22話
田横に剣の稽古をつけてもらいながら、面会の日を待つ。
何、何なのあの人。
見えてるのに反応できない。
気が付くと目の前にいて打たれてるんですけど。八ミリフィルムのコマ落ちみたいだ。
田横が特別なんだよな?兵士が皆こんなだったら俺、襲われたら一秒も持たんぞ。
「ふむ、意外と動けるし、反応も悪くない。しかし剣を使う動きではないな」
下手な慰めを……。全然反応できてないじゃん。
結構スポーツやってたんだけど、剣道とか格闘技はやったことなかったな。起こりっていうの?初動が全くわからん!
「いやいや、素人なりに上手く防ごうと動けているよ。間に合っておらんがな」
田横はニコニコと笑いながらまた構える。
わ、ちょっと待っ
…ッテー、痛てーよ。笑いながら打つなよ!このドS!馬鹿力!岩男!
「何やら不快な気が感じられた」
ウソウソ、ちょっと待って、痛いって、マジ待って、田広、次、田広の番だよ。
こうして俺はボロボロにされ、部屋に戻る。
濡れた布で打たれたところを冷やしていると、田突が訪ねてきた。
「中殿、よろしいですか。昨日おっしゃっていた馬の事なのですが」
「あぁ、早速ありがとうございます。実はですね……」
田突と厩舎に向かいながら鐙について話す。
「なるほど、しかし難しいかもしれません」
田突は渋い顔で答えた。
「え、そうなんですか?」
鐙なんて簡単にできそうと考えていたけど。
「馬はとても神経質です。鞍を載せるのも子馬の頃から慣らしていかないと、なかなか慣れないんです」
厩舎に着き、俺達は馬に近づく。田突は馬を撫でる。
「その鐙というものはこの辺りにぶら下がるのでしょう。馬の腹に当たって気にすると思います。下手をしたら嫌がって暴れますよ」
「そうですか、なるほどねぇ。人間だって脇腹に常にジャラジャラ当たる物付けられたら邪魔で苛つきますね」
田突は少し驚いた顔をしたが、笑顔になり、
「中殿は変わっておりますね。家畜と人を置き換えるなど」
そうかね。
家畜というかペットとの付き合い方は時代の差かな。
「それだけ馬を大事に思ってくれているという事ですね。
まぁ、鐙は難しいですが鞍の下の方に、馬が気にならない程度の足掛かりを固定して付ければ乗り降りの助けにはなるでしょう」
なるほど、乗り降りしやすくなるだけでも大分違うか。
「ただ」
「ただ?」
「格好悪いですね。馬に上手く乗れないと喧伝しているようなものです」
そう言って、田突は苦笑いした。
いい歳した大人が自転車の補助輪してるみたいなものか。
格好なんてかまわん。実用性を取る。
田突は寡黙な印象だったが、話してみると馬の事だからだろうか、よく喋るし、よく笑う。
俺達はその後も馬について話していたが、やがて田突は笑いを収め、
「中殿、横様を助けてやってください」
「突殿」
「中殿の機転と弁舌は必ず横様をお助けできると思います。どうかよろしくお願いいたします」
「横殿とは何か?」
「私や横様が広様くらいの歳の頃です。
ご存知の通り私の母は異民族で、田家では鼻摘まみ者です。主である儋様や栄様、横様は気にしておられませんが、やはりその事で、私や母に辛く当たってくる人もおりました」
田市みたいな名門意識ってやつか。
「私も虐められるのは母のせいだと、私は母をずっと憎んでおりました。ある日、母に心無い言葉を掛けているのを横様に見つかり、殴られました」
小さいときから熱血だな。
「そして、私に言いました」
『孝行できる親がいることはそれだけで幸せな事だ。
己の親を憎む事は己を憎む事と同じだ。お前はずっと己を憎み続けて生きていくのか』
「栄様、横様のご両親は早くに亡くなっております。その事もあり、母親を酷く扱う私が許せなかったのでしょう」
そうか、それで一族を大事にしているのかな。
「それから私は母に謝罪し、母も何も言わず私を許してくれました。そして家族の暖かさを取り戻す事ができました。
そのご恩の他にも、多くの事で横様に助けて頂きました。
何とかご恩をお返ししたいのですが、無学な私では出来ないことの方が多く、歯痒い思いばかりです。
どうか中殿、お頼みします」
そう言って田突は頭を下げた。
任せろ、とは胸張って言えないが。
何でそんなに俺に期待してるのかわからないが。
俺に出来ることがあるなら、
「やらせてもらいますよ。
しかし、突殿しか出来ないこともありますよ。お互い出来ることをやりましょうよ」
「そうですね」
俺達は笑い合い、厩舎を後にした。
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