第42話 「飢餓 凪翔《きが なぎと》」
一つ蛇頭は死に際に、ゴルゴーンの死を告げた。
そして、退却することを提案する。
だが、直後、天井から現れた奇妙な声の主に鈴空達の動きは止まる。
「俺の食事から………、離れろー!」
怒声を発し、土埃の中から勢い良く何者かが飛び出してきた。
「離れろー!」
反応ができたのは、怒楽だけだった。彼は叫びながら、僕達を後方へ突き飛ばした。
「グ、グハァ………」
「強化された俺の身体を………!」
僕は、突き飛ばされた衝撃から回復し、目を開く。すると目の前には、腹に大穴を開けられた怒楽の姿があった。彼は僕達を庇って、その身で攻撃を防御してくれていた。
「怒楽ー!」
メデューの悲痛な叫びが木霊する。一つ蛇頭に続き、二つ蛇頭まで瞬殺された。ヤツは一体何者なんだ。
僕は、急いで態勢を立て直す。この場をやり過ごす手立ては………。
そんなものない!あの突進の速さと、強化された肉体を持つ怒楽を一撃で屠った攻撃力。もはや僕達に逃げ道は存在しない。出られない檻の中に閉じ込められ、猛獣を放たれた、そんな絶望的な気分だ。
「あんた、何者よッ!なんで私達を狙うのよ!」
メデューは怒りで、恐怖を忘れたのか、目の前の敵に食ってかかった。そんなメデューの首を片腕で絞め、やすやすと持ち上げるその姿は、ヒューマンだった。まさか、謎のヒューマンってこいつのことか!?
ボッ!
「キャァァァ!」
僕が、謎のヒューマンの正体について考えている間に、火が着火したような音と共に、メデューの悲鳴が聞こえてきた。メデューの首を絞め上げる謎のヒューマンの手は、青い炎を発し燃え上っていた。
「やはり、この程度のヤツじゃ耐え切れないか。雑魚が。そのまま燃え尽きちまえ」
くそっ!どうする!?早くメデューを助けないと、焼き殺される。だが、今の僕達には助ける手段がない。魔法とスキルが使用できないため、僕もリアも攻撃手段がなかった。しかし、その直後、
魔法『アース・ラール』、『ミスト・ラール』
「今です!鈴空!メデューを!」
リュアレだ!呆然と立ち尽くす、僕にリュアレが指示を出した。僕は、寝起きに冷や水をかけられたかのように、俊敏に動く。それはもはや反射に近い。魔法の影響で、動きが止まっている謎のヒューマンの手からメデューを引き離した。
「あぁ、良かった。息はある。だが、やけどが酷い」
僕は、メデューを抱きながら後退し、床にそっとメデューを寝かせた。
「来てみて正解でしたね。メデューからタイパン兄様が部屋に不在だったと連絡を受け、もしやと思い来てみれば、こんな者が宮殿にいたとは………。あなたは一体?」
「ちッ!厄介な魔法を使いやがる。どいつもこいつも人の食事の邪魔しやがって。あー、腹が減ってしょうがねー。おいっ!お前!今、魔法を使ったお前だ。名前は?」
「人に名を訪ねるときは、まず自分から名乗るものですよ」
リュアレは肝が据わっている。格上の相手でも、臆することなくその言葉を言えるとは。
「けッ!弱いくせに言うことは一人前ってか?俺の名前は、『飢餓 凪翔』。腹が減ってんだ。邪魔すんな!」
飢餓 凪翔か。変な苗字だな。ん?苗字?そういえば、こっちの世界に来てから初めてだな。苗字のある名前。まるで、僕と同じ日本から来たみたいだ。
「私は、リュアレ。三つ蛇頭レラージュ3姉妹が長女。さっきあなたが燃やそうとした女のコの姉です」
「そうか。じゃぁ、お前は、一つ蛇頭より弱いんだな?ならお前も不適合か………」
不適合?なんの話だ?こいつの話していることがいまいち理解できない。そもそも、なんの理由があってこんなことしているんだ?食事ってなんだ?
(「鈴空。タイパン兄様と怒楽が殺されている時点で、私達に勝ち目はありません。逃げますよ」)
リュアレは、飢餓に聞かれないように、僕の耳元でこっそりと話す。
(「それは俺も大賛成だが、どうやって逃げる?」)
(「私が魔法で足止めをして時間を稼ぎます。その間に………」)
リュアレが殿をかって出た。確かに、今、やつを足止めできる可能性があるのは、唯一、リュアレだけだ。彼女の土と風の同時魔法なら足止めできる。だが、それだど、リュアレは………。
(「私のことは、気にせずに。それよりも鈴空、メデューを頼みますよ」)
魔法『アース・ラール』、『ミスト・ラール』
「急いで、退却を!」
僕達は、リュアレの魔法発動と同時に、2人でメデューの身体を支えながら出口の扉に向かって走り出す。だが、
「おいおい。2度も同じ手、喰らうかよ。なめんなッ!」
先程、怒楽を屠った際の突進より、さらに高速で飢餓は、動いた。魔法など、もはや追い付いていない。
「なッ!リュアレ―!」
飢餓の鋭く、尖った爪は、リュアレの前胸部を切り裂いた。その場に倒れこむリュアレ。しかし、彼女は、咄嗟に叫ぶ。
「私の光を避けて!」
リュアレは、石曜眼を見開く。その視線は、真っ直ぐ飢餓を見つめ、光を放つ。僕達は、急いで飢餓との直線状に入り込み、飢餓を壁にした。だが、その直後、目の前が光に包まれた。壁にしたはずの飢餓は、上空へと飛び上がって、視線から外れ、光が当たるのを避けていた。またしても、石曜眼の光を浴びる僕は、無意識に、鞘に収まったままの紗月を握り、目の前にかざし、顔を覆った。すると、光はみるみる紗月に吸収され、あっという間に元の暗闇に戻った。
「あれ?石化は?」
僕は、周りを見渡す。僕の後ろに入り、身を小さくしていたリアとメデューは無事だ。そして、リュアレは既に、石曜眼を閉じていた。
「あいつは、飢餓はどこだ?」
僕は、上空に目をやる。
「おい。お前のその刀面白いなぁ。あいつの部屋にあった刀と同じ雰囲気を感じるぞ」
飢餓は、僕の目の前に降り立ち、僕の刀を物欲しげに見ている。
「よし。それをもらおうか」
僕は、紗月を渡すまいと刀にしがみつき、身体を丸くする。だが、飢餓はそんなことには動じず、僕を一蹴りで一掃した。僕は、痛みでその場にうずくまる。そして、腕からこぼれた刀は、飢餓の手に渡った。
「ほぉ。不思議な力を感じる刀だな。やはり、あの刀と同類のものか?どれどれ」
飢餓は、紗月を鞘から抜くと、刀身に目をやった。
「なんじゃこりゃ!錆びてんじゃねーか。わはははッ。どんな能力を持っている刀かは知らねーが、刀身が錆びてちゃぁ、使い物になんねーわ」
飢餓は、紗月の錆びた刀身を見るや否や、使えぬものと僕の目の前に投げ捨てた。
「さて、向こうの姉ちゃんももう余力は無いみてーだし、お前らを殺して、さっさと食事にするか。折角の適応食材が悪くなっちまうからなぁ」
そういうと、飢餓はリアのほうへと歩みを進めた。
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