37話
「報酬ならあります」
「何?」
彭越の目が光る。
「蒙毅様の家から持ち出した財貨、まぁ馬車一台分ですがそれを手付けにいかがでしょうか?」
この事はすでに蒙琳と家宰に通している。
家宰は今後の生活を憂慮してか迷っていたが、蒙琳は「伯父の蒙恬が助かるなら喜んで」と躊躇わず了承した。
「ほう、上卿の蒙家の財貨か。今ここにあるのか?」
「はい、村の空き家に」
「確認しよう。金に替えれねば意味がない」
そう言って彭越は小屋を出た。
俺と田横も後を追う。
「しかしどうやって千人以上の手下を食べさせているのでしょうね。公官を襲ってもなかなか足りる規模ではないでしょう?」
空き家へ向かいながら田横に尋ねた。
「それは塩だ。塩を密売して金を稼いでいるのだ」
塩?ここ内陸だけど。岩塩か?
「ここから少し東へ行ったところに塩湖がある。そこの塩を密かに採り密売している。結構な規模でな。それで手下を食わせているそうだ」
なるほど。それでこの辺りを縄張りに活動しているのか。
「ところで彭越が青二才と呼んでいましたが」
田横は苦い顔をして、
「……若い頃、彭越を訪ね義賊に参加しようとした。そして秦を打倒しようと誘った。」
『わしらのような蜂は周りを飛び回って、たまにチクリと刺すだけだ。一匹刺したところで巨熊は倒れんぞ。』
「そういってあしらわれた。その後何ヵ月か置いてはくれたが」
『お前には向かん。こういう泥臭いやり方もあるとだけ覚えておけ。狄の青二才には青二才のやり方があろう』
「そういって追い出された。まぁ、義賊といっても汚いやり方をする事もあれば、関係のない民を巻き込む事もある。彭越はそのあたりをみて、俺に向かんといったのだろう」
そうだろうな。彭越も、田横は正道を歩んだ方がいいと思ったんだろう。
田横が盗賊なんて想像できん。
空き家へ着くと、人の気配に気付いたのか家宰を始め、皆が出てきた。
彭越は馬車の荷物を物色し始めると、
「ほう、さすが秦の上卿の持ち物だけある。よかろう、これを手付けに仕事は受けよう」
どうやらお気に召したようだ。
蒙琳が家の前で見守っている。
このような財貨の使い方をしてしまって申し訳ない。
彭越は蒙琳を顎で指し、
「あれも報酬の一部か?あれを貰えるなら後の払いは要らんぞ」
そういって、ニヤリと髭だらけの顔を向ける。
「違います!」
俺は慌てて蒙琳の前に立ち、彭越の視線を塞ぐ。
蒙琳が俺の後ろに隠れる。
「カカッ、冗談だ。残りの報酬は奪還が成功したら狄へ取りに行く」
その顔で言われたら本気か冗談かわからんぞ。
全く、やりにくいオッサンだ。
「おい、荷物を運べ。金に替えやすい物だけでいい」
手下にそう言い、財貨を運ばせる。
「さて、後は仕事だが。相手は五十程か。そうだな、三百人程でよかろう、俺も行く」
その戦力差で行けば、自棄になって蒙恬を殺すような事が起きない限り大丈夫だろう。
彭越自ら行くのはありがたいが、意外だな。手下に任せるかと思ったが。
「秦の名将、蒙恬の面を観たいからな。それにいつか共闘する事もあるかもしれん。顔繋ぎも兼ねてだ」
疑問が顔に出ていたのか、彭越が理由を語った。
千人も率いる義賊の頭となると色々考えている。ただの賊ではない。
「今集合をかけた、直に集まる。青二才、お前も行くだろう。それと絶望殿も」
「ああ、俺も行く。中は……」
……俺も行かなきゃいけないだろうな。
「行きます。しかしここに残る人達は」
「心配要らん。留守の手下に守らせる」
それなら一先ず安心か。
「叔父上、中殿、私も行きます!」
田広が飛び出してきた。
もう狄を出た頃の気弱な田広はいない。
この一年で本当に頼もしく、真っ直ぐ成長した。若者の成長は早いな。間違っても子供とは呼べない。
でも、だからこそ
「広、お前には留守を頼む。お前が幼いからではない。ここをお前に任せるのだ。俺達が失敗したら突と共に狄へ走れ」
田横の言葉に田広はこちらを見る。俺は頷き、
「広殿にしか任せられません。蒙琳殿や皆を頼みます」
田広は暫く考えた後、
「はい、わかりました。お任せ下さい!」
そういって、俺に頷き返してくれた。
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