舘山 10
ー砲撃が飛び交う中、阿蘇を除いた臨時編成の長距離打撃群は芹沢指揮の元、陸路にて関東侵入を試みる。
航宙艦は高度を上げ、砲撃の届かない高さまで達したところで待機し、高高度から情報の援護を行いつつ、ミサイル攻撃によって座標を割り出した半島内の長距離砲群に逆襲を行う。
トラフダイトによって回路保護をされた超高価なミサイルを出し惜しみせず、次々と都心部の砲群を仕留め、沈黙させていく。
これには単艦都心に突入した「阿蘇」が都心の部隊相手に専念させる為の援護攻撃という側面もある。
ただ、長距離砲以外にも当然敵陣のど真ん中であるが故に敵の防御は苛烈を極めた。
房総半島に配備されている部隊が彼等の侵攻を半島内で止めんと遭遇した傍から次々と殺到し、襲撃される。
最も、今回については複数の航宙艦による高高度管制によって索敵能力が向上した状態かつ最精鋭の第一師団と32中隊という編成であり、統合軍の考え得る限り最強の布陣だ。
各個に来る有象無象では彼らの進撃速度が緩むことすらなく蹴散らしていく。
「恐らく敵はこちらの進撃意図に気付いている。横須賀の陽動だけでは苦しかったか」
「まぁ、今回は敵の指揮官も馬鹿ではなかったという事ですな」
篠田は飛び出してきた野砲をそのまま22型の脚部で蹴り上げさせ、解放軍兵士が砲もろとも宙を舞わせた。
「恐らく防衛ラインは3つ、房総半島、習志野、船橋だ。そして主力は習志野と船橋で必ずぶつけてくる」
芹沢の想定は敵の防衛ラインの想定と合致している。
「房総半島で速攻を阻まれ、習志野で待たれると我々は不利な平野部での会戦で奴らに対抗せざるを得ない」
「そうなれば我々は袋の鼠ですな、敵増援が来るまで粘られれば撤退するしかなくなるでしょう」
「だからこそだ、32中隊は前面に押し出て房総半島で抑えに来る部隊を蹴散らす」
「こうなれば速度以外での具体的な案はないだろうな」ー、そう思いながら32中隊へ下知を飛ばす。
「各位、我々32中隊は先行して房総半島で足止めを目論む敵機を寸断する。脅威対象の低い雑魚は捨て置け、直ちに脅威になる砲群、兵俑機を重点的に叩く」
「上級大尉の言う通り、敵とて配置転換の最中だ。速度こそが今回の肝だ。最悪弾切れは都度物資降下で凌ぐ」
長期戦、火力戦という最悪に備えた補給物資コンテナはそれなりに用意がある。
32中隊の経歴からすれば相当な長丁場である想定の元、芹沢が無理を言って過積載ギリギリまで「雲仙」に載せてきた。
「問題は、御殿場からの主力となる兵俑機を『阿蘇』だけでどこまで釘付けにできるか・・・」
本作戦において最大の懸念であり、この足止め如何によっては作戦可否は大きく変わると言っていい。
現状、急襲部隊は「阿蘇」の強行によって御殿場の主力の進撃を堰き止め、本隊が習志野・船橋での会戦の回避できるか否かという状況だ。
敵にとっても喉元まで迫ってきた「阿蘇」と第一師団所属の戦機兵中隊を捨て置くわけにはいかない。
恐らく御殿場からの主力部隊の数割を割いてでも叩きに来るだろうというのが長瀬と芹沢の一致した見解だ。
とはいえ、解放軍がその読みに乗らず、首都に既に配備されている解放軍防衛部隊のみによって動きを抑えられれば「阿蘇」は固められたまま、転換もままならず、撤退もできないまま磨り潰され、こちらの本隊も中隊規模の戦機兵と最大火力を有する「阿蘇」を欠いたまま、御殿場の主力を含めた軍勢相手に正面から会戦を挑まざるを得なくなる最悪の状況に持ち込まれる。
とはいえ、あくまで最悪の想定でそうなるのであって、実情として第1防衛線である房総半島の解放軍部隊は各個に襲撃してくる有様であった。
なるほど、本命は御殿場の主力を固めた船橋の第3防衛線だろう。
その配置転換の為には一秒でも多い時間を求め、関東平野の部隊を転出した習志野付近で構築されるであろう第2防衛線とて時間稼ぎの為の捨て石に使う可能性は高い。
だからこそまとまった火力投射を行う為の配置転換がどう足掻いても間に合わない房総半島の守備隊は無闇矢鱈に戦力の小出しという愚を犯してでもやらざるを得ないのだろう。
実際、32中隊と第一師団にとって彼らはさしたる障壁にすらなっていないところを見ても恐らくは第一防衛線では足止めままならない事を解放軍上層部も理解しているが故に当て馬程度に思っている節がある。
仮に温存して習志野の防衛線と協同し挟撃を行うにも戦力が少なすぎ、口径すらバラバラの砲群なので烏合には変わらず航宙艦のミサイル攻撃で即座に沈黙するようなレベルだろう。
ただ、最も優位を保てる会戦形式に持っていこうと敵も焦っている。
芹沢としてはそれが分かっている以上、現状の雑魚を蹴散らしている時間すらもどかしく感じている。
故に32中隊を先行させた露払いを実施する方針に打って出た。
急襲戦における脅威度の即時選択と排除は彼らに一日の長がある。
事実、篠田達は敵を捕捉するなり、優先順位を即座につけた最低限の攻撃で着実に急襲部隊の道を均していく。
今のところは順調、悪くはない侵攻速度を維持している。
その間、篠田は着実に敵を排除しながらも、房総半島を出てすぐに何かあることも薄々勘付いていた。
それはいつもの直感。
ただ、いつもよりも強烈な感覚だ。
胸騒ぎが止まない。
「まさかこれってー」
彼女が問いかけ、「彼」が頷く。
ーああ、奴だ。
自然と篠田の口角が上がる。
彼女は「彼」の真の仇敵が来たことを理解しながら、自然「彼」と同じ表情になっていた。
ー黒虎部隊は房総半島から出た部分る千葉市・習志野市方面での足止めを企画し、現在船橋市を通過していた。
「配置転換がまるで間に合っていない。これでは第3防衛線も構築前に突破されてしまう」
副隊長のボヤきに反応する者はない。
彼らには戦術眼というのはおおよそ存在しないようにできていた。
訓練と投薬によって一個の部品になるべく肉体も思考も調整をされている。
副隊長だけは元々自衛隊の幹部出身である為に戦術を構築し、指揮を行えるような思考が残されていた。
横目で配備状況を確認した上で第3防衛線の船橋に御殿場の主力が到達し、配置完了できる時間は3時間程度だろう。
そして同時にその3時間は第2防衛線と黒虎部隊を併せても稼げる時間でない事も認識している。
第3防衛線の布陣完了まで足止めするのが第2防衛線と黒虎部隊に課せられた命令であるが、単純計算で大隊規模である30数機で100機近い戦機兵と航宙艦数隻を実戦経験が薄い第2防衛線の部隊と共に相手取り、3時間持たせる必要がある。
確かに本部の千葉県内での防衛線構築は正しい。
首都圏に入られれば戦機兵相手に兵俑機は各個撃破の憂き目に遭うし、会戦に持っていけば勝機は確実だろう。
ただ、問題は足止めとなる第2防衛線の部隊は先述の通り実戦経験が薄い関東平野の守備隊を転出したもので、そもそも御殿場の主力が突破された際の遅滞戦術でもって関東奪還されない為の時間稼ぎを主として野砲と歩兵、少数の戦車とヘリが主力の構成だ。
陣地構築自体は間に合ったようだが、如何せん本部の大量粛清によって不在ポストが生まれ、指揮系統が混線。
最近になってようやく「関東防衛隊」という括りにして一本化の目途が立ったばかりである。
彼らは部隊をどこにどう配備するかの指示が乱立し、適所への配置が出来ているかは怪しい。
こればかりは本部の性急な指揮系統の変更に対して現場レベルで対応が追い付いていなかった部分の弊害がモロに出た形だろう。
また、練度の低さを鑑みても浸透突破されて瓦解するのは目に見えている。
第2防衛線が構築出来ているという報告は受けたが、彼らと協同したところで2時間耐えられるかどうか、というのが副隊長の試算だ。
恐らくは全滅覚悟の特攻を用いてでも止めろということだろう。
確かに彼らの機体は11型をベースとした兵俑機相手の演習でもほとんど完封といったような撃墜率を誇り、想定されるであろう21型及び22型という仮想敵に対しても理論上は優位に戦えるであろう性能だ。
虎の子と言っても差し支えない秘匿兵器であるが、21型を超える為に多くを削ぎ落した。
いや、削ぎ落しすぎたと言ってもいい。
「虎の子が帰還を前提とした設計ですらない欠陥機、こんなものに縋る時点で先は見えている」
副隊長のぼやきは通常粛清の対象に充分なり得るものであったが、どうせ帰還を望めない彼らの戦闘データ収集の為の録音に残るだけの存在である。
彼からすれば些末な問題ではなかった。
他方、副隊長の右斜め前の隊長機を見遣る。
投薬の影響か先程からずっと沈黙を保ったままでいたが、隊長である女は別の事を考えていた。
いや、正確には急に入ってきた自身の記憶にない光景を脳裏で垣間見ていた。
それはとある男と共にいた記憶であった。
その男に覚えはない。
覚えは無い筈なのだが、その光景を見ている時には確かに懐かしさという感情を抱いていた。
初めてのデートで一緒に水族館に行き、楽しげに笑う女を見つめ、微笑む男の表情。
初めて男に抱かれた時に、恥ずかしそうに女を抱きしめ、接吻を交わす男の表情。
一緒に住むようになってからは小突かれながらも笑いながら共に食事をとる楽しそうな男の表情。
何の変哲もない日常の一端。
あるいはその時は幸せだったのかもしれないという感情がその光景から押し寄せてくる。
それと同時に入ってくる「この後にこの男に愛想をつかした」という記憶の残滓。
その後に入ってくるその男の日常生活の些末な出来事の光景が続く。
他人が見れば些細なことではあったのだが、どれも今の感情が死んでいるような女の心ですらささくれだったものにするには十分なものだ。
直後、記憶は感情任せに家財を壊し、男に対してヒステリックに当たり散らす光景に切替わる。
自身の記憶で無い筈なのに、先ほどまではあんなに楽しそうだった光景を見ても尚、女はそれを「当然の行い」であると思った。
自分の機嫌を損ねた男の態度が悪い。
自分の気に食わない友人と遊ぶ男が悪い。
自分を構ってくれない男が悪い。
こんなにも不満を伝えているのに男の表情は渋くなるばかり。
面白くない。
つまらない。
不愉快だ。
愛情が失せる。
結局、自分の眼鏡にかなう男ではなかったー、と。
失望と共に表出する「冷めた」という強烈な自覚。
あまりに独りよがりで身勝手な記憶にも関わらず、不思議と女は強い共感を示した。
薬漬けにされ、もう命脈も長くないこんな境遇になったのもきっとこの男のせい違いないー。
知らないはずの男に強い憎悪と殺意を抱く。
そしてその男は近くにいるように感じた。
いや、少しずつ近づいてきている。
殺さなきゃー。
男を殺せば報われる。
こんな泥に埋もれた感情も投薬されていても感じる全身の倦怠感も不快感も全部全部さっぱりする。
殺せばいい、なんて簡単なことだろう。
男だって本望だろう、こんなに愛した私に殺されるんだから。
機体の速度を上げる。
副隊長が気付いて何やら無線で声をかけてくるが彼女の耳には一切入っていない。
近い、もう目の前だ。
早く殺そう。
早く嬲ろう。
殺して嬲ってやれば私は解放される。
早く早く早く早く早く早くー。
レーダーに感があるよりも早く、女は男を捕捉した。
同時に男も女《の存在に気付く。
女が叫んだ。
「やっと会えたよ堀田君。早く私の為に死んでよ」




