表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/169

75話

 東門に着いた俺達は門番長を呼ぶ。

 門番長は田横(でんおう)蒙恬(もうてん)の急な訪問に驚いたようだが、通達を受けて事情を察していて、すぐに姿勢を正す。


「誰がっ……」


 詰め寄ろうとする蒙恬を抑え、田横が問いかける。


「本日の出門(しゅつもん)を確認したい。担当していたのは誰か?」


「はっ、調べて参ります」


 門番長に動揺の色はない。

 まさか長から部下まで、東門の門番全員を買収してるってことはないか。


 やがて門番長は二人の男を従え、俺達の前に差し出す。

 二人は緊張した様子だが、いきなり王族に呼ばれたためか、それとも悪事に加担したからか。


「今日、大きな(かめ)を積んだ馬車が通ったか?」


「っ……はい。通りました」


 門番は、固い表情だが予想外にはっきりと認めた。想定していたのか?


「瓶の中は改めたか?」


「はっ、瓶の中は空でした。」


「……」


 暫く二人の目を見つめ、田横は振り返る。

 そして獄から俺達の後を付いてきた先ほどの顔見知りの衛兵に、


「こやつらを捕縛し獄に繋いでいる賊に見せよ。買収された者達ならそのまま獄に放り込め!まだ協力者がいるようなら吐かせろ!」


 抑えきれない怒りを(にじ)ませ、命じた。

 白か黒かは獄にいる心の折れた賊に面通しすればはっきりする。

 ただ田横には人を見る目がある。あいつが怪しいと思ったなら黒の可能性は高いだろう。

 それより今は門をすでに抜けたことの方が重要だ。


 どうやらすでに東安平に向かったようだ。

 東安平は臨淄の隣の邑。数時間もあれば着いてしまう。そこで受け渡しとなれば田安本人や田都辺りが待っている可能性もある。そうでなくても、ある程度の兵数が待機しているかもしれない。くそっ!


「横殿。横殿は一度城へ!王の許可を得、兵を連れて来てくれ!」


 俺は田横に近寄り、焦りも隠さず頼む。


「いや、今は王の西征と我らの東征で編成、調練中だ! そう多くは出せんし時間が掛かる! それより俺が急げば数人の賊など!」


 田横も怒りのせいか口調が荒い。


「俺と蒙恬殿、彭越殿とその部下がいる! 東安平までに追い付けるようなら横殿がいなくても助けられる! しかし間に合わず、しかも東安平に兵が待っていたらどうする!」


 俺より頭一つ高い田横と、胸を突き合わせて怒鳴り合う。こんなに言い合うのは初めてだ。


 そこへ蒙恬が意外にも落ち着いた声で割って入ってきた。


「田横殿、誘拐を指示したのは田安だ。お主にとっては弟()の件もあっての今回のこと。我が一族への心遣い、非常に感謝しておる。しかし、お主が責任まで感じることはない」


 趙高(ちょうこう)奸計(かんけい)により、護衛に付いていた蒙毅は始皇帝暗殺の罪を着せられ、そして守れず死なせてしまった。

 そのことは、表には出さないが田横の胸には深く刺さっていたのだろう。


 そして今回、その娘である蒙琳が愛人と勘違いされての誘拐劇。

 また責任を感じているようだ。

 蒙恬の言うように、どちらもお前のせいじゃない!



 いかんな、俺も蒙琳さんのことで精一杯で、この男の気持ちを考えてなかったな。

 こいつが、田横がそういう男だってことはわかっていただろう。


 俺は一つ息を吐き感情を抑え、説得する。

 責任感の強い田横は、お前の責任ではないと言っても聞かないだろう。


「女性一人のこととはいえ蒙恬殿の姪だ。そしてその先に田安が待ち構えているかもしれない。兵が必要になると思う。それに俺達の東征の斥候(せっこう)としての意味合いも持たせればいい。兵を引っ張って来れるのは横殿しかいない」


 田横は何か言いかけたが、ふっ、と力を抜き、


「……わかった。くそっ、やはり口ではお主に敵わんな。すぐに兵を連れて追い付く。……無理はするなよ」


 少し苦く笑い、俺の胸をドンと叩く。


 グハッ……加減しろ!ゴリラ!


 そして衛兵の馬車を借り、城へと駆けて行った。


 俺はそれを見送ると蒙恬に礼を言う。


「蒙恬殿、助かりました。俺も横殿も焦って感情的になってしまっていた」


「珍しくお主らが喧嘩腰だったからな。逆に頭が冷えたわ。しかし心は急いたままだ。急ぎ追わねば」


 その言葉を待っていたかのように五人の手下を連れた彭越が現れた。皆、馬に乗り、空馬(からうま)も連れている。


「馬車より騎馬の方が速い。爺さんと絶望もわしらの馬を使え」


 苦手だなんて言ってられんな。それにしても。


「準備がよいの。わし達の分まで」


 蒙恬が問うと彭越はニヤリと笑い、


「馬を買うのも、旅の目的の一つだったからな。これからは騎馬の時代だ」


 そう言って、騎乗を促した。




 馬に乗った俺達は門を抜け、東へ駆け出した。


 蒙琳さん、必ず助ける……!



 ◇◇◇



「急げよ!」


 瓶の乗った馬車の荷台に腰掛けた一人が御者の男を急かす。


 蒙琳を誘拐した賊達は、東安平までの道を急いでいたが、大きな瓶と御者含め男三人が乗った古い馬車では大した速度は出せずにいた。



 瓶を覗き込んでいた男が、急かした男を振り返り、おどけた調子で声をかける。


(かしら)、大した距離じゃないし、後を追って来る奴らも見えませんぜ。そんなに急いじゃこのボロ馬車が壊れるぜ。それより」


 男はニヤニヤとまた瓶を覗く。

 そこには気を失って、瓶の内側にもたれかかっている蒙琳の縛られた姿があった。


 意識を失い、やや乱れた髪や衣服であっても蒙琳の美しさは陰りさえしない。むしろその乱れが(はかな)さを増し、男の欲情を掻き立てる。


「俺ぁ、こんな綺麗な女見たことねぇよ!なぁ頭ぁ、あいつらに引き渡す前にちょっと楽しん……ブッ!」


 頭と呼ばれた賊の頭目は、にやけ顔の男の頭を叩く。

 馬車が大きく揺れ、御者はなんとか馬を操り体勢を立て直した。


「愚か者が!一人捕まったんだぞ!口を割られて追っ手が来るのは時間の問題だ!とっとと引き渡して隠れねば俺達は終わりだ!」


「臨淄に残った奴らは大丈夫ですかね」


 御者の男が前を向いたまま、頭目に問う。


「わからん……。とにかく東安平に女を届けて銭を貰ってからだ」


「へへへ、こんないい女なら拐ってまでして囲うわなぁ。王族ってなぁ廃れても王族かぁ。羨ましいねぇ」


 叩かれた男は頭を擦りながら、未だニヤニヤと妄想している。


「頭、連れてくる人選間違えてませんか」


 御者は振り返らずに言う。


「……こんなのでも俺らの中じゃ一番腕が立つ」


 頭目は見えない追っ手を確認する様に、後ろを見ながら応えた。




「そろそろ邑が見えますぜ」


 にやけた男が荷台の上で立ち上がり、目の上に手をかざす。


 東安平の邑が徐々に大きくなるのが見えた。

レビュー、感想、ご指摘、評価頂けたら大変嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ