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沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

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第21話 Rein Schwarz Ritter

白い冬の朝。

 カーテンの隙間から差し込む光が、床に細く長い線を描いた。


 憂は、小さな白い箱を両手でぎゅっと包み込んでいた。

 掌に収まるサイズなのに、心臓より重い。


 箱を鞄の奥へそっと滑り込ませる。

 視線を落とした指先がかすかに震えていた。


 玄関に向かい、ドアノブへ手を伸ばした――その瞬間。


 パシンッ。


「いったっ!?」


 軽く弾かれた額を押さえて振り返ると、

 そこには腕を組んだ葉月が立っていた。


 いつものゆるふわなお姉ちゃんとはまるで違う。

 体のラインにぴたりと沿った漆黒のライダースーツが、

 冬の光を硬質に反射させている。


 その姿は――

 “覚悟を決めた姉”を纏った騎士そのものだった。


「……電車で行くつもりだったんでしょ」


「え、だって……その方が……」


「はぁ〜……」


 葉月は大げさにため息をつき、

 しかしその瞳には鋭くもあたたかい色が宿っていた。


「今の憂ちゃん、電車で一人にしたら……

 考えすぎて途中で引き返すでしょ」


 心のど真ん中を射抜かれ、憂は言葉を失う。


「ほらね。当たり」


 葉月は軽く顎をしゃくり、玄関の扉を開いた。


 冬の空気が一気に流れ込み、

 続いて――黒い影が視界を覆った。


「えっ……なに、これ……」


 漆黒の大型バイク。

 冷たい金属に朝の光が反射し、獣のような存在感を放っている。


「今日の“足”」


 ライダースーツの胸元を軽く整えながら、

 葉月はなぜか胸を張って言った。


「……な、なにこれ……!」


 憂は思わず一歩さがる。


 その反応に、葉月は嬉しそうに口角を上げた。


「ふふん。

 これね――石田さんからの“頂き物”なのよ」


「えっ……うそ……石田さんが!?」


「そう。“紅茶淹れながら最新型エンジンを完全分解できる女”の石田さん」


「いやそれよく知ってるけど!!

 仕事の幅どうなってるの石田さん!!?」


 葉月はバイクのタンクをポンと叩く。

 ライダースーツのグローブが金属に触れる、その音さえ頼もしい。


「しかもね……

 譲るだけじゃ満足しなかったらしくて、

 『免許取得お祝い仕様』として、後継機として本気で改造してくれたのよ」


「か、改造まで!?」


「吸気系も足回りも、“お嬢様を守るために”って言いながら、

 最終的には完全に“趣味の世界”に突っ走ってたけどね」


「絶対それ趣味優先だよね……!」


「で、名前も付いてる」


「名前!?!?」


 葉月はどや顔で宣言する。


「ライン・シュヴァルツリッターちゃん。

 ドイツ語でね――

 “Rein=純粋な”、

 “Schwarz=黒”、

 “Ritter=騎士”。

 石田さんいわく、

 “お嬢様方をお守りする純黒の忠誠なる騎士にございます”だって」


「いや説明まで本格的……!

 ていうか石田さんのネーミングセンス、世界観デカすぎ!!」


 葉月は「まあね」と笑い、

 ライダースーツの袖を軽くまくってから、ハンドルを愛おしげに撫でた。


「でも見た目の迫力とは違って、

 乗り心地はすっごくいいのよ。

 石田さんの“愛”と“技術職人の執念”が詰まってるから」


「……愛という名のこだわりの暴走では……?」


「細かいことはいいのよ。

 大事なのは――」


 葉月は憂の肩に軽く触れ、

 漆黒のスーツ越しに驚くほどあたたかい手のひらを添えた。


「この子が、今日の“憂の背中押し”を一緒にやってくれるってこと。」


 憂は黒く光る車体を見つめた。

 姉の漆黒のスーツと相まって、

 本当に“黒騎士に守られる姫”のような気持ちになる。


 胸の奥で、そっと小さな勇気が灯った。


 憂は混乱のまま固まる。

 葉月はライダースーツの襟を軽く整え、さらりと言い放った。


「……憂ちゃんの心の整理がつくまで、姉ちゃんが横にいる。

 そのためのサプライズよ」


「……心の、整理……」


「そう。

 一番メンタルが揺れてる今、一人で向かわせるのはバカでしょ」


 葉月はヘルメットを差し出した。


 漆黒のスーツと同じ色のヘルメット。

 その奥に、姉の覚悟が静かに宿っている。


「バイクは風の音しか聞こえない。

 余計な情報も、人の目も、何もない。

 “自分の気持ちだけ”と向き合える」


 憂はヘルメットを抱きしめるようにして見下ろし、

 小さく息を吸った。


「……でも、一人で考えるの……怖いよ」


「だからあたしがいるんでしょうが」


 その言葉は驚くほどやさしく、

 そして、驚くほど強かった。


 葉月は憂の肩にそっと手を置いた。


「憂ちゃんね……今すごく顔が泣きそうなの。

 こんな顔で電車に一人で乗せるわけないじゃん。姉として無理」


「……お姉ちゃん……」


「千秋ちゃんに会いに行きたいんでしょ?」


 憂は唇を噛み、震える声で絞る。


「……会いたい……すごく……」


「うん。知ってる」


 葉月は憂のヘルメットを丁寧にかぶせ、

 バックルをカチッと留めた。


 グローブ越しの優しい指先が、

 まるで“黒騎士が姫を送り出す儀式”のように感じられる。


「怖くてもいい。

 弱くてもいい。

 それを認めた子は、ちゃんと進めるの」


「……うん……!」


「乗りなさい。

 走りながらでいい。

 あんたの気持ち、ぜんぶまとめておいで」


 憂はバイクの後部に座り、

 葉月の漆黒の背中にぎゅっと腕をまわした。


「離さないでよ?」


「う、うん……!」


「振り落としたら姉ちゃん泣くからね」


「泣かないで!?!?」


「じゃあ絶対に離さないこと」


 エンジンが唸り、冬の空気が震えた。


 葉月の声が、マフラー越しにやわらかく響く。


「ほら憂ちゃん。

 走ろう。

 あんたの心が、ちゃんと前を向けるように」


 黒いバイクはゆっくりと動き出した。


 冷たい風が頬を刺すのに、

 姉の漆黒の背中は驚くほどあたたかい。


(この背中に……守られてる……)


 鞄の中の白い箱が震える。

 未来へ向かう準備が、ひとつずつ整っていく。


(待ってて、千秋)


(わたしは逃げない)


(あなたに……ちゃんと会いに行くから)


 黒い影は冬空の下を滑り、

 “黒騎士の姉”と少女の想いを乗せて未来へ走り出した。

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