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クロックワーク・アリバイ 〜裏社会の天才時計技師、自分が作った「鉄壁の不在証明」を法廷で解体する〜  作者: 六井求真


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第54話:8分あれば何ができるか~書斎から父の寝室への往復殺害ルート~

「八分……八分あったから何だというのだ……!」

 ジュリアンは机に爪を立て、血走った目でシオンを見上げ、掠れた声で喘いだ。

「父の寝室は……一階の奥だぞ……! 書斎から正面階段を通れば、見張りの執事や使用人たちに見つからずに行けるはずがない! たった八分で……父を殺して密室を作り、書斎に戻ってチェス盤の前に座るなど、人間にできるはずがないッ!」


「ええ、正面階段を使えば不可能です。ですが――」

 シオンは黒板の横に、一枚の青焼きの建築設計図をバサリと広げた。

「バローニ侯爵邸の二階書斎、および一階侯爵私室の内部構造図面です。エルネスタ警視が帝都建築資材ギルドから押収した、屋敷の極秘構造図ですね」

 シオンは指先で、書斎の暖炉の真裏にある細い空隙をなぞった。


「書斎の本棚の裏には、先代侯爵が非常時の暴動や暗殺を恐れて作らせた、幅わずか六十センチの【使用人用の隠し螺旋階段】が存在します。足音を完全に消すために厚い羊毛フェルトが敷き詰められたこの隠し通路を通れば、書斎から一階の侯爵の私室のクローゼットの裏まで、誰にも見られることなく移動できる。その所要時間は――片道わずか四十五秒。往復しても、一分三十秒にすぎません」

 シオンの怜悧な声が、犯行のタイムテーブルを冷酷に刻んでいく。

「カイル卿を追い出したのが、現実時間の午後十時二分。あなたは隠し通路を駆け下り、十時三分に父の寝室へと忍び込んだ。そして、背後から近づき、即効性の青酸性神経毒を塗った細い毒針で、父の延髄を一突きにした!」


 講堂内が、針の落ちる音すら聞こえそうな静寂に包まれる。

「父親はその場で呼吸を停止し、絶命した。凶行に要した時間はわずか三十秒。そして――現場を『完全密室』に仕立て上げるための工作が行われた。警察を最も悩ませた、内側から頑丈な鉄の閂が降ろされていたという、あの密室トリックです」

 シオンはエルネスタに頷きかけた。

 エルネスタが一歩前に進み、手元の捜査資料から一枚の大型写真を掲げた。


「現場の暖炉の煙突の内側、鉄格子の上部に残されていた、微細な金属摩擦痕の拡大写真よ!」

 エルネスタの厳しい告発が飛ぶ。

「ジュリアン、あなたは部屋を出る際、細く強靭なピアノ線の一端を、寝室の重い鉄の閂のレバーに結びつけた。そしてピアノ線を扉の上の欄間から室外へ引き出し、さらに換気用の煙突の隙間を通して、二階の隠し通路へと引き上げたのよ。扉を外から閉めた後、隠し通路からピアノ線を力強く引けば――内側の閂はガチャンと跳ね上がり、受け金へと落ちて完全密室が完成する!」

 エルネスタは写真をモート弁護士の顔の前に突きつけた。

「閂が落ちた感触を確認した後、ピアノ線の端に結ばれた環状の金具を引いて結び目を解き、煙突からスルスルとピアノ線を回収した。その際、煙突の煤を拭い去り、鉄格子に鋭い擦れ跡を残したのよ! この摩擦痕から採取された鋼鉄の微細片の合金比率は、ジュリアンの工具箱から押収されたピアノ線の成分と、百パーセント完全に一致したわ!」


「時間のトリック(アリバイ崩し)」と、「空間のトリック(密室崩し)」。

 二つの解体された歯車が、カチリと完璧に噛み合い、事件の全貌が一つの逃れようのない真実の絵画として完成した。

 往復一分半。刺殺に三十秒。密室工作に二分。書斎への帰還に一分。

 合計わずか五分間。

 空白の八分間の中に、ジュリアンが父親を屠り、密室を作り上げ、何食わぬ顔でチェス盤の前に座るための時間は――あまりにも余りあるほど、たっぷりと存在していたのだ!


 モート弁護士は言葉を失い、持っていた書類を床に撒き散らして椅子へとへたり込んだ。

 完全なる沈黙。

 百名の記者たち全員が、息をすることすら忘れて、壇上で膝をつく青年貴族を見つめていた。

 その時――エルネスタが、自らのコートの内ポケットから、ビロードの小袋を取り出した。

 そして、その中から現れた黄金色に輝く物体を、高く天へと掲げた。


「そして――これが最後の止めよ、ジュリアン・フォン・バローニ!」

 エルネスタの手の中で鈍い光を放ったのは、星型の突起を持つ、あの【真鍮の秘密金庫の鍵】だった!

 その先端にこびりついた、バローニ侯爵の乾いた血痕が、ガス灯の光を浴びて妖しく赤黒く輝いていた!

「あなたが父の遺体から奪い去り、地下庭園の暗渠に隠していた、秘密金庫の鍵よ! 先端の血痕をルミノール反応にかけたところ、被害者バローニ侯爵の血液型AB型、および侯爵特有の稀少抗体と完全に一致したわ! 犯行時刻に現場にいなかったはずのあなたが、なぜ、殺害された父親の血液がついた鍵を持っているのかしら!?」


 エルネスタの鋭い追撃が、ジュリアンの逃げ道を完全に塞いだ。

「さらに、あなたが着ていた喪服の右袖口の裏地から採取された極小の繊維片を警察鑑識で精密分析したところ、この鍵の真鍮粉、および毒針を刺した際に飛沫した被害者の血液成分が検出されたわ! 物理の法則による不在証明の崩壊、煙突を使った密室工作の痕跡、そして被害者の血痕が付着した金庫の鍵――これらすべての動かぬ証拠を前にして、まだ言い逃れができると思うの!?」


 ピシイイイン――!

 記者たちのカメラから、一斉にマグネシウム・フラッシュが雨霰のように焚かれた!

 白い閃光が壇上を真昼のように照らし出し、ボールドウィン局長は椅子から滑り落ちて頭を抱えて呻き声を上げた。警察上層部が築き上げたもみ消しの防壁は、今、完全に粉微塵に打ち砕かれたのだ!

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