表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爛漫に降れ秋の雨  作者: ニワトリ
5/10

王子様

 気合を入れてしまった。買ったけど今まで恥ずかしくて着れなかったオフショルダーのトップス、ハイウエストで膝丈のフレアスカート。ちゃんと歩きやすいようにかかとが高すぎないパンプス。男からの目除けに念のためサマーニットのストールを肩に掛けてきた。お腹も空かせてきた。楽しみすぎてあまり眠れなかったけれど、そのせいでむしろ頭は冴えている。おかげで約束の時間より三十分も早く着いてしまった。


 今日の天気は快晴。夏にはまだ早いのに、気候が早とちりして夏に飛び込んだみたいな蒸し暑さだった。汗ばむのは嫌だけど、出かけるにはいい天気だ。


 まだ早すぎるから到着したことは伏せて、具体的な待ち合わせ場所をどうするかをスマホから白亜に連絡する。しばらく画面を眺めていたが既読は付かない。定期券内の駅なのでとりあえず一番大通りに近そうな改札から出て、周りに何があるのかざっくり確認する。連絡が来るまですることがないので、往来の邪魔にならなそうな場所に当たりをつけて移動する。人が二人ほど並べそうな面積幅の柱を背にして、スマホを本の裏表紙に重ねながら読書して待った。


 数分すると返信があった。東口の改札を出たところ、という短いメッセージだ。案内板を確認すると、私が出たところがちょうど東口だった。スタンプを送ってから、また本を読む。


 その後また更に五分ほどすると、隣に誰かが立ったのが視界の端に見えた。白亜かもと思って嬉々として足元に目をやったが、明らかに男の足だった。反射的に眉間が寄る。何故大して混んでいないのにわざわざ隣に立つ。彼も待ち合わせかもしれないけど、あいにく男は近くに立ってほしくない。そう思って柱の別の面にそっと移動した。


ついてきた。


(うわ、やだ)


「こんにちはぁ」


 そいつは様子を伺うような口調でそう声をかけてきて、身を屈んで私の視界に入ろうとしてくる。大学生くらいだろうか。人がよさそうに笑ってるけど、だからっていい人とは限らない。


「急にすみません、お姉さん好みのタイプだなーって思って見てたんですよ」


「……」


「友達待ってるの? ちょうど昼時だし、よかったら一緒にご飯とか行かない? 友達の分も奢るからさ」


 どうして、見ず知らずの男とご飯なんて行かなきゃならないのよ。


 そう思いながらも声を出すことができない。どう言ったら諦めてくれる。無視しすぎて怒らせたらどうしよう。そんなことが頭をぐるぐる回る。本を持ってる手が震えて、誰か気付いて、と行き交う人に必死に念じていた。


「お姉さん? 聞こえてない?」


少し困ったように笑う男に、聞きたくない、と頭で答える。早くどこかに行ってほしい。値踏みするような目が嫌で、ずっと下を向いていた。




「どうかしました?」




 明らかに私たちに向けられた声に、はっと顔を上げる。見るとそこには白亜がいて、怪訝そうな目で私たちを見ていた。白亜はターコイズブルーのシンプルなワンピースに白いシフォン生地のロングカーディガンを重ねて、すごく女の子らしい格好だった。すごくすごく可愛いのに、今は私の危機を救ってくれる王子様に見える。


「友達?」


「そうですけど」


「二人ともめっちゃ可愛いね。言われない? いやさ、すっごい綺麗だから一緒にご飯でも食べたいなーって声かけてたんだ。俺もこの後友達と合流すんだけど、そしたら男女二組にになるからさ、四人で行かない? 君らの分は俺奢るからさ」


「ごめんなさい。今日は二人で遊ぶ約束なんです。さようなら」


 淡白な口調で矢継ぎ早に言うと、さも返事を聞く気は無いと言いたげに白亜は私の手を取って足早に歩き出した。私は、王子様に連れ去られるお姫様ってこんな感じなのかしらなんて少女漫画みたいなことを考えてときめきながら、風になびく白亜の髪に目を奪われていた。やっぱりこの子が好きと堪らなくなって、胸がきゅうとなる。涙まで出そうになったけれど、それはなんとか飲み込んだ。


「白亜って意外とはっきり断るのね」


 頬はまだ熱い。バクバクとうるさい心臓に抱えてる本を押し付けながら言うと、白亜はいつものように朗らかになって「そう?」と笑う。駅を出たところで繋いだ手を離したので、私は本を鞄に戻した。念のため後ろを振り返ったけれど、男は後を追ってきていなくてホッとした。


「美緒ってもしかして、男の人苦手?」


「うん、ダメ」


「やっぱり。怯えたウサギみたいな顔してたもの」


「え、そんな顔してた?」


 思わず頬に触れた。そんな風に見えていたなんて。男に絡まれた緊張が解けてきて安心したけど、別の緊張で目がちかちかする。学校で毎日のように会っているのに、どうしてこんなに鼓動が早くなってしまうのだろう。どうして白亜はこんなに可愛いのに、王子様みたいに紳士的なんだろう。どうして何もかも魅力的なんだろう。

 白亜は私から数歩離れて、私の顔から足元まで視線を追った。


「美緒って美人で背が高くてモデルみたいだものね。その服素敵」


「あ、ありがとう」


 初めて白亜に容姿を褒められた。妬みも嫌味もなく、純粋に褒められた。容姿を褒められてこんなに嬉しかったことなんて今まで一度もない。このまま幸せで死んでしまいそうで目が回る。でも、私も言わなければ。


「白亜も可愛いわ」


 そのたった一言に、頭が逆上せてしまいそうだった。友達に可愛いっていうのは変じゃないわよねと自問しながら、この顔がまだひどく熱いのは男の人に声をかけられた緊張とこの暑さのせいだと言い聞かせた。


 白亜は少し照れ臭そうに笑って、ありがとうと言った。世界一可愛くて、私は一瞬、本当に白亜以外の全部が見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ