華出井 葵(12)と願いの井戸 93
背中を葵が押すので、そのまま席に座る。葵の席は、その隣だ。葵の椅子を引いたのは、男性スタッフ。
甚八が、更に葵の隣に着席する。エスコートはいないが、気にしてはいない。むしろ気にするのは、霧子の手前、椅子を床に引っかけないかだ。
エスコートで座る事が初めての京護は、座るタイミングが分からない。何度も背後の女性スタッフを見てしまう。
隣の葵は、背後を気にせず座った。
見よう見真似で座り、胸を撫でおろす。座るだけで緊張してしまった京護は、周りを見てしまう。
誰も気にした様子はなく、もう一度ホッとする。
やがて人の気配が増えると、ソースの強い香りが漂い出した。
「良い匂いがする」
「うん」
葵の言葉に頷くや、数人の別スタッフが入って来る。キッチンカートで運ばれてきたのは、メインの料理と白米。そして冷製スープ。
ソースのかかったハンバーグと、付け合わせの野菜はひと皿に。
冷製ポタージュスープは浅い物ではなく、深いカップ型に。
白米は平らな皿に。それぞれ、盛り付けされている。
カトラリーは銀製ナイフとフォーク、スープ用のスプーン。和食器は箸だ。スプーンも木製で統一されている。
量は京護・葵・甚八は同等だが、ミヨと霧子は3人より少なく、同じメニューながら小皿を増やして、一口で食べやすくされていた。
霧子が5人の中で最後に座る。場所はミヨの隣だ。
「おかわりは各自で頼まれて下さい」
「ふふ、今日も美味しそうね」
京護は匂いに惹かれて、ただ並ぶ料理をずっと見ている。
この時だけは、気にしていたミヨの指輪の事など頭から消えていた。
無かったはずの食欲は、あったらしい。
腹が鳴った。




