30そんな!
その日も店をしまい後片付けをしていた。メイアは店の中で洗い物をし私は表を掃除していた。
するといきなり馬車が止まり御車台から破落戸らしい人相の悪い男がこちらに向かって来た。
内心、嫌な客だと思いながらも私はその男に声をかけた。
「お客様、申し訳ありませんが今日はもう終わりなんです」
「ああ、知ってる。俺は店に用があって来たんじゃねぇんだ。実はあんたに用があってな」
ガラの悪そうな髭ずらの男がニタニタしながら近づいて来る。
思わず尻込みするが、これでも元貴族の端くれと背筋をしゃんと伸ばして顎を引く。
「どんな御用でしょうか?」
「おい、お前らこの女を馬車に連れて行け!」
男がそう声をかけると馬車の中から2人の男が走り出て来た。
私はあっという間に2人の男に両腕を拘束され身動きが出来なくなった。声を出そうにも口に布切れを突っ込まれ担がれるように馬車に連れ込まれると馬車は一目散に走りだした。
「うぐぅ、うぐぅ、うぅぅぅぅ‥」
「静かにしろ、何も殺す気はねぇんだ。あんたに用があるって言う人がいてな。いいから大人しくしてろ!」
身を振りほどこうともがいたが男に手を後ろに縛られた。それでも何とか反撃を脚で男の急所を蹴り上げた。
「グハッ!こ、こいつぅ!!」
1人の男が悶絶するが、もう1人の男に抑え込まれ脚首を縛られ目隠しもされた。
もう、どうする事も出来ないまま馬車は突き進んだ。
時間の流れもわからないまま、ふと、今日はテオドール国王代理が来ると言っていた事を思い出した。
私がいなくなった事はすぐに彼に伝わるはずだ。彼はリンズベル侯爵や騎士たちを総動員して私を探してくれるに違いない、
だからきっと大丈夫。心の中で何度も何度も沸き上がる恐怖を宥める。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
馬車が止まり降りるように言われた。
脚の拘束を解かれるが両腕を男が抱えるようにしているので逃げる事もできない。目隠しをされたままひきずられるようにして連れて行かれた。
やっと目隠しを外されると眩い光に目がくらんだ。
「あなたふざけるんじゃないわよ!一体何様のつもり?あなたはあのエロじじいのものになったって思っていたのに!逃げるなんて‥おまけにテオに取り入ちゃって。ずいぶんふざけた事をしてくれるじゃない!」
ぼやけていた視界がだんだんはっきりして来ると目の前にいるのが誰かわかった。
カトレーヌ王女殿下だ。彼女がどうしてこんな所に?ここはまだキルナート国内のはずでしょう?彼女はデヴェーラ国に帰ったはずでおまけにダリルと暮らしているんじゃないの?
脳内が混乱する。何か言おうにも口を塞がれているので「うぐうぐうぐぅぅ」としか言えない。
「ふふ、言いざまね。テオもテオよ。こんな女のどこが!!私には見向きもしなかったくせに、まあ、それならそれでいい事を思いついたのよ。さあ、やって!」
カトレーヌ王女殿下は、忌々しいと私を睨みつけそしてやけに自信たっぷりに目くばせをした。
カトレーヌ王女殿下が目配せをした所には男がフードをマントを纏っていた。顔はほとんど分か額から黒い髪がのぞいてその隙間から金色の目が見えた。その目がやけに鋭い。
「ほんとにいいのか?」
男が口を開いた。
「いいわ。デヴェーラ国に未練はないもの。こうなったらテオが気にいっているジュリアーナと入れ替わるわ」
「でも、あんた、あいつとは離縁したんだろう?入れ替わったって本質は変わらねぇんだ。直ぐに嫌われるのがおちだぞ」
「ゾル、そんなのどうにでもなるわ。テオはジュリアーナが好きなの。だから頼って甘えればどんな願いも言いてくれるはずよ。それにジュリアーナになれば当然そういう関係にもなれる。私、テオって意外と好みだったのよ。それなのに相手にしてくれなくて‥ああ~、テオに抱かれると思うとすごく楽しみ」
「あんたそっちのことばっかだな。まあ、俺は金さえ出してくれればそんな事どうでもいいけど。でも、元に戻るにはまた入れ替わったあんたの身体がないと無理だからな。それ分かってるんだろうな?」
「もちろんわかってるわ。お父様もダリルと別れるなら修道院に送るって言ったしカトレーヌのままじゃデヴェーラでもキルナートでももうやっていけないのよ。それにジュリアーナはリンズベル侯爵の血を引いてるんだものリンズベルと言えばキルナートでも屈指の家柄。いざとなればそれなりに贅沢も出来るはずよ。だからいいの。さあ、早く!!」
「ったく、しょうがねぇ王女だよなあんた。女をそこの椅子に縛ったらお前らそこから離れろ」
えっ?ちょっと待って。今の話じゃ、私とカトレーヌを入れ替えようって事?そんなの。私はどうなるのよ?ジュリアーナがカトレーヌに、カトレーヌがジュリアーナにって?
そんなの勝手すぎる。やめて、やめて、やめてったら!!
「ぐぐぅ、ぐっ、ん”ん”ん”!!」
縛られて身動きできないまま藻掻き続ける。
目の前にカトレーヌが立つと私の両肩に手を置いた。
「準備はいいか?」
男が尋ねた。
「ええ、いつでもいいわ」
カトレーヌが答えた。
「ん”!うぐぐぐぐぅぅぅ~」
私は2人を交互に見て目を見開く。いや!止めて!何する気?そんな。バカな。うそ、うそ、うそぉぉぉぉぉぉぉ~!!!
首を千切れるほど振る。
ゾルとか言った男が何やら詠唱を始めると手のひらから眩い光がぐわ~んと沸き起こりその光が私とカトレーヌを包み込んだ。
まるで鏡に反射された光のような閃光に射抜かれたような気がした。
「‥‥‥っ!!?」
眩い光の残像のせいか頭がくらくらして床に座り込んだ。
次第に周りの景色ははっきりして来て顔を上げた。
「えっ?うそ!」
「ちょっと、早く解きなさいよ。ったく、使えないわね。いいから早く鏡を取ってよ!」
すぐそこに椅子に座った私がいた。ええ、確かにさっきまで私はその椅子に座って手を縛られていた。はずだった。
「ちょ!うそ。じゃ、私は?私は‥」
急いで着ているものを見る。カトレーヌが着ていた真っ赤なドレスが見えた。
「ひっ!やだやだ。うそよ‥」
手のひらで顔を触るがそれでわかるはずもなく。
ゾルと言われた男がジュリアーナ(カトレーヌ)を見て満足げな顔をした。
ジュリアーナ(カトレーヌ)がもごもご言って慌ててゾルが彼女の口の詰め物を取った。
「ふふ、これでジュリアーナと入れ替われたわ。ゾル、後はこの女をデヴェーラ国まで送り届けて、必ず王宮の前まで送り届けなさいよ。後はお父様がジュリアーナとは思わずに修道院に入れてくれるはずだから。ジュリアーナ、修道院だって悪いところじゃないわ。住むところも食べ物もあるんだし。私って優しいでしょう?」
「あんた人がわりぃな。俺は、デヴェーラ国には戻らない。まあ、手下がちゃんと女は送り届けるから心配すんなって、おい、お前らわかってるだろうな。絶対に逃げられるんじゃねぇぞ!」
「「はい、頭!」」
「いや!放して。触らないでよ!いやぁぁぁ~」
「あんたもとんだ女に目を付けられたな、まあ、諦めて大人しくしてろよ。そうすりゃ命まではなくすことはないんだから」
「そんな、ひどい!」
私はまた男に手を縛られ口の中に布切れを突っ込まれた。
私は一生カトレーヌの姿のまま?このまま死ぬまで‥
ああ、神様。もうどうすればいいんです?




