華出井 葵(12)と願いの井戸 29
「おれは終わりたいなんて思ってない」
左手で掴んでいた胸元を、ことさら強く握り込む。背中を丸め、まるで痛みに堪えるような、くぐもった声が漏れる。
その声に、青冷めて半場呆然と眺めていた甚八の、目の焦点が京護に合った。
けれど、手だけが僅かに伸びたものの、京護に届くまでは伸ばせなかった。
名前を呼びたいのに、喉に物が詰まったように何も言えない。
甚八の躊躇いや恐れに気づかない京護は、右手に握り込んでいた影の刀を、勢いよく足元に刃先を落とした。
刃は、足元で囁く影に、音もなく同化する。
影にも、京護にも、その刀から受ける影響は無かった。
「…………分かったよ、おとうさん」
京護はゆっくりと、握っていた柄から指を緩める。
固まって動かない手を、震えながらも刀から離す。影はただ、見上げていた。
「今、またおれを作り変えようとしただろ」
影の刃を半分ほど埋めた、その刀にまで浮かぶ数多の目が、嬉々とした様で細まる。
【かえた】
「おれがだよ、おとうさん…………」
京護は空いた右手で、自身の頭を額から抱えた。
髪も、埋もれる指も、汗で濡れている。震える息を吐き、両手ともゆっくりと自身から離す。
空いた手は、ふらつく自身を支えるために、自然と目の前の柄を持つ。
そして願えと問うた影に、答えた。
「これは、おれの願いだ」
言うなり、ぐらりと姿勢が崩れた。
「あっ」
「あっ」
前のめりで倒れるのを、甚八も葵も止められなかった。
バタンと、客室に敷き詰められたカーペットに身を落とす。
「京護っ」
先に動いたのは葵だった。
影は、猫又も刀の部分も全て曖昧な姿へと戻した。そして京護の作る首根の両側から、黒い羽根を広げ、そのまま京護の喉を貫いてカラスの形で現われる。
床に仰向けの京護の胸元で、目ではなく口で埋まるカラスが、面白いと鳴いた。
【まねた マネタ あれ ソウカ】
背中側の影の目が、葵を見る。
葵は心配を隠さない顔で、京護の横にしゃがみ込んだ。手には変わらず、立体パズルを持っている。先まで内部から光っていたそれも、今は何も変化を見せていない。
「京護、大丈夫?」
影の視線の全てが、京護から葵に移った。
意味に気づいた京護は、額から流れおちる汗もそのままに、視界を埋める影を見上げた。
「これほどじゃない…………でも…………おれの体を好き勝手されずに、おとうさんと話ができる」
【なぐる ネガイ】
「おれにとっては同じだよ…………おれは、おとうさんをまだ許せてない。願った効果は、まだ…………分からないけど…………」
だから分かったと言い、京護は影ごしに葵の持つパズルを見る。
「分かったのは…………おれの中には、葵くんが持っているものと同じのがある」
視線は上になり、葵と目が合った。
「そうなんだろ、葵くん」
葵は、声に固さが無くなった京護を見下ろして、笑った。
「半分正解」
葵は自身の口元を隠すまで持ち上げた。
嬉々とした感情で上げた口角が、ステンドグラスに似たガラスのパズル超しに歪む。
「だって、ぼくの中にもあるから」




