ままごと人形(3)
『冒険者』のマリー姫は無事モリッツさんの手に渡り、ヴェルニエとシェーヌの間にあるサニョル領へと旅立っていった。
取り寄せの材料と作業の時間を考えて代金は5グロッシェンを頂戴したけれど、今の時期ならともかく、年末なんかは領主様のお仕事で忙しいから内職が出来るほど時間がとれないだろうなあ……。
「ジネットさん、できました!」
「はーい。……うん、いいよー。さっきより上手になってる。ほら、比べてみて」
「はいっ!」
最初から人形を作ろうとするのは無謀なので、アリアネには店番の傍ら、針仕事の基本がいっぱい詰まった巾着袋の作り方から教えている。
慣れると簡単に思える巾着袋だけど、端切れを綴って一枚布にするのだって、初めてなら難しすぎる。強度もそれなりに必要だし、針も慣れないうちは思うようには動いてくれず、縫い目がちぐはぐになるのはまだいい方、そこから更に袋にしていくわけで……。
「じゃあ次は、この端切れを同じように縫い合わせてみようか」
「はい」
「四角くないけど、こことここの切れ目は似ているから、少しだけはさみで切って合わせるの。……大丈夫そう?」
今頃は『魔晶石のかけら』亭でも、ユーリエさんが同じように女の子達を集めて針仕事の手ほどきをしているはずだ。そちらには、時間を決めてギルドのウルスラちゃんがお手伝いに行っている。
うちの店先でも狭すぎる……ってことはないんだけど、あっちは大きな食堂兼酒場があるからねー。
「えっと……こうですか?」
「そうそう。後はさっきと同じように、1針ごとに半分戻して重ね縫いしていけばいいわ」
シャルパンティエの商工組合で話し合った結果、針仕事をはじめる歳になった女の子には、ひと揃いの道具が入った小さな裁縫箱が贈られることになった。
厳選された高価な品……ってわけじゃないけど、裁ちばさみはラルスホルトくんが引き受けてくれたし、色糸もヴェルニエに頼んで取り寄せた王都の産だ。
「そう言えばさ、アリアネ」
「はい?」
「フランツはどんな感じだった?」
「なんか張り切ってますよー。昨日も大騒ぎしてましたけど……」
男の子達の方は、ユリウスが何とかしてくれた。
どっちも予定よりちょっとだけ大がかりになっちゃったけど……まあ、子供達が喜んでるからいいんだろう。
▽▽▽
「……では、儀式を始める」
次の日のお昼過ぎ。
領主の館予定地の真ん中で、ユリウスとフランツが向かい合っていた。
今日の主役はフランツで、観客は子供達とアレット、ラルスホルトくん、アロイジウスさま夫妻、院長さまやシスター・アリーセに加え、休憩日の冒険者ら『暇な』大人達が数人。あと、馬小屋からメテオール号が首をのぞかせていて、フリーデンがその足元、キルシュが屋根の上にいる。
フランツや子供達は流石に緊張しているけれど、大人や使い魔達は……まあ野次馬というか興味本位というか、そんな感じだ。
「ジネット」
「はい、こちらに」
ちなみにわたしはユリウスの助手で、白布のかかった木のお盆を捧げ持たされていた。
「『シャルパンティエの』フランツよ」
「は、はいっ!」
明らかに上擦った声のフランツに、大人達は声を立てずに笑い目を見交わした。
儀式なんて大仰に名前が付いてるけれど、半分は子供達をわざと緊張させるためだからねー。
これも大人への入り口の一つなんだよ。
「よくぞ3つの試練を乗り越えた。
その証をここに授ける」
試練はもちろん大人達の考えたものだけど、これがなかなかに大変だった。
大人への前準備ながら簡単すぎても無理をさせ過ぎてもいけなくて、その年頃の子供には『ちょっと大変』ぐらいの、そんな試練だ。
第一の試練は、『狩人』だった。
狩りに行くアロイジウスさまについて行って、きちんと言うことを聞いて獲物の前で静かに出来たかどうか、途中で泣き言を言わず最後まで歩き通したかを試された。
もちろん、アロイジウスさまは領主のユリウスが一目も二目も置いているだけでなく、普段は乱暴な言葉遣いの冒険者達が礼儀正しくなるぐらい『すごい人』だということは子供達も何となくわかっていて、フランツも大人しかったそうだ。
第二の試練は、『家の精霊』。
五日間、孤児院の建物から一歩も出ずに過ごすこと……って案外これは、大人の方がつらい試練かもね。
もちろん、逃げ出したり、単に遊んで過ごすようなら再びの試練が待っている予定だった。
お掃除とか小さい子の面倒を見るとか他の誰かと仕事を交代するとか、自分から動いて暇を潰していたらしいので、とりあえず合格している。いつも廊下や食堂をうろうろしていたから、ちょっとどころでなく邪魔だったとアリアネは愚痴をこぼしていたけれど、それぐらいなら許容範囲かな。
第三の試練には、『運命の女神』が用意された。
夜の『魔晶石のかけら』亭に呼び出されたフランツは、その場にいた冒険者全員と順番に賭事をさせられたんだけど……これがまあ、びっくりするほど弱かった。本当にお金を賭けていたら、身ぐるみ剥がされるどころじゃなかっただろう。
行われた賭事は、伏せられた山札からカードをめくってどちらの数字が上か勝負するっていう、駆け引きも何もなく運試しにしかならないお遊びで、普通はどうやっても勝ちすぎたり負けすぎたりしないはずなんだけどね……。
あまりの結果に顔を見合わせた立会人のユリウスと冒険者達は、『よくぞ大人達に混じり、気後れすることなく賭場に立ち続けた』『度胸だけは大したものだ』なんて取り繕って褒めていたけど、いやまあ、可哀想だったわ……。
大人達が作る雰囲気に飲まれることが半人前への第一歩だ、って意味ではこれ以上ないほどで、何とか目的は果たせた……かな?
協力してくれた冒険者達には一杯奢るってことで話はついていたんだけど、なんとなく雰囲気が暗くなっちゃったんで、フランツが帰された後、ユリウスが追加でもう一杯づつ奢ってたよ。
「受け取れ、『黒き狼の仔』フランツよ」
「はい!」
ユリウスはわたしの持っていた木のお盆の白布をめくり、中身を取り上げた。
フランツに授けられた証は、バックルに狼の横顔が彫られた皮のベルトに、そして『黒き狼の仔』というシャルパンティエだけで通じる二つ名だった。
この二つ名は一人立ちするまでの仮の名前で、色と動物の組み合わせるように言われたフランツが自分で考えている。憧れの『洞窟狼』にあやかって、ってところかな。
皮ベルトのバックルはラルスホルトくんの作で、院長様ら大人達の間で話し合われた結果、狼の裏側に『思慮深くあれ』と古い言葉で警句が彫られていた。
フランツは考えるより先に動く子だ。それはいい面でもあるけれど、着替えるたびに今日の注意を思い出して、少しは考えて行動するようになって欲しい……って願いが込められている。
ベルトじゃなくてナイフを贈ろうって話もあったけれど、刃物を持たせても目端まで注意を行き届かせる余裕がなくて諦めていた。
女の子に針仕事と人形の作り方を教えることが先に決まっていたから、男の人たちがわたしたち女性陣の分も仕事を引き受けてくれたせいでもある。
本業の片手間にアリアネの相手が出来るうちはともかく、ユーリエさんが仕事を減らせばカールさんに負担が行くし、ウルスラも許可を得ているけれどギルドのお仕事を抜けてくるわけで、これは仕方ない。
「狼は、よく一匹狼などと孤高の象徴のように言われるが、本来、群をとても大切にする動物でな。お前もその二つ名に恥じぬよう、群――弟妹たちをよく守ってやるように」
「はいっ!」
子供達を狼の群にたとえれば、フランツは群のボスだ。
それに、彼が彼なりのやり方で小さな子たちを大事にしているのは、わたしたちもよく知っている。
誇らしげにベルトを身につけたフランツに拍手が送られ、儀式は終わった。
でも、これでままごと人形にはじまった騒動も一段落かな。
出来たばかりのシャルパンティエ、その新しい伝統のはじまりだ。
▽▽▽
「あ、モリッツさん、お帰りなさい」
「やあ、どうも」
さらに数日、『荒野の石ころ』さんが再びシャルパンティエに戻ってきた。
見知った顔が戻ってくると、何となく嬉しいし商売にも張り合いが出るよね。
「お人形、どうでした?」
「ああ、あれなあ……」
わたしはままごと人形を贈られた姪っ子さんの様子が聞きたかったんだけど、モリッツさんは何故か遠い目をして大きなため息をついた。
「ヘルルーガは……って、ああ、姪はすごく喜んでくれたんだよ。そりゃもう、俺が見てる間はずっと人形で遊んでるぐらいで友達にも自慢してたし、一等のお気に入りになったのは間違いない。土産に持って帰った俺も鼻高々だったよ。
ところが、姉貴と旦那にゃこれがえらい不評でね……」
「……えーっと?」
「ヘルルーガが人形抱いてベッドに入った後、ちょっとツラ貸せって凄まれてさ、『お前はうちの娘を冒険者にする気なのか!』ってものすごく怒られたんだ」
「……」
うん、そりゃあ……仕方ないよね。
冒険者の人形を贈ったモリッツさんの気持ちも、娘に危険なことをさせたくないご両親の気持ちも、それぞれに理解できるわけで……。
モリッツさんがもう一度ついたため息に、わたしのそれが重なった。
ところが……。
「ジネットさん、俺にもあの人形、作って貰えないか?
シェーヌに住んでる従兄弟に、娘が生まれたらしいんだ!」
「俺っちにも頼むわ!」
モリッツさんが怒られたという話が広まってもなお、冒険者風ままごと人形の注文がちょくちょく入ってくるあたり、やっぱり冒険者は冒険者だなあと、わたしは小さく笑みを浮かべることになった。