Part.18 男の過去(6)
アイリは”処理”をしてから帰るといい、複数の仲間とガキ大将達を連れて別行動を取っている。
ジロウは魔法を使った影響でふらふらになっており、仲間の背を借りている状態だった。
顔だけを横に向けて目を細めるとただ一言呟いた。
「…まぶしい」
隣で別の仲間に背負われている少年の髪は月光を反射するほどに短く剃られている。
「うるせえ、オレは関係ねえだろ!」
「誰もお前の頭とは言ってないぞ」
「ぶっ飛ばすぞてめえ!」
ジロウの隣で背負われているのはアイリに死亡宣告されたユウキである。
あの後は自前のナイフで髪と眉毛を剃られてイチロウと名乗るように言われたのだ。
名付けはアイリである。
「そもそも何でオレが死んだことにされなきゃいけねえんだよ…」
「説明されただろ」
「されたけどオレが納得できるのとは違うだろうが!」
人の背中で騒ぐ2人に背負っている者達はうんざりしながら足を運んでいく。
「しかし本当にあの説明で周囲が納得するのか?」
「なんだジロウはそんなことが気になるのか」
「ユウ…イチロウのことより大事な話しだろ」
このようになったのは周囲の孤児達に向けて、アイリ達が喧嘩した組に対して”適切な処理”を行うことの正当性と、こちらが理知的な存在であることを分からせるための行動だった。
不当に”処理”を行えば危惧した通りに他の組から襲撃されるが、規則を破り、さらにはその結果として仲間を殺されたのであれば、やむを得ないという心理を働かせることにある。
だからこそ人相を変えるのにユウキの髪と眉毛を剃って名前まで変えたのである。
「納得するさ、しなきゃ自分達が同じ立場になったときに報復ができねえ」
「…そうか、そうだよな」
「ああ」
ジロウが魔法を使えることを周囲に言い触らされると非常にまずいことになる。
下手をすれば大人達や貴族が介入してくる事態もある。
そのようなことにまで発展すればジロウとアイリ達がどのような被害を受けるか分からないからだ。
その被害を含めても隠匿さえできればジロウの魔法は価値のあるものだというのが、アイリの下した判断だった。
孤児達は基本的にお金やはっきりとした身分証を持っていない。
いま拠点としている国ではまともな治療も受けることができないのである。
万が一誰かが大きな怪我を負った場合は切り捨てるしかないのだ。
今回のことを隠し通せば、後は仲間内で気を付ければそういった苦しみが生まれなくなるのは大きい。
これまでの暮らしから考えればそれは奇跡のような話しだった。
「ジロウはこのままオレらのところで暮らすんだよな」
「追い出されない限りはな」
「ならさ、オレらの我儘を聞いちゃくれないか」
「オレらって?」
「ここに居る全員とアイリに付いていった男どもを含めてオレらだ」
「…どういうことだ」
ユウキは周りの仲間と目を合わせて頷く。
「オレらってさ、ぶっちゃけ頭良くねえんだよ。アイリの話してることを辛うじて理解できるのは居なくもないけど、今日みたいなことを説明されたときは正直誰かに丸投げしてえって思う。
いまは仲間に背中借りちまってるけど、実はオレってこの組の中で2番目に強いんだぜ。だから2番手を名乗っちゃいるが、周囲との話し合いのときなんかはアイリに任せっぱなしだ」
そう告げる彼の目には悔しさが滲んでいる。
「そう、なのか」
「そうなんだよ、そんで今回の話しってわけだ」
ユウキは仲間の背を叩き地面へと座らして貰う。
ジロウを背負っていた者も足を止め、同じようにジロウを地面に座らせた。
「つまりだな、腕っぷしはオレらが何とかするからそういった話し合いの場ではお前がアイリを支えてやってくれないか」
「…まだ会って間もないだろうが」
「そんなオレを魔法まで見せて治したバカは誰だよ」
照れ隠しでそっぽを向いて呟く姿にユウキと仲間達は笑う。
「きっとお前の魔法は…いや特技はアイリにとって切り札になる。それくらいはオレだって分かる」
「オレが自主的に去るとは考えないのか」
眉をひそめて告げると、ユウキだけでなく他の少年も笑いだした。
「あり得ねえな」
『『『ああ、ないな』』』
「なんでだよ!」
ジロウは思わず立ち上がって叫ぶ。
それを笑いながらも諫めてユウキは続ける。
「ジロウ、お前アイリのことが気になってるだろ?」
「んな!?」
「ハハハハハ、分かるよそれくらい。オレらだって同じだしな」
『『『そうだな!』』』
口をぽかんと開けて立ったままでいるジロウの手を引いて座らせると、ユウキは自慢げに話す。
「だってあんなに良い女なんだぜ、惚れない方がどうかしてらあ」
周囲も頷いて同意するのを見ると良く慕われているのが分かる。
思慮が深く仲間を大事にし、周囲を動かすだけの知恵と行動力。
目つきはきついが身体は引き締まっており、大人びた雰囲気は同世代の少女と比べものにならない。
喧嘩っ早い孤児達をまとめ上げていることも含めると、行動派の人間にはとても魅力的に感じるだろう。
「もっと正直なところを話してしまえば、アイリの傍に実力のない男が着くのは許せねえ。しかし腕っぷしだけでどうにもならねえことも理解しているからな。そこでジロウには他の組のそういった連中への予防線になってて欲しいんだよ」
「受けるなんて言ってねえだろ」
「いや受けてくれ、そして何が何でもアイリを支えるとオレに誓ってくれ」
「…なんでそこまでするんだ」
急に真面目になったユウキに戸惑う。
周囲も少し変に思いながらも、仲間内では1番の男に口を挟むようなことはせず見守り続ける。
「なんとなくじゃだめか」
目は口ほどに物を言う。
先程もそれでユウキはジロウを信頼したのだ。
ジロウにもユウキの想いは伝わっていく。
夜風が撫でる中、長くも短くも感じる時間を超えてジロウは頷く。
「誓うよ、アイリを支える」
「ありがとうジロウ」
ユウキはふっと表情を崩すと張り詰めた空気が流れていった。
ジロウがこの《世界》で、上辺だけではない友達と仲間を手に入れた瞬間であった。