事があるとすれば降下中の「阿蘇」に対し、現状砲撃しかないのだが、急降下中の構造物に高い仰角である為にまず直下の大型砲は使えず、少し離れた重砲とて高速で降下している「阿蘇」に効力射を直撃させるのは至難の業だろう。
おまけに高高度に対応できる対空砲弾程度では下部装甲は微動だにしない。
「砲とミサイルで重砲を先に潰せ。ただし、降下速度は落とすなよ」
ミサイル手のコンソール画面には眼下の重砲やSAMが映し出されるとともに次々とロックオンが入り、同時に下部から155mm榴弾砲がせり出す。
「射撃準備良し、号令を」
「空対地ミサイル及び155mm榴弾砲、斉射」
すべてのセルから空対地ミサイル「マーベリック改」及び155mm砲がが放たれ、脅威度の高い目標兵器に次々と着弾し、爆ぜる。
「後の射撃は各員の判断に委ねた自由射撃とする」
クーデター発生時に初陣を飾り、以降は第一航宙艦隊及び第一師団旗艦を担った事で下関奪還以降は温存され続けた巨艦の久方振りの全力斉射。
それは航宙戦艦一番艦に恥じない大火力でもって、瞬く間に眼下の敵部隊を次々と火の海に沈めた。
「弾に糸目をつけるな、『阿蘇』が派手に目立つよう手当たり次第に攻撃しろ」
長瀬の檄に無言の頷きで返したクルーたちは直下にごまんとある目標に次々と狙いを定めて沈黙させていく。
「目標直上からの急降下」という捨て身に等しい大胆な奇策は実際に戦術としては検討自体されていて「理論上可能」レベルで止まっており、実戦で用いられたのは初である。
単純にリスクに見合わない。
急降下に伴い艦内は無重力状態になる為、格納庫内を含めた艦の通常運用が困難になる上、大質量であるが故に減速時の操艦が非常に難しく、減速時には回避機動がほぼ行えず、戦機兵を展開する際は特に動きを止めざるを得ない。
元より、戦機兵の強襲揚陸艦である為にそこまでの機動を行うぐらいなら戦機兵を空挺降下させた方が手っ取り早く安全で確実な手段だろう。
つまるところ、「可能」ではあるが本来であれば必要のない機動である。
だが、今の「阿蘇」は違う。
こうでもして耳目を集めつつ、長く居座る必要があった。
「地表ビル群まであと3000m」
「降下予測地点から庁舎までの距離は」
「およそ2km、これより距離を詰めるとなると庁舎にも被害が及びます」
「よし、ではここでいい。各砲は直下に対し全力砲撃。土台を作れ」
長瀬の号令と共に先程まで解放軍の兵器に向けられていた砲門が直下に向き、連続で放たれる。
無人の企業ビル群は直上からの砲撃を受けたことによって爆ぜ、次々と倒壊をしていく。
本来であれば奪還したいところではあったが状況は予断を許さない。
この強襲作戦全体がコケた先にあるのは米中への属国化という最悪の結末だ。
それだけは避けなければならない。
「いけそうかね」
「は、これであれば」
長瀬の問いに操舵を行う航海長が肯定する。
「よし、着陸だ。155mmを格納しろ」
「了解。下部スラスター噴射、強行着陸を敢行します」
長瀬の号令に航海長が応じ、「阿蘇」は速度を落としつつ砲身が真っ赤に焼けた155mm砲を格納しながら地表に向かっていく。
解放軍の砲部隊が苛烈な射撃を敢行するも、建物に阻まれて「阿蘇」には届かない。
地表に近づくにつれ、「阿蘇」の垂直離着陸用スラスターは出力を上げ、瓦礫や粉じんを撒き散らす。
「総員、着底に備えろ」
艦長の号令と共に誰もが手近な手すりや柱などにつかまり、しがみつく。
瓦礫をクッションとした地表に巨人機が降り立つ。
艦内は轟音と激しい振動が襲い、手すりを握っていたにも関わらず振り回される人間が出る有様だ。
元々あった構造物は軋みながらも「阿蘇」の全重量を支え、速度ベクトルを相殺。
「阿蘇」は数メートルに積みあがった瓦礫の山の上に文字通り「着底」した。
・第一師団
総数500機程度の戦機兵のみで構成された師団。
今回の急襲作戦に参加したのは第一師団の中でも「第一航宙艦隊」と協同する最精鋭のみで構成されている「第一遊撃連隊(100機編成)」所属機。
残りの400機近くについては九州内での本土防衛や後進指導のアグレッサー部隊として運用されており、あまり実戦で運用されることはない(関西奪還作戦の時ですら本土防衛の要という事で参加していない)
その為、広義に第一師団と言えば基本的には阿蘇などと行動を共にしている「第一遊撃連隊」を指す事が多い。




