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華出井 葵(12)と願いの井戸 75

「奥様、失礼いたします」

「はい。よろしくね」

「かしこまりました」

 霧子は客室ホールから、ミヨの車椅子を押して移動する。

 二人は素直に後ろを歩く。1人、京護だけ顔がまだ赤い。

 ホールからキッチンに向かう途中に、目的地はあったので移動はすぐだった。

 場所はさほど離れていない、リビングルーム。

 ホールやプレイルームほどではないが、こちらも広い。

 2脚ある長ソファのうち一脚は、大型テレビの前に。

 もう1脚は、真っ白な壁に向けられている。よく見ればそれは壁ではなく、スクリーンだった。最近も使用していた為、プロジェクターやAV機器が傍に設置されている。

 ソファの両端にはライトとローテーブル。片方にだけ書籍と、老眼鏡が置かれていた。

 長ソファの傍には必ず、1人用ソファがオットマン付で数脚。

 壁にはキャビネットと共に、絵や写真がカテゴリーごとに分けられて飾られており、生花もある。

 カーテンや壁紙は、植物がメインの柄と色合い。

 全ての調度品が華美な物で整えられた、西洋式の間取りだった。

「……映画で出るような部屋ですね」

 思わず甚八が感想を漏らす。映画みたいなが分からない京護は、口の端をひくつかせた。

「おれには、この家の全部がそうだよ」

 とりわけここは、金持ちの代名詞のようだとは思った。外商で既に、京護の頭はパニックではある。

 ミヨは、京護のリアクションが気になるのだろう。京護だけを見て、機嫌の良い笑みを浮かべている。

 霧子は、そんなミヨを見て満足げな顔をしてから、甚八を見上げた。

「さて、ご夕食ですが。円花医師は同席なされますか」

 甚八はニッコリと擬音がつく笑顔で返す。

「葵様から入れ替わりで帰る許可を頂いてますので、お申し出はありがたいのですが」

 逃げるように帰る気でいた甚八を遮ったのは、京護を見ていたミヨだった。

「あら、帰ってしまわれるの?

 霧子さんのご飯、とても美味しいのよ」

 議論の前に鶴の一声が鳴った。屋敷の主の声は、決定を意味する。

「……と、思いましたがご隠居様のお言葉に甘えて、夕食まではお世話になります」

 切り替え早いなあ、と大人の事情に感心する京護は、既に同席するのが絶対の空気だ。

「良かったわね霧子さん。

 わたくしだけが霧子さんの味を楽しむの、ずっと勿体ないと思っていたの」

 ミヨが、両手をポンと合わせて喜んだ。

「アオちゃんだけじゃなく、キョウちゃんまで増えて、今夜は先生までいらっしゃるわ」

 口調は変わらずゆったりでも、その喜びを伝えようと、表情をくるくる変えて話し出す。 

「ああ、でも、その分霧子さんのお仕事を増やしちゃうのよね。

 わたくしったら、いつまでも配慮ができなくって。

 恥ずかしいわ」

 よほど嬉しかったのか、頬が血色ばんでいる。

 最後は困ってしまい、霧子に助け舟を求めた。

 霧子の為すべきことはきまっている。

「いいえ、いいえ奥様。

 奥様の賛辞とお気遣いは、常にわたくしの胸に届いております」

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