13話 当たり前じゃない幸せの話
クリスマスイブの午後。
湾岸沿いの大きなテーマパークは、映画と遊園地が混ざったみたいな賑わいに包まれていた。
巨大なツリー、きらきら光るイルミネーション。
あちこちでサンタ帽のスタッフが手を振り、映画のキャラクターたちがパレードの準備をしている。
「わぁ……すごいね、千秋!」
憂が目を輝かせて、ぐるりと周りを見渡す。
「ええ……人、多すぎませんこと……?」
千秋は若干、目を細めて人波をにらむ。
それでも、憂の手だけはしっかり握ったままだ。
「千秋、そんなにぎゅっとしなくても平気だよ?」
「な、何を言っておりますの!
わたくしが離したら、この人の海に憂さんが
流されてしまいますわ!」
「ここ海じゃなくて陸だけどね?」
「気持ちの問題ですわ!!」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
ジェットコースター風のライドに乗って叫び、
映画のセットそっくりな街並みで写真を撮り、
某魔法エリアでホットドリンクを飲んで一休み。
日が暮れると、パーク内の光はさらに色を増していく。
ベンチに並んで腰掛け、スーベニアカップのホットココアをふうふう冷ましながら、
千秋はふと、ため息をこぼした。
「……はぁ」
「どしたの、千秋? ココア、甘すぎた?」
「いえ……ココアは美味しいですわ。問題は……我が家ですの」
「家?」
千秋はカップのふちを指でなぞりながら、少しだけ視線を落とした。
「このところ、お父様とお母様が……以前にも増して、ラブラブといいますか……」
「いいことじゃない?」
「よくありませんわぁぁぁっ!!」
思わず、クリスマスツリーの方を仰ぐ。
「先々月なんて、玄関ホールで、平然と抱き合って長いキスをしておりましてよ!?
娘がすぐ横にいるというのに!!」
「えっ、リアルに? ドラマじゃなくて?」
「ド、ドラマならまだ救いがありますわ……あれはノーカット生放送でしたの……!」
思い出しただけで頬が赤くなる。
「もう、家にいると……あのラブラブ夫婦がいつまた爆発するかと思うと……
居心地が、良いような悪いような、複雑で……」
そこで、千秋はハッとしたように目を瞬かせる。
「……贅沢な悩みですわよね、これ」
「ん?」
「両親が仲良くしているのに、わたくし、それに文句を言っているなんて……」
カップをぎゅっと握りしめる。
「本当は……幸せなはずなのに。
でも、恥ずかしくて、照れくさくて、どうしていいか分からなくなりますの」
「千秋……」
憂は少しだけ空を見上げてから、
そっと千秋の横顔を覗き込んだ。
「わたしさ、お父さんとお母さん、離婚してるからね」
「……ええ」
「だから、“仲良しでいてくれる両親”って、正直、すごく羨ましいよ」
淡いイルミネーションの光が、憂の横顔の寂しさをほんの少しだけ浮かび上がらせる。
「でもね……羨ましいからって、千秋の気持ちを否定したいわけじゃないよ」
「……憂さん?」
「恥ずかしいとか、照れるとか、“なんかイヤ~!”って思うのも、ちゃんと千秋の気持ちでしょ?
それって、変じゃないよ。むしろ、普通だと思う」
憂はふっと笑った。
「だから、愚痴ならいくらでも聞くよ。今日も親がベタベタしててさ~とか」
「……よろしいのですの?」
「うん。だって千秋、『当たり前じゃない幸せ』だって気づいてるじゃん」
「……」
「当たり前だと思ってたら、わざわざ悩んだりしないよ。
ちゃんと大事なものだって分かってるから、どう向き合えばいいか迷うんだよ」
千秋の指が、カップの上で止まる。
「さみしいとか、羨ましいとか、照れるとか。
そういうの、混ざっていいんだよ。
そのまんま、千秋の“本音”なんだから」
憂は少し照れたように笑って、自分の胸に指を当てた。
「わたしもね、両親が仲良さそうにしてるところをちょっとでも見られたなら、きっと泣いちゃうと思う」
「憂さん……」
「だから千秋が、恥ずかしい~!って文句言いながらも、
ちゃんと見てるの、ちょっといいなって思うんだ」
千秋は、言葉をなくした。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……わたくし、そんな風に考えたこと、ありませんでしたわ」
「うん。だから、気にしないでいいよ」
憂は笑顔で、千秋のマフラーの端っこをつまむ。
「わたくしの親、ラブラブすぎ!って言えるの、たぶん、すごく幸せなことだから」
「……憂さんは、本当に」
千秋は小さく息をこぼし、照れたように視線を逸らした。
「優しすぎますわ……」
「えへへ?」
「そんな風に言われましたら……ますます、わたくし……」
「ますます?」
「……憂さんのことが、大切になってしまいますわ」
最後の一文だけ、クリスマスイルミネーションの音に紛れるくらいの小さな声で。
「ん? なんか言った?」
「な、なんでもありませんわ!!」
慌ててココアを一気飲みし、千秋は立ち上がる。
「ほ、ほら!パレードが始まりますわ! 行きますわよ、憂さん!!」
「わっ、待って千秋、こぼれるこぼれる!」
人混みの中、千秋は自然に憂の手を握り直していた。
指先から伝わる確かな温度。
それは、家族とも、師弟とも違う
新しい何かの輪郭を、そっと描き始めていた。




