華出井 葵(12)と願いの井戸 47
呼ばれた気がして振り返ると、京護が居た。
ドアを少しだけ開け、明らかに助けを求めるような顔を出している。
「連君、逃げてきたのか」
京護は屋敷に戻って来る甚八を見上げて、少し拗ねた顔を見せる。
「トイレ。…………嘘は言ってないから。服は…………」
「決められたんだ。良いんじゃないか。アレより、というか病衣と比べちゃいけないな」
ゆったり目の黒のパーカーと黒のデニム。手に持っていた葵から預かったパズルは、パーカーのポケットに入れたのだろう。前部分にふくらみがある。
甚八は、さほど服に興味が無い。相手が女性であればまた別だが、子供服の良し悪しは分からない。
それは京護も同じだった。
「おれ、お母さんが用意する服しか着て来なかったし、それで不満も無かったからよく分からなくて。これ、お父さんのせいなんだ」
「どういう事?」
呼ばれたから出てきたようなタイミングで、影がシュルリと、京護の首から出てきた。
【オナジ おんな ニオウ におう オナジ】
甚八はぎょっとして、辺りを見回す。誰もいないのを確認して、廊下の隅に移動する。
「お父さんが、飽きて出てきちゃいそうになって。適当なのを着てごまかしてたら、ずっとこうなっちゃって。
あ、話すって言ってもおれにだけ聞こえるようにはしてたよ」
「僕に聞かせるって事は、情報か確認をしたいのかな。
飽きるのが予想通りにしても早いな。連君は、おんな、て誰の事を言っているのかは分かるの」
「うん…………ひいおばあ様て、葵君が呼ぶ人」
【におう ニオウ におい おなじ オンナ】
【あれも オナジ くう ニオイ】
「くうが食べる食うなら、嫌な振りしてくるなあ。 ご隠居様が匂うの?」
誰かに聞かれたら怒られるので、加齢臭ではと思ったのは心の内に留めた。
京護は、辺りを見回し、誰も居ないのを改めて確認した。
そして小柄な身を、甚八の懐に入れるように近づく。
「葵君も匂いのこと言ってた。あの、おれになんだけど。…………おれ、臭いのかな」
恥ずかしそうにしているのは、どうしてなのか。
自分にとって好ましい人に、体臭を言われるのは気になる。
甚八は「ちょっとごめんね」と言ってから、微かに嗅いだ。
「第二次成長期の男子としては、恐らく標準的かな。朝シャワー浴びたからか、むしろ清潔だよ」
成長期の話までされると思わなかった京護は、思わず自分の手を鼻に寄せて嗅ぐ。
「良かった。けど、やっぱりおれには分からない」
「匂いの意味はなんだい。連君とご隠居様の匂いが同じだって、ソレが言ったの?」
「ううん」
京護は、甚八に耳打ちした。
「ご隠居様のどこからか、葵君のパズルと同じ匂いがするって」
言われた内容は当然、気になる。
興味がそそられることを伝える前にと、甚八は京護に助言した。
「連君は、ひいおばあ様呼びで良いんじゃないか。葵様のいとこなんだし」
「う」
設定を忘れていたわけではない。




