華出井 葵(12)と願いの井戸 87
京護の驚きをよそに、葵は
「この部屋暑いよ」
と言いながらTシャツを摘まんでパタパタと空気を送りながら近寄る。
到着地点は、座ったままの京護の傍で、2本だけ影の手を出している場所。
「おっさん。僕がいるの気づいて、京護の悪口言った?
買うからそのケンカ。おっさん負け確のくせにこりないね」
上から睨まれた影は、2手とも人差し指だけを立てて、葵を指した。
「どういう意味あるのそれ」
【ザマア】
「だーかーらーっ ザマァの使い方違うって。
あおられたから同じだって言いたい?
同じじゃないしぃ」
二人のやり取りをポカンと眺めていた京護は、ふと思った事を葵に尋ねる。
「葵君、盗み聞きしてた?」
「してないよ」
影と会話していたとは思えない速さで、葵が否定する。
京護は、心の中だけで頷いた。
「してたんだ」
京護の声に非難はない。ただ、事実を伝えている。少し驚いているぐらいで、声色も高い。
葵はケンカ腰だった姿勢を正し、両手を後ろに回した。
視線は、横を向いて。
「聞こえただけだもん」
京護は、今度は首の角度を変えて、葵の顔を下から見ようとする。
「いつから?」
声は、少し硬くなった。
緊張しているのが葵にも伝わり、視線をチラッと合わせる。
真っすぐに見上げてくる京護の眉は、下がっていた。いつも下がり気味だが、今は緊張も見える。
葵は、また視線をそらせてから、次に見下ろしたのは影だった。
「……おっさんが本当に強かったら、僕に負けてないのになあ。
ね?」
つまり影が、【【ワシの方が、アレより強い】】と言った後になる。
指輪から受けた死の呪いは後付け。京護は影によって、死んでも生き返る作用の方が強い。
死にたくないと、改めて思った。
そして影から返すと渡されたパズルは、京護の手の中にある。
恐る恐る、持っている立体パズルを眺めた。
パズルに変化はないが、京護にとっては、それだけの問題では無かった。
「バレた」
俯いたまま、空いている手で頭を抱える。
「なにが」
「葵君から預かったこれ、お父さんに取られたこと」
聞かれるまま素直に答えると、上から呑気な声が響いた。
「なあんだ。そんなの、気にしてないよ」
真意に聞こえる声に導かれて、上げた視線の先では、葵の目が猫の目になっていた。
思わず、京護は生唾を飲み込む。
「それに」
葵は京護の横でしゃがみ込み、視線を横にする。
少年の目は、無邪気な楽観で溢れていた。
「ひいおばあ様の秘密、知ったんだ。
京護なら分かるって思ってた」
「は」
理解が一寸遅れ、吐息のような声が漏れる。
「えの、おれ、死にかけたっていうか、死んでたんだけど」
「死んでないよね」
「結果としてだけど」
「僕も言っちゃったから、僕と京護は一緒だね」
更なる無邪気な葵のセリフに、ビタリという音が出そうなほど、京護の思考が止まった。




