第25話「名乗りの刻(とき)、そして始まり」
森を抜けた、その先。
小高い丘の上に、黒髪の少年が一人、腰を下ろしていた。
金の瞳が静かに瞬き、夜明け前の空を見つめている。
「……変わらないな、ここからの景色は」
共存フェスから、ほんのわずかな時が流れた朝。
誰にも気づかれぬよう、彼は、再びこの地に戻ってきていた。
くーたの威嚇。ピナの勘。リュカの視線。
すべては、想定内。
ただ――彼の本心は、誰にも読めない。
「さて。もう少しだけ“この世界”を見てみようか。
父が守ろうとした“境界”は、今も生きているのか……」
◆
その頃、コンビニ裏で木材を運んでいたリュカが、ふと立ち止まった。
空気の“波”のような揺れが、胸元に広がる。
「また……来たか」
手を止めたリュカの横で、くーたが低く唸る。
毛を逆立て、尾を高く掲げるその姿は、もはや“警戒”というより“拒絶”に近い。
「……あっちの方……?」
ピナも鼻をひくひく動かして、首をかしげる。
「リュカぁ、なんか……草の匂いじゃない“何か”が、したのですー」
リュカは静かに頷いた。
「たぶん、同じやつだ」
◆
そして、ついに――。
ゼルは、コンビニの前にふたたび姿を現した。
今度は、はっきりと“正面から”。
くーたが吠え、ピナが「ああああ!」と後ずさる。
「また来たのですー! 前の金目の子なのですー!」
「ふたりとも、下がれ」
リュカが前へ出る。
「……名を聞く前に訊く。お前は何者だ?」
ゼルは、ゆっくりと首を傾けた。
「名乗る理由があるなら、名乗るよ。
僕の名前は――ゼル」
その響きに、くーたがさらに激しく吠えた。
ゼルは、くーたを一瞥して言う。
「……やっぱり嫌われるな、僕。
動物って、どうしても僕の“血”に反応する」
リュカの眉がぴくりと動いた。
「“血”……って、まさか」
ゼルは、穏やかに――だが、あまりに静かに言った。
「僕は、魔王の息子だよ。
……そして、君たちがここにいる理由を、見に来た」
リュカが無意識に一歩踏み出す。
ピナは口をぱくぱくさせて言葉が出ない。
「ま、ままま、ままま……!」
「魔王の子……って、なにそれ怖すぎるのですー!!」
しかし、ゼルの表情に敵意はなかった。
「安心して。今は戦いに来たわけじゃない。
ただ、見たかったんだ。――この“共存”ってやつが、どんな顔をしてるのか」
「……共存、に興味が?」
リュカが問うと、ゼルは一度目を伏せ、そして静かに笑った。
「興味なら……昔からずっとあった。
父は“孤独”の中で生きていた。僕はそれを、ずっと見ていたから」
一瞬、風が吹く。
ゼルの黒髪が揺れ、金の瞳が月光を跳ね返す。
「それに――君たちと話してみたくなったんだ。
できれば、“友達”ってやつになってみたい」
その言葉に、リュカは一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐに、眉間に皺を寄せる。
「……いきなりは無理だ。信じるには、理由が必要だ」
「もちろん。だから――これから、少しずつね」
ゼルはそれだけ言って、くるりと背を向けた。
「また来るよ。今度は、もう少し“素直に”ね」
そう言って、彼は森の奥へと消えていった。
◆
リュカはその背を見送りながら、胸の中で何かがざわめくのを感じていた。
くーたはまだ警戒を解いていない。
ピナは、少しだけ涙目だった。
「リュカ……あの子、やばいやつなのですー……でも、なんか……ちょっと寂しそう、だったのです」
リュカは静かに頷く。
「……たしかに。敵なのか、味方なのか。
それを決めるのは、これからだ」
こうして、“魔王の息子”ゼルが現れたことで――
コンビニと、村と、世界と。
すべてが、静かに“変化”を始めていく。
物語は、新たな段階へ――。
◇ 第一章 締めくくりの挨拶 ◇
ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
異世界にぽつんと存在する、ちょっと不思議なコンビニを舞台にしたこの物語も、無事に第1章の終わりを迎えることができました。
はじまりは突然でした。
ある日、気づけば異世界に転移していた店長・要。
リスのような店員・ピナと、無口な魔力感知者・リュカ。
森にぽつんと建つこのコンビニに、少しずつ人が集まり始め、やがて“共存フェス”という大きな節目を迎え――
そして、魔王の息子・ゼルの登場が、新たな波紋を呼び始めます。
一章では、「共に暮らすって、どういうことだろう?」という小さな問いを通して、
要たちの日常や心の変化、そしてそれを見つめる周囲の人々とのつながりを描いてきました。
ほのぼのとした空気のなかに、
少しの不安と、ほんの少しの希望。
小さなコンビニが、“居場所”になっていく様子を、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
そしてここから物語は、第2章へと進みます。
新たな登場人物、見えてくる過去、深まっていく絆――
果たして、“魔王の息子”は敵なのか、味方なのか。
そして要たちは、“この異世界”で何を選び、どう生きていくのか。
どうぞ、引き続き見守ってください。
それではまた、次の章でお会いしましょう。
ありがとうございました。
――作者より




