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45話

 臨淄(りんし)の屋敷での生活が落ち着いてきた。

 狄の方でも見張られてはいるらしいが静かだ。どうやら田横が実家を頼って帰って来るのを待つため、泳がされているようだ。



 そんな仮初めの平穏の中、蒙恬の軍学指南が始まった。


「わしの後任は王離(おうり)であろう」


 今は蒙恬(もうてん)に秦の有力な将の話を聞いている。


「祖父の王翦(おうせん)殿、父の王賁(おうほん)殿は比類なき名将であったが、二人と比べると凡将じゃな。優秀ではあるが命令以上の事はできん。わしが言うのもなんだが応変さに欠ける」


 蒙恬は自分も機転がきく方ではなく、単純に数で押す戦いに向いているという。


「後は気になる者は何人かいたが……まぁ出てくる将の中で気を付けねばならんのは王離くらいであろう」


「あの、章邯(しょうかん)て将軍いますか?」


 俺は記憶している秦の最後の名将と呼ばれた名を尋ねてみた。


「章邯?少府(しょうふ)のか?九卿(きゅうけい)の一人ではあったが、軍務に就いておらんぞ。それにあやつは呆れるほどやる気がない男だ」


「そうですか」


 怪訝な顔をして蒙恬が答える。

 軍務に就いていないのか。あとやる気がないって、評価低いのか。


 今のうちに引き抜く事ができないかなぁ。

 咸陽まで行って帰るのが、急いでも二ヶ月かかる。

 しかも九卿って相当身分高い方だよな、会えるかどうかもわからんし、リスク高過ぎるか……。



「北方からの軍はどれくらい動かせますか?」


 田横(でんおう)が問う。


 北方には蒙恬が築いた長城があり、三十万もの兵が駐屯し、匈奴(きょうど)といわれる遊牧民族に備えている。


「そうだのう……最大で動かせて十万というところか。後は道々で徴兵して、十二、三万になるであろうな」


 十二、三万……。ちょっとした市とかの人口だ。

 規模が大きすぎて想像が追いつかん。


「咸陽にはあまり兵はいなかった。そちらが主力となるか」


「そうなるであろうの」


 北方の守備兵か……強そうだなぁ。

 田家が立ってどれくらい兵が集まるんだろうか。元(せい)は広いけど、皆が皆反乱に協力してくれる訳ではないし。


 まずは勢力を拡げるために、一つ一つ都市を落として兵力を増やすだろ?それから守備を固めながら攻めてくる官軍を撃退するための主力軍を編成して……。


 あー……なんか駄目だわ。

 シミュレーションゲームじゃないんだけど、そんな気分になってしまう。

 人を駒として見なきゃならんのか。

 心が荒む。考えたくなくなってくる。




 ……しかし、考えないと。

 俺は運良く、考えられる立場にいるんだ。


 田横と出会ってなければ、有無も言わさず突っ込んで行く雑兵になっていたかもしれない。

 その前に死んでいたかもしれない。



 あの時、田突(でんとつ)と馬の前で話した


「お互い出来ることをやりましょう」


 今、俺に出来ることをやらなきゃな……。



 こめかみを揉み、考えていると田横が話し掛けてきた。


(ちゅう)(こう)に頼み忘れた物がある。(とつ)と行ってきてくれ」


 田広は今日は講義を抜け、使いで街に出ている。


「……わかりました」


 俺は立ち上がって部屋を出る。


 首を回し、一つ息を吐く。



 俺が考えすぎているのがわかったかな、田横は。

 気分転換してこいってことか。


 はぁ、よく見てるよなぁ。まったく。




 田突に声をかけ、街中へと出る。俺と田突は手配されていないし、顔も知られていない。

 それでも多少気を配りながら、商家がある方へ向かう。



 商家に着くと店の前に人だかりが出来ていた。その中に田広の姿もある。


「広殿、何の騒ぎです?」


 俺が声をかけると田広は声を潜めながら、


「あれです」


 と指差す。


 その先には、困り果てた様子の店主らしき男と、老人、若者、あとは護衛だろうか屈強な壮年の男が対峙していた。


「我らが誰か心得ていて銭を取ろうというのか!?」


 何やら若者が凄んでいる。手には頭につける冠を持っている。

 どうやらあれの代金を踏み倒すつもりらしい。


「あいつらは?」


 俺は田広に再度問う。


臨淄(りんし)に住む田氏で(せい)王の直系です。老人が最後の斉王(せいおう)けんの弟、田假(でんか)。凄んでいる若者が斉王建の孫、田安(でんあん)。後ろで控えているのが、一族で従者の田都(でんと)です」


 田広は苦々しく応える。


 斉王の直系か。

 本来なら彼等を旗印に斉の復活を目指すのが筋なのだろう。

 しかし、狄の田家に人望が集まっているという事は。


「元々、斉王建は唯一秦に対抗できる大国でありながらその侵略を傍観し、一戦もせず秦に降った事で名声は地に落ちました。加えて一族があれですから……」


「評判、悪いのですね」


「はい……」


 目の前の光景を見ても明らかだ。


 王族のプライドだけ残った感じか。

 ん?何か狄の田家にもそんなのいたな。


「ふん、最初から素直に渡せばいいのだ。なに、斉王の一族がこの店で冠を買ったと評判になれば、この冠の代金より利が出よう。はっはっは」


 そういって彼らは馬車に乗り込み、帰っていった。

「買った」って……買ってないじゃん。ただで持っていっただけじゃん。

 あいつらが来る店ってなったら他の人は来なくなるんじゃない?


「同じ田氏として恥ずかしいです。店主も助けられず申し訳がない」


 項垂れた店主を見ながら田広が呟く。


 俺はそんな気持ちのいい青年、田広の肩を叩き、


「我々は今、目立つ訳にもいけませんし仕方ありません。せめてあの店主の所で買い物をしましょうか」


「……はい、そうですね」


 俺達は野次馬が散らばっていく中、店主に声をかけ、一緒に店へと入った。

用語説明


 少府 (しょうふ)

皇室の税と雑務を司る官職



 九卿 (きゅうけい)

 時代によって官名が異なるが三公(丞相,太尉,御史大夫)に次ぐ地位にある重要な九つの官職の総称。



 冠 (かん)

 動物の革や布、金属で出来た頭を覆う冠かんむり。身分で素材や飾りなどの違いがある。

 庶民は普段は巾きんと呼ばれる布で頭を覆い、何か行事や儀式の時は冠をした。


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