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終焉の選択

「どのみち、もう世界はこの機関を助けてはくれないだろう」

 彼らが今後考えることは、いかにしてこの超技術を奪取するかである。

 さらに移動手段が転送のみである現状、物理的な侵入は不可能と来ている以上しばらくの間は表面的な親交は約束されるが、いわば兵糧攻めだ。じわじわと毒殺するかのように攻め込むしか手段はなく、世界がとるべき手段は機関から外界への繋がりを奪うことである。

 だが、自給自足率は既に八○パーセンをを上回っているために、そうそう外へ出る必要もない。

 祈るべきは、ドイツ、アメリカ支部で装置がきっちり破壊されている事だけだ。

 部品はこの世界で一般に出回っている軍用品が主であり、だが組みようによればスパコンも凌駕する重力子干渉装置が出来上がる。

「だが、時間干渉は我々のような時空の申し子がいなければ完遂しない」

「……どうやって、そもそも時間に干渉してるんだよ」

 気にもならなかった、また訊いてもどうせは理解できないことを、だが青年は口にする。

 間もなく、食い気味に男は応える。まるでその言葉が来ることを知っているようだったが――同じ時間干渉の能力なら、同様に予知の力を持っていても不思議ではない。

「加速能力だよ」

「……?」

 簡潔すぎる説明に、首をかしげる。男はそう言ってから、付け足すように告げた。

「貴様の加速は貴様のみへの干渉だが、わたしは任意で己を含む全てに干渉できるソレだ」

 つまり重力子を操作することによって一点に集中させ、空間を歪ませる。重力を介して空間に干渉する時が、そのまま世界を飲み込む。

 加速するのはどこまでも世界であり、ゼクト・プライムは観測者として時間の加速に取り残される。

 やがて特異点へと至り、世界は周回を果たし――。

 その男はそうして、この世界を幾度も繰り返してきた。

 或る時空では一人でも多くの人間を救済し、或る時空では一人でも多くの人間を殺戮した。緑を護り、あるいは焦土を作り――それでも男の求めるものは見つからず、いつ失ったのか、何を失ったのか、その人としての真っ当な感覚と共に記憶が曖昧になっていく。

 生と死の境界線があやふやで、現に己が生きているのかすらわからなかった時期もあった。

「だからこれまでの貴様を見てきて、思ったことがある」

 似通っている、と。

 共に過ごした時間は稚児の時に約一年、そして現在の数時間だけだから影響されたものとすればやはりこの因果律うんめいでしかない。

 だが、この青年が経験した悪夢はゼクトのこれまでと酷似している点が多い。

「だからどうした、同情でもするか? ふざけんなてめえ、今更……」

 嘲笑気味に笑おうとした。だがそれが成し得なかったのは、引きつった頬の筋肉が痙攣しただけに終えたからだ。

 感情を持て余す。

 怒るべきか、笑うべき、あるいは泣くべきかわからない。現実から離れるべきなのかもしれないが、それができればあれほどの復讐心を湛えてなどいなかったはずだ。

 ならばここで表現すべきはやはり怒りであり、銃が無い以上はこの拳で全ての根源を殺戮するしかない。

 拳を固め、悠然と構える。しかしその様は、どちらかといえば考えなしに近い。

「貴様は話が聞けないのか」

 肩をすくめ、そいつを落とすと同時に嘆息する。

「感情のままに生きているから、貴様は勝手に敵を作るのだ」

 そして、それ故に見えるある種の純粋さ――この場合は無知の阿呆にすぎないソレ――に惹かれる者も居る。

 こんな世界だからこそ、なのかもしれない。

 その危うさがあるからこそ、時衛士という存在が成長できたのだろう。

「誰が敵で味方も関係ねえよ。全部ぶっ潰すだけだ」

「身を滅ぼす考え方だ」

「釈迦に説法かよ」

「驚いたな、貴様は冗談も言えるのか」

「……てめえはな、真面目な話がしたいのかふざけてえのか」

 呆れたように衛士は首を振り、その表情は僅かに緩んだように見える。

 だがそもそも、この部屋に来てからゼクトに対して眉間にシワが深く刻まれること自体が無く、のらりくらりと揺れ動くばかりの男よりも、青年の心情は思春期の子のように複雑だった。

「まずひとつだ」

 指を立て、衛士はそれに注視する。

 ゼクトはにやりとも笑うこと無く、薄く口を開けたまま大して唇を歪めることもなく言葉を紡いだ。

「怖がりの貴様に、安堵をやろう」

「……舐めてんのか」

侮蔑ナメるどころか、本来ならクソをひっかけてやっても良いくらいだ。少し黙っていろ、話が始まらん――」

 それへの返答の暇も与えずに、矢継早に言葉が続く。

 衛士はただそれを甘んじ、そもそも一言ごとに悪態をつく様子がまるで”かまってほしい子供”のように思えてきて、今度は確かに、口をつぐむほか無かった。

「――この機関が潰えた後は、PMCを創立するつもりだ。貴様が心配すべき行く末は、どちらにしろ安泰というわけだ」

「他の、戦闘員以外の人間が居ないのは……つまり、どこかのシェルターに押し込んだ訳じゃなく」

「アリゾナの僻地へと送っておいた。資金源の偽装会社の一つだったが、これからは本格的な営みになる。どちらにしろ、ここの連中は腕に覚えしかないからな」

「抜け目のねえ野郎だ」

 言いつつも、青年の表情が和らぐのを目の当たりにする。それをみて、そんな素直すぎる反応にゼクトは思わず動揺しかけるが、短い咳払いで誤魔化した。

「それで、そんな――クソどうでもいいくだらねえ事でオレが安心したとして、あんたは次にどんなクソをぶちまけるつもりだ?」

「貴様の憂慮は失せたはずだ。そしてこれで、貴様がこの世界から失せようと、この未来を生きようと、絶望しようと、希望を見出そうとしても我々への影響は最低限”PMCへ移行してから”その後になる。だからつまり、今わたしがしようとしている提案に乗ろうが蹴ろうが、その命運が関わるのはどうあっても貴様だけだ」

「提案、だあ?」

 胡散臭げに眉をひそめ、衛士は腕を組んで斜に構える。

 確かに、ここに来ての提案などは到底良い報せであるわけがない。死ぬか生きるか、などとほざかれながら額に銃口を押し付けられるのも時間の問題だろうし、そうでなくても伸るか反るか――順風満帆な目的達成なぞ果たせるわけがない。

 故に疑う。

 無知でもそれは簡単だし、足りぬ頭に目いっぱいの警戒心を植え付けるには十分な思考だった。

 ゼクトにとっても、彼が素直に目を輝かせない事がせめてもの救いだったが、その後の反応は予知を利用するよりも明らかで、思わず頭が痛くなるようだった。

 眼の前の齢十七のガキが、これまでの修羅場をくぐった経験からせめてもう少しだけ大人になれていて、せめてもう少しだけ感情のコントロールを自在にしてくれていたら、と思う。

 誰かれ構わず怒って喧嘩を売るなんて愚行は壁に落書きをしてはしゃぐチンピラみたいなもので、ある意味身近な存在であるゼクトはどこでどう育て方を間違ってしまったのか、などと頭を悩ませた。

 なんにしても、黙して得られるものはない。

 ”沈黙は金”とは言うが、自分から話しかけておいて黙っているなんてのはただの馬鹿である。

 だから口を開いた。素直に、ただ要件だけを告げようと、淡々とそれを伝えてやった。


「過去に戻るか、ここで再びわたしに挑むか。貴様が今選ぶべきものはどちらかだ」


 ややあって、衛士は蒼い鬼火を鈍らせ――にわかに焔の消えたその瞳は、驚愕の色に染まっていた。

「過去――だと」

 零れ落ちたと表現するのが正しい、恐らく頭の中と口にした言葉が完全に同調しているだろうその台詞に、ゼクトは頷き、嫌味を付け足す。

「貴様は復讐を口実に、この世界から逃げようと思っていたのだろう?」

「な、ん……ッ」

「そうやって怒って殴りかかるなら好きにしろ。そこで貴様の全てが潰えることになるがな」

 ゼクト・プライムの思いついた時衛士に対する最大級にしてただひとつの救済法であり、またおそらく青年が本質的に望んでいたことでもあるものがソレだった。

「正念場だろう。頭を冷やして考えろ――死のうが野垂れようが構わないが、身勝手な選択で散られては寝覚めが悪いのでな」

 男の言葉が、頭の中に染み渡る。

 ――青年はわかっていた。

 それは、生涯最悪な出来事があってからずっと考えていたことだった。

 唯一の、己をこの地獄から救出するための方法であるのを知っていた。

 

 だが――。

 それを選ぶだけでは、何も変わらないのではないか。

 仮に記憶を継いだとして、全てが経験通りに始まったとして。

 全てを未然に防げるとして――だが世界が、その循環がこのまま残っている以上、それは確かな解決にはなっていないのではないか。

 無論、青年はどうあってもただ一人の子供であり、世界を変えようなどという大それたことが出来るわけではない。

 だが同時に、この世界の周回を行なっているのもただ一人の男である。

 男が提案するのは哀れな子供への救済法であり、男はそれだけの為にまたこの時空での全てを無駄にする。

 彼が探しているものは未だ不明瞭で要領を得ず、本人すらも何を探していたのか定かではない。

 だから――なのか。

 目覚めてから、その男に殺されてから、復讐心はいつしかなりを潜めていた。

 望むべきものも、その過去への移動も、可能であるからこそ全てを棄てても欲したものであるのに――今では、それほど大きな魅力はなかった。

 ゼクト・プライムが彼への救済法を思案すると同時に、彼もまた時空の繰り返しを解き放つ手段を――この観測者が真に救われるために必要な何かを考えていたからだ。

「偉そうだな」

 不意に口走る青年の言葉を受けて、ゼクトはやはり、忌々しげに顔をしかめた。

 このガキはどこまでも阿呆で考えなしで、その馬鹿さ加減は度を知らず死んでも治らない。馬鹿が治る薬があれば致死量飲ませても効果に期待はできないだろう。

 そう考えて――否、そう考えたからこそ、驚いた。

「イラついてんのか? 何の解決にもなってねえだろ、そりゃあよ」

「なんだと?」

 その青年は、子供なりに頑張って考えた……という具合も無く、まるで前々から思っていたかのような聡明さをにわかに垣間見せ、鋭い視線で男を穿った。

「ここで選択肢を棄てて何になる。ここでまた、早速繰り返してなんになるんだよ」

「何が言いたい」

「うんざりなんだよ――探しものを手伝ってやるから、さっさと死んで循環を止めやがれ!」


 過去を望む飽くなき渇望は、やがて、繰り返される悪夢を連想させた。

 幾十、幾百と繰り返しても見つからぬもののために、男はそれでも見つけるために繰り返す。

 いつしか、手段が目的と化した自覚も無いまま世界の循環を垣間見て――幾百目の、現在さえも過去の出来事と見紛う今、どこかの子供の言葉を受けて、全ての記憶の境界が曖昧になった。

 意識が飛ぶ――感覚が、融解した。

 記憶の大海に沈む意識が、夢想のなかにだけあった架空の女性ひとを、視せていた――。



 男はその娘の手を握っていた。まるで後生大事にする親の形見のように。

 辺りは濃厚な硝煙の臭いに満ちていた。空気は肺を焼きつくすほどに熱されていて、血とも炎ともつかない真紅に塗りつぶされていた。

 街だったはずの景色に建造物など残っておらず、背を合わせた仲間の影も陽炎の中に消えていった――それが何分前の、あるいは何時間前の出来事なのか、男は意識をまどろませたまま、歩いていた。

 焦土を踏みしめ、握る手は泣きじゃくる二つ三つ下らしい少女の手を、そして三○発がまるまる残ったアサルトライフルを握りしめていた。

 敵は地獄よりでた軍団だ。蹂躙された街の中で、なぜ己と少女だけ生かされたのかさえも不明瞭な状況の中で、だが男は敵を探していた。

 鷹の如く辺りを睨みつけていた。粘膜が蒸発して眼球が焼けても尚、まぶたが落ちる事はなく、

「なんで……戻ってきた、の?」

 少女の声だけが、焼け燻る火焔の唸り声以外に聞こえた初めての音だったのに、彼は問いかけがあった数分後に自覚した。

「戻って、来た……?」

 焼け付いた喉で言葉を紡ぐ。

 この燃え盛る廃墟の中に飛び込むほど、果たして己は勇敢で勇猛だったかと問えば、かつての仲間が居れば十人が十人首を横に振るはずだった。

 道無き道を歩きながら、轍が深く刻まれた跡を辿る。

 戻ってきたわけがない。通りがかったところで、彼女が居ただけなのだ。

 逃げて回った男は、生者だけを探していた。それが敵でも味方でも、生きてさえ居れば誰でも良かった。人を殺すどころか、その現場に居合わせることさえも恐れる男は、だからこそ誰かを探していた。

 怖いなら、寂しいならその手に握る立派な武器で頭を吹き飛ばすことも出来るはずだった。

 その炎の中に佇むだけで、やがて焼けて朽ちることも可能であった。

 だがそもそも、男は死にたくなどなかったのだ。

 だから誰かを探して、己が生きている証明をして欲しかった。

 彼女の手を握ったのも、この地獄から抜け出すために轍を辿るのも、全ては生き残るためだった。

「わたし、は……」

 ――革のクッションを殴りつけるような鈍い音が、近くから響いた。

 頭上から弧を描く楕円形のなにかが飛来する。それを認識した瞬間、男は迷い無く少女に覆いかぶさるように抱きしめて倒れこんだ。

 放たれた榴弾が大気を引き裂いた爆音で大地を揺るがすと同時に、その衝撃が肉体をこれでもかと嬲り尽くした。噴出した火焔が、容易に顔の半面を焼き尽くしていった。

 ……何故だ。

 男が問う。

 なぜ自分が覆いかぶさった筈なのに、焼けるのが左顔面なのだ、と。

 なぜ身体に重さを感じるのか、と。

 なぜ己は空を仰いでいるのか、と。

 近くから放たれ続ける榴弾が、絶え間なく炸裂音を響かせた。爆撃が大地を砕き、穿ち、大気を燃やし、炎と破壊をまき散らす。

 その中で、とても生きていられるはずもないのに――生きている己に、男はただ”ありえない”とだけ思い。

 顔に滴ってくる熱い血を見て。

 原形を留めぬ肉塊が身体を覆っているのを理解して。

 ――護れなかった。

 悔恨が、胸の奥で炎を湛えた。

 感覚が溶ける。

 時間が曖昧になった。

 大気を舐める火焔の揺らぎが、にわかに遅くなる。

 視界に黒い一閃として過ぎる榴弾が、確かにその飛来を遅くした。

 ああ――許せない。

 何よりも、守れなかった己に。

 生き残ろうとした自分に。

 何もかもが、遅すぎた。後悔も、怒りも、その全てが。

 この感情はもはや堪え難い。

 全てが早く、何よりも速く、速く、速く、過ぎ去ってしまえばいいのに――。


 革命軍を自称する過激派民兵組織によるテロ行為は、その後、ものの数十分で戦闘を終了した。

 駆けつけた小隊の殆どが殲滅された約三○分ほど後に、追い打ちとばかりに放たれた榴弾が、革命軍の最後の攻撃だと記録されている。

 その後、目にも留まらぬ機動をとった一人の男が、その場に残った数十人の頭を”至近距離”で撃ちぬいた後、弾丸が切れたあとはそのままアサルトライフルで撲殺したという、恐らく目の当たりにしたとしてもにわかには信じられぬ事実だけが、後に援軍として駆けつけた者たちによって確認されていた。

 生き残りはただ一人の新兵だったが――軍病院に搬送されたその翌日、男の姿は跡形もなく消え去っており、今では、全ては幽鬼の偉業だとして、それが伝わっていた。



「ふ――探しても、見つからぬはずだ」

 自嘲気味に笑って、ゼクトは過ぎ去った記憶の回想を一蹴した。

 既に失ったものであり、それは己の起源でもある名も知らぬ少女だったのだ。

 目の前の子供が、自身が能力に芽生えた契機となった姉を大事に思うように、結局は自分も同じなのだと、彼は大きく息を吐いた。

 ギラつく青年の瞳が、ねっとりと身体に纏わり付く。

 あの時の、燃え盛る街の中を連想させる暑苦しさに、忌々しく舌を鳴らした。

「どうした、さっきから黙りこくって。腹でも痛ェのか?」

「ああ、胃が痛くなってきたのは確かだな」

「思い出したんだろ――護れなかった、守りたかった誰かを」

 核心をつく言葉に、息を呑む。

 ただそれだけで肯定を示す間であるのはさしもの衛士にも理解できる事であり。

「行こうぜ、手伝ってやるよ」

 ――言うが早いか、ゼクトは背を向けパネルを操作し始めた。

 そして、その巨大な円筒型の装置がモーターを唸らせ始めた時。

 光も、音も。その予備動作は何もなく。

 ただ、意識が吹っ飛んだ――その感覚だけは、鮮明にあった。

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