76話
活動報告に書籍版特典ショートストーリーの説明をあげております。
是非ご確認下さい。
東安平に着いた賊達は、近くの林に馬車を止め、頭目は手下の二人に命令する。
「ここの門番は買収してねえ。瓶の中を検められると不味い。俺が依頼主を呼んでくる。それまでここで女を見張っていろ。手ぇ出すんじゃないぞ!」
へぇ、とやる気のない手下の返事を背中に邑へ向かった。
東安平の邑へ入った頭目は、足早に宿へ向かう。
宿の前には数人の男がおり、頭目が近づくとその行く手を阻む。
「今、この宿は貸し切りだ。他を当たれ」
男の一人がそう言い、追い払うように手を振る。
頭はその尊大な態度に腹を立てたが、それを飲み込み下手に出る。
「へへ、その貸し切っている高貴なお方へ用がありまして。『ご依頼のものをお持ちしました』とお伝え願いますかね」
「なに、少し待っていろ」
男は頭目の言葉を聞くと、すぐさま宿の奥へと向かう。
暫くの後、戻ってきた男は頭目を連れ、宿の一番大きな部屋へと通す。
「拐ってきた女はどこだ。渡せ」
その部屋には今回の雇い主、田安が待っていた。挨拶も慰労の言葉もなく、短かく告げる。
「田安様、ここは斉の支配下。縛った女を持っては入れませんぜ。今、邑の外に隠しております」
その言葉を受けた田安は細い眉をしかめ、吐き捨てる。
「斉の支配下? 斉は假大叔父上と私が居る所だ。田儋という簒奪者の名乗る斉なぞ偽りに過ぎん」
賊の頭目にとってはどうでもいいことであり、早く女を引き渡しこの場を去りたい。
「それより田安様、手下が一人帰って来ませんで捕まったか、殺されたかわかりません。もし捕まっていれば、事が明るみになり追っ手が出されているかもしれません」
「なに? 下手を打ちおって! 急ぎ女の元へ案内せよ!」
田安は数名の従者を引き連れ馬車に乗り、宿を出る。
賊の頭目を先頭に急ぎ邑の外へと向かう。
「お供は今いる方達だけで?」
これっぽっちの数では臨淄から追っ手が来たらやられるのではないか。
不安になった頭目は従者に問いかける。
「お前の言ったようにここは田儋の支配下だ。大人数で邑に入れば怪しまれる。田都様と五十人程、邑外で待機させておる。連絡も走らせた」
安心した頭目は門へとたどり着いたが、そこで止まった。
手配がかけられている田安は頭巾を深く被り顔を隠しているが、怪しすぎる。
しかし従者の一人が門番へ近づき、懐の物を渡すと、頭目を含めた一行は何の咎めもなく門を抜けた。
「上役人の息子で火事に巻き込まれ、醜い顔を見られたくないことにして邑へ出入りしておる。通る度に賄賂も渡しておる」
(門番も嘘と分かっていように……なんとも腐った世の中だ。俺を含めてな)
賊の頭目は呆れて口の中で呟いた。
邑の外に出、馬車を止めた林へ田安達を案内する。
暫く歩くと、どこからか大勢の足音が聞こえた。
「田都達か」
伝令を受け、門を出るのを見張っていたのだろう。田都とその部下五十人が合流してきた。
臨淄からすぐに大軍が来ることはないだろう。少数の部隊ならこれで渡り合えるか。
まぁ女を渡し銭を貰えば、その場でおさらばだ。後のことなど知ったことではない。
頭目は密かに独りごちりながら林へと急ぐ。
林に着くとなにやら騒がしい。
どうやら蒙琳が目を覚ましたようだ。
瓶から出され、荷台の上に座らされている。
「んー、んー!」
手足を縛られ、猿轡をされている蒙琳が手下から離れようと必死にもがいている。
手下はそれをニヤニヤと眺め、御者は我感ぜずと御者台で寝転がっていた。
「やっぱりいい女だ」
そう言いながら縛られた手を取ろうとし、蒙琳は不自由な身体を捩っている。
「おいお前、汚い手で触るな。お前が触れるだけでも人質の価値が下がる」
「ああん?」
田安の尊大な物言いに、手下は顔を女の方からこちらに向ける。
それが頭目と田安だと分かると蒙琳から離れ、自身の頭を掻く。
「へ、へへ。目を覚ました途端、暴れましてね。大人しくさせようとしてただけで」
手下の言い訳を無視し、馬車から降りた田安は蒙琳に近づき顎を持ち、強引に顔を上げさせる。
「ふん、確かに顔は美しい。が、下品な髪の色だ。高貴な女は髪を染めることも知らぬのか、それともその銭もないような下賎の出か。田横も物好きな奴だ」
田安は嘲り笑う。
その言葉を聞いた蒙琳は涙で目を赤くしながらも、きつく田安を睨んだ。
「なんだ、その目は……。私が誰か分かっておるのか! 世が世ならお前のような下賎な女は一目も望むことが出来ぬ身だぞ!」
田安は激昂し、動けぬ蒙琳の頬を平手で打ち据えた。
蒙琳は荷台に倒れ、頬を赤く腫らせる。
「安様、今は急いでここから離れませんと」
さらに打ち据えようとしている田安を田都が止める。
「くっ、どいつもこいつも……。おい、行くぞ」
田都の部下が蒙琳を乱暴に立たせ、引きずるように連行し、田安は馬車に乗り込み立ち去ろうとしている。
それを見た頭目は慌てて田安に駆け寄る。
「ちょ、ちょっとお待ちを。まだ報酬をいただいてませんぜ」
頭目の要求に田安は少し思案して、こう言った。
「ああ……そうだったな。都、渡してやれ。黄泉へな」
田安の言葉に田都が手を振り上げる。五十人の兵が三人の賊を囲み、じりじりとその円を縮める。
「だましやがったな!」
激昂する頭目に田安は冷ややかな目を向け吐き捨てる。
「愚か者が。賊などとまともに取引などできるか。真の斉再興のために働けただけ、光栄に思え。そして王となる私の汚点になる前に死ね」
田都が上げた手を振り下ろす。それと同時に兵が賊三人に殺到する。
「へ、こんなことになるならやっぱり手ぇ出しときゃよかったぜ……!」
にやけ面の手下はそう呟き、意を決して前方に迫る兵に突っ込む。
賊の中で一番腕が立つらしいが多勢に無勢。死を顧みずに暴れ、幾人かを斬りつけるが戟に引っ掛けられ、槍に突かれ、全身を血に染め倒れ伏した。
御者の男も倒れ、最後に残った頭目は腹から幾本もの刃を生やし、口から溢れる血を撒き散らしながら叫んだ。
「くそがっ……なにが……王だ。盗賊より腐った豚が……! ろくな、死に方、しねえぞ……」
そう呪詛を吐き、息絶えた。
「ふん、賊に王のあり方がわかるはずもない」
頭目の死体を田安は馬車の上から冷たく見下ろした。
それを隣で見ていた田都は兵の前に立ち、呼び掛ける。
「動けぬ程の怪我人はいるか?」
兵の中から声が上がる。
「ここに!二名おります!」
一人は胸を深く斬られ意識はなく、息は荒い。もう一人は足を片方切り飛ばされ、一人の兵に肩を借りている。本来足のある箇所は血で赤く染まった布がきつく縛られていた。
田都は二人に近づく。
「田都様……」
片足を失った兵が呻きながら、慈悲の言葉を期待する。
しかし田都は無言で剣を抜くと、兵の胸に剣を突き立てた。
「なっ……」
片足を失った兵は、疑問と驚愕の表情のまま命を失い、意識のない兵もまた田都の剣によってこの世と別れた。
「急ぎこの場を離れるぞ。死体は捨て置け。味方の物もだ」
兵達が一斉に動き出す。
傷を負った者もその痛みに耐え、急いで隊列を組む。足手まといになれば、今行われたことが我が身に起こる。
片足を失った兵に肩を貸していた兵は、仕方なくその場に寝かせ、一度だけ振り返ったが慌ただしく駆けて行く。
こうして田安達は林を離れていった。
味方と三人の薄汚れ血にまみれた死体を置いて。
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