39話改訂
今朝投稿した物ですが、田中の心情部分にご指摘を頂き、私自身も違和感を感じたので改訂いたしました。
申し訳ありません。話の大筋には変わりはありません。
俺達は無事、蒙恬を救い出し皆が待つ漁村へと帰って来れた。
負傷者も軽症が数名で死者はなし。
戻った俺達を田広と田突が迎えてくれた。
「よくぞご無事で!中殿?大丈夫ですか?お怪我を!?」
田広が俺の顔色を見て心配してくれる。
「いえ、大丈夫です。少し気分が優れないだけです」
まだ胃酸の匂いが残っている口で応える。
後ろから観ているだけの初戦闘だったが、あれに慣れる日が来るのだろうか。
現代日本人として慣れてはいけない気もするが。
田広の声が聞こえたのか、空き家の中から蒙琳が飛び出してきた。
「田中様!お怪我を!?」
「いえ、大丈夫ですよ、後方で観ていただけですから。それよりも蒙恬様をお救い出来ましたよ、あちらに」
振り返り、指し示す先には釣り上げられた魚の様に抱えられた蒙恬が。
……いい加減降りろよ。
「琳、琳ではないか!無事であったか!」
蒙恬は手下達の腕の中でピチピチと暴れだす。だから降りろ。
「伯父上、よくぞご無事で」
蒙琳は蒙恬に駆け寄り、瞼を濡らす。
ようやく地面に降りた蒙恬は蒙琳の肩を抱いた。
改めて蒙恬を見る。
白髪の目立つ髪、髭は短かったのであろうが今は疎らに伸びている。
弟の蒙毅と違い、背は低く横幅があるが、太っているというよりは筋肉の塊のようだ。
そして、蒙琳を見る少し垂れた優しい目は、蒙毅のそれとよく似ている。
蒙恬は蒙琳の肩に手を置いたまま、語り始めた。
「道中、田横から毅の最後を聞いた。さぞや無念であったろう。しかし琳、弟が愛したお主が生きていただけでも幸いであった。毅も少しは浮かばれよう」
蒙琳の涙が頬をつたう。
蒙恬の手に力がこもり、
「わしの所に来た使者はこう言った。『太子扶蘇様は廃太子となり、皇子胡亥様が太子となった。それを聞いて逆上した蒙毅が主上を弑した』と」
大きな声は一際大きくなった。
「我ら兄弟は、主上を崇拝し命をかけて仕えていた。我らを諫言もせぬ佞臣と蔑む奴らも居ろうが、それが蒙家の生き方なのだ。主上に手をかけるなど断じて有り得ぬ!」
熱く語る蒙恬に、冷めた態度の彭越が話しかける。
「おい、蒙恬殿よ。あんた達の生き様もいいが、太子扶蘇はどうなったのだ?噂通り自害したのか?」
そう尋ねられた蒙恬は、一気に身体が萎んだ様に見えるほど肩を落とした。
「扶蘇様は……使者を信じてはおられなんだ。しかし……」
『この詔が本物であろうが、なかろうが、父の名で発せられたのなら、私はそれを受けねばならん。
私が逃げたり、反乱を起こせば疑惑は真実に変わってしまう。
自らの死によって、反乱の疑いを晴らそう。
晋の文公の兄、申生が自死を選んで「徳」を示したように、私もまたそれに従おう。
情を守って父を喜ばせるが「孝」。身を殺して志を成すが「仁」。死んでも主君を忘れぬが「敬」である。
父の黄泉への路、お供しよう』
「そう語られて、使者からの剣を受け取られ自ら……。わしはそれを止めようとしたが使者達に阻まれ、間に合わなんだ……」
やはり扶蘇は自害していたのか……。
死で疑いを晴らそうなんて。
自分に置き換え想像してみる。
剣を取り、自分の首に押し当て……。
いかん、想像だけで血の気が引く。
先程の戦闘で見た官兵の死体を思い出す。
頭がクラクラしてきた。
「はっ、聖人気どりの考えそうな事だ」
彭越が痛烈に批判する。
「貴様!盗賊風情が!」
蒙恬が激昂して彭越を睨む。
「頭領というのは手下の面倒をみるために最期まで生きねばならん。死ぬなら全てを収めてから死ねばいいのだ。
盗賊風情の頭でも分かることだ。
無責任な逃げを「孝」だ「仁」だと。反吐が出る」
「ぐっ、き、貴様に何が分かる!あの場で死なねばならんかった扶蘇様の……!」
「蒙恬様」
殴りかかる蒙恬を田横が止める。
「彭越殿」
俺も慌てて応戦しようとしていた彭越へ向かい、小声で話す。
「彭越殿、ここで蒙恬様を怒らせても仕方ありません。このままでは共闘もくそもありませんよ。謝罪を」
「ふん、扶蘇のふざけた考えと甘さに思わずな。あの頃の青二才より甘いわ」
あの場で死ななければならない理由。
自らの命を賭けてでも貫いたもの、か。
「彭越殿、謝罪を」
彭越は溜め息を吐き、
「爺さん、言い過ぎた。ただ規模は違えど人を纏める立場として、言わずにはおれなんだ。謝罪しよう」
田横に抱き止められた蒙恬は、納得はしていないようだが、振り上げた拳を下ろし、
「ふんっ」
振り返り、蒙琳の方へ戻っていった。
はぁ、随分気まずい雰囲気だが、決めることは決めないとな。
「さて、謝罪も受け入れられた所で今後の事を話し合いましょう」
俺は努めて明るい声を出した。
「誰も受け入れるとは言っておらんぞ」
ううっ。
用語説明
諫言 かんげん
目上の人をいさめること、その言葉。
佞臣 ねいしん
主君に媚びへつらう配下。邪な心の配下。
申生 しんせい
春秋時代、晋の献公の長子。弟は後の文公、重耳。
人望も厚く優秀な人物。しかし父献公に寵愛された驪姫の、我が子を太子とする陰謀で献公を毒殺しようとした嫌疑をかけられ、自害した。
『情を守って父を~「敬」である』
上記の申生が父献公暗殺の嫌疑をかけられ、処刑された申生の傅ふ(教育係)杜原款とげんきんが逃げ帰った申生に送った遺言。
この言葉に感銘を受けて、申生は自害した。
情(忠誠の情)を守って父を喜ばせるが「孝」(34話参照)。
身を殺して志を成すが「仁」(他人への親愛、優しさ)。
死んでも主君を忘れぬが「敬」(慎み敬う事、欺あざむかない心)。




