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沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

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19話 Weißritter 〜白い騎士〜

 六地蔵家の大ホールは、普段は使われない。

 クリスマスと、特別な来客があるときだけ、静かに目覚める 舞台だった。


 天井のシャンデリアには、星のような灯りがいくつも吊り下がっている。

 赤いベルベットのカーテン。

 磨き込まれた木の床。

 二台のグランドピアノだけが、スポットライトの前でひっそりと出番を待っていた。


 客席には、親族や六地蔵家と縁の深い人たちが座っている。

 メイドたちも、後方に控えめに整列していた。

 その息遣いさえ、今夜の特別さを静かに伝えていた。


 そのざわめきを、舞台袖の暗がりから眺めている二つの影があった。


 一人は、純白のドレスに身を包んだ千秋。

 もう一人は、白い騎士風の礼装に身を包んだ雪乃――

 憂の身体という器を借りて、そこに立つ人格だった。


 肩章のついたジャケット。

 胸元にはさりげない銀糸の刺繍。

 剣こそ帯びてはいないけれど、どこか最後の戦いに臨む騎士のような佇まいがあった。

 なのにその白は――

 祝福ではなく、別離を連れてくる白に思えてしまう。


 ただ一つ、胸元で光る色だけが違った。


 ――深いエメラルドの輝き。


 雪乃はそっとそのネックレスへ触れた。

 千秋が憂へ贈った、誕生日プレゼント。

 憂が大切にしていた“色”。


(あなたの想い……ずっとここにある)


 冷たくも優しい、その宝石の重み。

 千秋は、小さく息を呑む。

 まるで自分の心臓が、雪乃の胸元へ移ったように――

 鼓動を共有している気がした。


(まるで……この舞台が最期だと決めているみたい)


 そう胸の奥で震えた自分に、千秋は気づかないふりをするしかなかった。


 千秋はそっと胸元を押さえた。

 鼓動がいつもより速い。

 息を吸うたびに、ドレスのコルセットがきゅっと締め付けてくる。

 緊張と期待、そして――恋のざわめき。


 雪乃がちらりと千秋の横顔を見た。

 憂の身体を通しているのに、その眼差しはたしかに“雪乃”のものだった。


「千秋」


「……はい」


「怖い?」


 千秋はほんの少し間を置いて、丁寧に言葉を選ぶようにつぶやいた。


「怖いというより……終わってしまうのが、怖いですわ」


 雪乃は、ふっと寂しそうに笑う。


「そっか」


 足元を照らすステージの光が、二人の影を静かに揺らす。

 客席の気配――咳払い、控えめなささやき、シャンデリアの揺れ。

 すべてが、“今しか存在しない時間”の音だった。


(ここが……私の、本当のラストステージ)


 雪乃はゆっくりと瞳を閉じた。


 頭の中には、いろんな光景が流れていた。


 ドイツの街角で、交通事故に巻き込まれたあの日。

 六地蔵事件の冷たい廊下。

 葉月の高校で歌ったライブ。

 音楽室で、千秋の手を包んで教えたレッスン。


 懐かしさと、愛おしさと。

 笑みが零れそうになる。

 でも――声に出した瞬間に涙になる。


 そのとき、背中にそっと温もりが触れた。


「行ってらっしゃい」


 振り向くと、葉月だった。

 トナカイのカチューシャを付けたまま、なのに目は驚くほど真剣で。


「雪姉ちゃん……ラスト、ちゃんと見届けるから」


「葉月……」


 葉月は、泣きそうな千秋の顔を覗き込み、ぱっと明るい笑顔を向けた。


「千秋ちゃん、泣きそうになったら――顎を上げて! 胸も張って! 今日は誰より綺麗なんだから!」


「そ、そんなこと……急に言われましても……」


「ほんとのことだよ。ドレスも髪もメイクも……ぜんぶが、千秋ちゃんのための魔法!」


 葉月の言葉が、まっすぐに胸へ届く。

 千秋は深く呼吸をする。


 葉月は軽やかに、しかし確かな力で言った。


「泣くのはね――全部終わった後でいい。 今は、最高のステージを楽しんできなさい!」


「……はい」


 千秋の瞳が、強く輝きだす。


「二人とも、戻る場所はこっちにあるから。ステージで全部出し切ってきなさい!」


 葉月は二人の背を押した。


 細長い導線の先にあるのは――

 音と光の世界。


 千秋は拳をぎゅっと握りしめた。


「お姉様……その礼装……かっこよすぎますのよ……っ

 惚れ直しましたわ……!」


 雪乃は一瞬きょとんとし、すぐに照れ隠しのように視線をそらす。


「あなたのそのドレスも……反則級に綺麗よ。

 今日の千秋は、誰よりも輝いてる」


「ひゃっ……!?」


 一撃。

 恋の刃が胸の奥へ刺さる音がした。


 雪乃はそっと、千秋の肩へ手を添える。


「行きましょう。あなたの音で――私を、生かして」


「はい。お姉様のすべてを、音で支えます」


 二人の指先が、ほんの一瞬だけ絡まった。

 触れただけで、息が詰まるほど恋しい。


 舞台へ続く光の中へ――

 千秋は一歩踏み出した。


 その背に、雪乃の声が届く。


「……愛してるよ、千秋」


 振り返れない。

 振り返ったら、涙がこぼれてしまうから。


 白い少女は、音楽の未来へ。

 最後の騎士は、その祈りを背負って。


 そして――

 幕が上がる。

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