華出井 葵(12)と願いの井戸 79
「時代劇を見るの、初めてだ」
なんとはなしに言った言葉に、甚八は興味深げに京護を見る。
「へぇ、そうなんだ」
「あら」
ミヨは、目尻の皺を増やした。
「なんで二人共、嬉しそうなの?」
「大したことじゃないよ。
大抵、知ってる人間は、知らない人の感想が気になるんだ」
「そうねぇ。
アオちゃんの感想も、面白かったわ。
でも無理に、何かを言わなきゃって、思わなくても良いのよ」
見守られるとは違う視線を気にしつつ、ミヨが再生ボタンを押して、ドラマは始まった。
しばらくは、話や人物を追う事に集中する。
時代劇の見方が分からないなりに、話は分かりやすいと感じた。難しく考えなくて良いなら、見やすいものだとも思った。
誰かがピンチになり、誰かが助けようとする。そのやり取りで、ミヨの笑い声が聞こえた。
京護はなんとなく、その声に惹かれるように、ミヨの様子を伺ってみる。
京護の感想が気になると言っていた二人は、スクリーンに映されたドラマを見ている。
ドラマを見たりミヨを見たりと、京護は段々と集中力が無くなっていく。
面白くないからではない。5年前を最後に、見られなくなったテレビや動画の時間以上の物を、見るほどの集中力が無いのだ。
その欠いた意識で、どうしてミヨに井戸の事を教えてはいけないのかを、考える。
ミヨ自身に、不審な点は無い。
今も、好きな俳優が出ている為、楽し気にスクリーンを見ている。
先々代当主が、妻であるミヨに知られたくない理由が分からないので、視点を変える事にした。
亡くなった人の気持ちなど、会ったことのない京護には分からない。
この時点で京護は、ドラマを追うのを止めている。
外商が待っていた客室ホールに入る前。
甚八が霧子に質問した内容は、京護も思っていたものだった。
ー僕らが秘密を言ったら、どうなりますか。もしくは、ソレが暴れたら。トリガーを持っているのでしょう、ご隠居様は。
その時の霧子はミヨへの賛辞の後、答えた。
ー葵様がお帰りになるまで、連様が五体満足で生きておられるのであれば、わたくしとしては差支えございません
影はその時から、ミヨの存在と、霧子の警告を気にしている。
甚八にはマメに煽りにいく影が、ミヨに仕掛けていかない。葵にすら攻撃をした影が、だ。
京護はふと、パーカーの前ポケットにある、葵からの預かりものを思い出した。
影の動きを抑制する、立体パズルを模した物。
葵は言った。
井戸の先にだけ存在する宝物は、地上に存在するものと合わさらないと、この世界では願いのコントロールが出来ないと。
影は京護に言った。
ミヨのどこからか、葵が作った、立体パズルと同じ匂いがすると。
なら、体の内側か外側のどちらかに、ミヨは宝物を持っている事じゃないのか。
どこだ、どこだ、身に着けているのは洋服と…アクセサリーはどうだろう…車椅子は関係していたのかな。
京護は、考えるのを止められない。
チラチラと見るスクリーンでは、いつの間にか敵側と主人公たち側で、小競り合いが始まっていた。
しまった、途中の話が分からない。
どうして、どちらも刀を抜いているのだろう。
でも、ミヨの身に着けている物が気になってしょうがない。
交互に視界を変えるうち、ドラマの為に明かりを消した暗がりで、光る輪が見えた。
両手を口元に当てて、展開のどこかに驚きを見せている。
だから見えた、今まで気にも留めなかった、それ。
京護が、ミヨの左薬指にある物を認識したと同時に、ポケットに入れてある立体パズルも淡く光った。
気がしただけで、確認はしていない。
京護は、ただ、そう思っただけだ。
指輪だ。
声にはしていない。
ただ、口パクでは言った。
その瞬間、視界が天地逆転した。
逆さまになったスクリーンでは、主人公らしき男が、誰かを横一文字に切りつけていた。
お約束にある、大立ち回りのワンシーン。
次に聞こえたのは、影の賞賛。
京護以外には風を切る音に聞こえる、影の言語。
ドラマからの音で、二人は気づいていない。
【【息子。でかした】】
京護の足元で目いっぱい、目を細めて影が笑う。
天地が逆転した視界の隅。影が、確信を持って京護に笑った。
【【息子。お前は死ぬ】】




