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華出井 葵(12)と願いの井戸 54

 どうしようと、甚八は体が固まる。

 京護も同じく焦るが、それ以上に内心では、影である父に悪態をついていた。

 ばかばかばか、お父さんのばかっ

 語彙を失った悪口は、影に届いていた。京護の足元で口をニタリとさせているが、当の京護は気づいていない。

 その影も、笑うだけですぐに存在を沈ませた。

 微妙な空気の中、最初に声を発したのは外商の代表だった。

 ミヨの隣で対応していた男が、その場で恐る恐ると二人に声をかける。

「申し訳ございません。何か、不都合な物がありましたでしょうか」

 口火を切ってくれた。甚八は慌ててズボンのポケットから、スマホを取り出した。

「すみません大丈夫です。その…………病院からの連絡を見てたので思わず」

 甚八の近くに居た女性は、内心首をかしげた。

 女性スタッフからは叫び声以外何も聞こえなかったものの、小さな黒い何かが床に居た気がしたのだ。

 そしてスマホなど見てはいなかった筈だが、相手は得意先。の、客人。全て言わぬが花だ。

 一方の京護は、手元には何もない。お腹のポケットには葵から預かったパズルがあるが、出せない。

「おれ、はっ」

 もはやお約束の流れで、甚八に助けを求めた。

「ええと、おれは服を選ぶのが下手だし、お、同じに見えるので、あの、なので、おれより先生が」

 甚八は自分の胸の所で、両手でバッテンを作った。

「先生もダメだから…………え、なんでダメ?」

 ダメってなんだよ先生、と京護は目で訴えるが、甚八は首をブンブンと振って逃げた。

 徹夜続きの脳で首を振るので、最後はクラクラしたが、とにかく甚八は逃げた。

 背後の霧子が怖くて、これ以上の墓穴を掘りたくはないのだった。

 京護からの信頼度が目減りしても、霧子が怖かった。

 打開策がないまま、京護は混乱しながら周囲を見やる。

 すると、ミヨと目が合った。

 京護は口をぎゅっと閉じて、距離はそのまま、ミヨに足の先を向けた。

「お、お願いします」

「あら、わたくしにもお話してくれるの?

 なぁに」

 ミヨは、顔を綻ばせて京護の言葉を待った。

 あえて隣の霧子を、京護も見ないようにしつつ、真新しいパーカーを握りしめて口を開ける。

「服、同じに見えるし、きれいな服はもっとよく分からないから」

 ミヨをどう呼べば良いかナタんでから、いとこの設定を思い出す。 

「ひい、おばあちゃん、いえ、様に、選んで欲しい、です」

 意を決したお願いは、小さな声にも関わらず、客室ホールによく響いた。

 次に声を発したのは、ミヨだ。

「あら」

 手を頬に当てる。驚いて、目は丸い。

「あらら、あら」

 その手を、今度は口元に。丸い目が、細められた。

「あらぁ」

 感嘆の声と共に、ミヨの頬が血色ばんだ。

「聞いた? 霧子さん」

「はい、奥様。しかと」

 霧子は食い気味に頷いた。

「ふふふ。

 じゃあ、キョウちゃんの、フォーマルなお洋服。 

 ひいおばあちゃんが、選ぶわね」

「…………ひいおばあ様です」

 呼び方難しいなと訂正したが、ミヨは首を振った。

「良いのよ。

 どうか呼び方は、変えないで頂戴」

「連様」

 霧子が京護を呼び、ポーカーフェイスで空中にうずまきと花びらを人差し指で作った。

「花まるです」

「…………はい。?」

 感情が読めない言動では、どういう意味だろうと思ったものの、切り抜けた事だけは分かった。

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