華出井 葵(12)と願いの井戸 32
甚八が保護者の許可なく未成年に話す事を了承したのは、それから1時間ほどしてからだ。
3人は、京護の回復を待ってから1階に降りた。
場所はダイニングルーム。
現在、10人用のテーブルには宅配ピザが3枚と、サイドメニューのサラダ。そして人数分の缶ジュースが広げられている。
上座は家主なので、その反対側にそれぞれが座っている。
葵と京護は横並び。向かい合う席に甚八だ。
影は、テーブルの足元にいる。再び形は曖昧なものになり、京護の足元からテーブルの裏に張り付いたり椅子の裏に移動したりしている。
葵は、甚八が切り分けて乗せた皿を受け取りながら、朗らかに笑った。
「甚八ってさ、ご飯くれる人になら誰にでもべらべら喋りそう」
葵の皿には、照り焼きチキン・マルゲリータ・ハムとパイナップルがそれぞれ一切れずつ。
一方で、マルゲリータの半分は自分の物だと箱ごと寄せているのが、甚八だ。
「葵様。僕は自分で稼いでいる大人ですよ、食べたい物ぐらい自分で買えます」
「じゃあ、このピザなんなのって事じゃん」
葵のセリフに、京護は複雑な心境で自分の皿を見下ろした。
最初に受け取っている京護の皿には、照り焼きチキンとハムとパイナップルのピザが一切れずつ。
そして、別の皿には葵より多めのサラダ。
「先生って、食べる量すごいのに、すぐお腹空くよね」
「燃費悪いのは認めるけど、美味しい物食べるならまあ良いかなって。
それと葵様。今回大事なのは、ピザではなくピザに至る過程です」
「甚八めんどうくさい」
葵は既に両手を合わせており、早く食べたい顔をしている。
約1時間前。
部屋のカーペットに横たわっていた京護が起きられるようになり、最初に発したのは人間の本能だった。
腹が減ったと。
喜び勇んで食堂に降りるのを促したのは、甚八だ。
昨日の食事量を見ている主治医として、回復に直結している食欲が自発的にあるのは喜ばしい。
葵も昼食には賛成なので、続きは食事を兼ねてという事になった。
問題は、では何を食べるかだ。
「ばあちゃんがご飯作ってて、冷蔵庫に入ってるのは使って良いって。甚八、自炊できる?」
葵により許可はあるならと、冷蔵庫や棚を次々と開けていく。
「カップ麺に湯を入れて、メーカーごとのベストな時間を計るのは得意です。ですが、そういうの置いて無いんですね」
「出来ないんだ」
「出来る為の時間を、勉強に当てていたので」
「できないんだよねっ ぼくピザ食べたいっ」
京護も食べたいよね、という一言に、振られた当人は条件反射で頷いた。
食べたかった物では無かったのに、いつぶりだろうなあと思うと空腹が刺激される。既に口の中は、いつか食べたピザの味だ。
甚八としても、異論はない。
「自炊出来ない事に、でかしたって顔されたの初めてです」
苦笑いで、スマホを取り出した。この家は、ジャンクフードが一つも置いていなければ、ピザのチラシも無い。
甚八は二人に宅配ピザのサイト画面を見せると同時に、指を一本立てた。
「葵様。一つ僕の質問に答えて頂けるなら、葵様の検査結果を二人に話しますよ」
条件ならと、京護が間に入った。
「先生、おれのも良いよ。葵君になら」
「そうこなくっちゃ」
葵言いながらも、ピザを選ぶのに夢中だった。
甚八は、わざとらしい溜息をつきながら、マルゲリータをカートに入れる。
「そっちはそれで良いんでしょうが、大人の僕が罪の丸かぶりなんですよね」
「おーじょーぎわが悪い。ぼく照り焼き」
最後に、選んだのは京護だ。何度もページを往復し、思い出せたメニューが見つかったので、それを指さした。
ハムとパイナップルのピザだ。
「二人共メニュー決まったね。
往生際が悪いだなんて心外です。僕は円花家の中でも、稀に見る常識派を自負してます」
野菜も食べましょうねと、甚八は最後にサイドメニューに野菜を入れた。
「その常識派の称号を捨てるなら、悪党っぽく取引をするしかないかなと、思うだけですよ」
甚八はにっこり笑い、注文を確定させた。
そうして1時間後に始まった、昼食。
「ピザより軽い称号のくせにぃ」
「葵様。思い出してください、僕が自炊出来たら、このピザはここにありません」
そう言って、マルゲリータの半分をぺろっと食べ終えた。
「僕知ってる、それヘリクツっていうんでしょ」
サラダを無視して、ふた切れ目を食べ終えた葵が、3つ目に手を付ける。
母親から三角食べを躾けられていた京護は、サラダとピザを交互に食べる。
ペースは二人より圧倒的に遅いものの、美味しいと思うまま食べ続けている。
葵は皿を綺麗に平らげてから、甚八に話を振った。
「で、ぼくに何を聞きたいの」
ついでに、空になった皿を渡した。
おかわりだ。




