47話
ようやく……
俺達が臨淄に潜伏して五ヶ月。
季節は夏を過ぎ、秋がやって来ていた。
今は七月なのだが、古代中国では七月はもう秋らしい。
春が一、二、三月、夏が四、五、六月、秋が七、八、九月、冬が十、十一、十二月となるらしい。
二十四節季だ。こんな時代からあるんだな。
なので秋というか現代人の感覚では夏だ。
しかし現代のような茹で上がるような暑さはないし、ここは中国でも北東に位置する臨淄。涼しいとは言えないが大した暑さではない。
ただこの季節は雨が多い。とにかくよく降る。
今年は特に多いらしく、正道が失われ天が泣いているのだと、皆噂している。
胡亥は二世皇帝に即位し、悪政を繰り返している。
自らの兄である公子や重職に就いていた臣に謂れのない罪を着せ、次々と誅殺した。
さらに初代皇帝の頃より税は増え、賦役の数も増やし、宮殿の建設を急がせたり、辺境の守備に就かせている。
趙高が裏にいるとはいえ、二世皇帝の仁徳の無さが透けて見える。
俺達の蜂起の準備も整いつつある。
蜂起に際し、まず狄を取る計画も立てられた。
その後、ここ臨淄を取り本拠地とする。
そんな最中、俺が待ち望んでいた、いや今となっては予定外の情報を持って田栄はやって来た。
「南で反乱が起きました」
田横、蒙恬、田広、そして俺が集まる中、田栄は興奮を抑える様に低い声で続ける。
「泗水郡の大沢郷を占拠し、そこから各邑を落とし、今や万を超す大軍になっています」
歴史が動いた。
やはり史実通り反乱は起こった。
陳勝、呉広の乱だ。
「そして、この反乱の首謀者の二人は扶蘇と項燕を名乗っています」
あら?
違うのか?陳勝、呉広じゃないの?
しかし明らかに偽名だよな。
もう一人は知らんが、人気のあった扶蘇の名で人を集めているのか。
咸陽から遠い地方では、扶蘇の死はあやふやになっているのだろう。
「扶蘇様の名を騙るか。気に入らんの」
蒙恬が愚痴る。
「しかし人は集まります。項燕も泗水辺りでは声望を集めた旧楚国の将軍だ」
田横が語る。
なんにせよ、とうとうチャンスが来た。単独で事を起こそうとしていたが、いい意味で裏切られた。
「少し計画より早いですが、時が来ました。この流れを逃す手はありません」
俺は皆を見回す。
田栄、蒙恬、田広、そして田横。
「悪の元凶趙高を倒すため、民の平穏のため、立ち上がりましょう」
皆が力強く頷く。
俺は自分の全身が、粟立つほど震えるのを感じた。
それが闘志からか、恐怖からかは分からなかった。
~~~~~
密かに臨淄を出る。
田栄は先行して狄へ帰った。
馬車で狄まで飛ばし、門の近くで夜明けを待つ。
夜が明ける。
しかし厚く雲に覆われ薄暗く、日の光は弱々しい。今にも雨が降りだしそうな空の下、門が開く。
俺は馬車を御し、門に近づき門番に話しかけた。
「おはようございます。朝早くから申し訳ないのですが、県令様にお会いしたいのですが」
門番の二人は顔を見合せ、尋ねてくる。
「お前は何者で、何用で県令様に面会を乞うか」
少しの間ここに住んでいたんだが、俺の顔なんて覚えていないか。大丈夫、俺を覚えている時と覚えていない時、どちらも想定して用意してきている。
俺は馬車の後ろを差し、
「実はお尋ね者の田横って奴を捕まえましてね」
「なに!?」
門番達は慌てて馬車の後ろへ回る。
そこには上半身を縄で何重にも巻かれた田横が座っていた。
「田横様!」
「貴様、よくも田横様を!」
ちょちょ、ちょっと待って!タンマ!タイム!タイーム!
「待て」
田横が俺に襲いかかろうとする門番を止める。
「田横様、お逃げ下さい!」
「これは計略だ」
田横は、縄をほどこうとする門番を止め、事情を説明する。
計略を聞いた門番は、顔を綻ばせ県令の元へと走っていった。
俺は顎を手に乗せため息を吐き、
「人望ありすぎですねぇ。門番が助けようとする場合は想定してませんでしたよ。危うく初手で計画が破綻するところでした」
田横が破顔する。
「だから俺はこの狄が好きなんだ」
俺も苦笑いを返す。
やがて取り巻きの兵を連れた県令が門までやって来た。
「田横を捕らえただと!?ん、貴様どこかで見た顔だな?」
県令は興奮しているのか、鼻息荒く迫ってくる。相変わらず短駆肥満だ。
意外にも俺の事覚えていたか。まぁさっきの門番達と違い、狄を出る前に顔を合わせてるしな。
「ええ、この男と一緒に咸陽まで行った者です。しかしお尋ね者になっても同行を強いられましてね。もう参りましたよ。
隙をみて漸く縛り上げましてね、ここまで連れて来たって訳です」
俺は首を振り、疲れた様に話す。
「ふはははは、田横、いい格好だな!よし、県廷まで連れていけ。邑の者に見えるよう歩かせろ」
県令は兵達に指示を出し、田横は馬車から下ろされ縄を引かれて歩き出した。
朝早くから仕事をしている人々の中、通り過ぎていく。
「田横様!」
「ああ、なんてことだ」
「田横様が」
事情を知らない人達から嘆きの声が聞こえる。
愛されてるなぁ。
これから起こる事をこの邑の人は喜ぶのだろうか。
それとも戦乱に巻き込まれることを恐れるのだろうか。
……ここまで来て尻込みするなよ、俺。
俺は密かに顔をはたき、兵達の後ろを付いていく。
曇天の中、県廷までたどり着くと、そこには久しぶりに会う田儋と剣を手にした田栄が待っていた。
感想、ご指摘、評価、ブックマーク頂けたらとても嬉しいです。




