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華出井 葵(12)と願いの井戸 28

 井戸に落とされた時の絶望感を、上回る怒り。

「おれは」

「京護は間違ってない」

 京護の湧きおこる感情に被さる形で、葵が告げた。

 顔を上げると、珍しく葵の表情が固かった。

 葵は、京護の足元で囁く影を見向きもせず、真っすぐに京護だけを見ている。

「言ったでしょ、ぼくが間違ってないって言ってあげるって」

 口角は真一文字に結ばれ、葵の真剣さは、京護だけではなく甚八にも伝わる。

 けれど今の京護には、かえって疑心が膨れ上がる。

 胸元を掴む手が一層、力がこもった。

「それは…………そっちの都合の良い、おれになったからじゃないの」

 言ってしまった、声に出てしまった。

 吐き出してしまった言葉は、同じ腹の底には戻せない。

「おれが皆を殺したことも、井戸から戻ってきたのも、全部、ぜんぶっ、ぜんぶ! あんたらの計画通りだから、おれは間違ってないんだ!」

 葵を睨み上げた後、後半は横にいる甚八に向かって叫んだ。

 葵の表情は変わらないが、甚八の方はやや青冷めていた。

 京護は再び俯き、声を荒げた分、呼吸を繰り返す。

 まだ体調も戻っていない。甚八はかける言葉に悩み、結局何も言えずに押し黙る事を選んだ。

 何より、首謀者の1人である甚八の父の死を、願っても良いと言ったのは甚八だ。

 望んだ本音を浴びただけだと、受け入れる。

 では、同じ立場の葵はどうなのか。

 甚八はおそるおそる葵を伺い見るが、変わらなかった。

 子供が受けるには痛ましい子供の叫びに、何を思うのかと訝しる甚八をよそに、先に反応したのは影だった。

 風を切る音が、僅かに部屋に通る。

 影の声は、甚八には聞こえない。

 しばらくして、呼吸だけ落ち着いた京護が、足元を睨んだまま答えた。

「そうだよ…………おれ、おとうさんにも怒ってるって言った」

 猫又の影のまま。二本の尾は音もなく、京護の足元に更に巻きつく。

 そして影いっぱいに、大小の目を浮かばせた。ゆらめく影のふちにも発生しているので、小さな影ながら百はありそうな数の全てが、京護を見上げている。

「おれに黙ってたこと、死んだフリしておれを助けてくれなかったこと、おとうさんはずっと、おれを餌にする為に人間のフリして一緒にいたんだろ。

 あいつらと同じじゃないか」

 京護の言葉からしばらくして、影が何かを言ったらしい。

 京護は突然、足元に巻きつく尾の1本を右手で掴んだ。

「憎いかなんてわかんないよっ」

 引っ張る尾は、指の隙間から細い目をはみ出させる。体毛のつもりだろうが、どの目も全て、京護だけを見ていた。

「寂しかったんだ…………おれはずっと寂しかった。憎いとムカツクの違いなんてあったって分かんないよ」

 見える範囲の目が全て、細まった。

 

【なにを シタイ】


 影の問う願いに、京護は一寸考えてから端的な感情をぶつけた、

「おとうさんを殴りたい」

 殴る拳で掴んでいた影の尾が、ゆるりと形を変える。

 京護の手の中で尾だけが打刀に変わり、柄の部分を握らせる。


【きる キレ なぐる オナジ きろ】

 京護は皺の寄った自身の胸元を、左手で握り込んだ。苦し気に一つ、息を吐く。

 甚八も京護も気づいてはいないが、葵の持っている立体パズルが、まるで抵抗するように一瞬だけ、強い光を放った。


【ぜんぶ キロ】


 影の声に、京護は右手に収まる柄を掴んだ。

 答えたつもりはないが、吐露せずにもいられない。

「こんな目にあっても、おとうさんだって思ってる自分を殴りたい。全部、ふざけんなって、おとうさんに食われた人たちの分まで。おれみたいに死にたくなかったのに落ちた人たちだっているに決まってる。その分まで殴れるもの全部、ぜんぶ…………」

 言えば言うほど息切れが混ざる。

 それでも、言葉は溢れて落ちていく。 


【ねがえ キレル それで オワル】


 風が一筋、強く空気を切った。

 甚八の胸は恐れで戦慄き、葵は変わらず、京護は最後に長い息を足元に落とした。

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