管理責任者の憂鬱2
アルバトラスは普段、ダンジョンの再奥にある居住区に篭って出てこない。その居住区とダンジョンは堅牢な扉に隔たれていてアルバトラス以外は開けられないようになっている。
堅牢な扉の前はちょっとした広場になっており、扉を守るように趣味の悪い石像が置いてあった。
晶はソフィアを背負ったまま堅牢な扉を拳骨で力任せに叩いた。
「開けてください! ソフィアが怪我をしてしまったんです!」
続く沈黙。ソフィアの荒い呼吸。募る焦り。晶は縋るように何度も繰り返す。
「お願いします! 社長!」
どれ位時間が経っただろう。晶の拳骨が砕けかけた頃、漸く重い扉が僅かに開けられた。
「騒々しい。私は忙しいのだ」
扉の隙間から聞こえるアルバトラスの不機嫌な声。再び閉められようとする扉の隙間に晶が手を差し込み止める。
「待ってください。彼女が怪我をしたんです。このままだと死んでしまうかもしれません」
再び沈黙が続き、分厚い扉が重々しく開かれる。
「入れ。診てやる」
ソフィアをアルバトラスの寝室に運び入れた後、晶は直ぐに堅牢な扉の外に追い出された。
時間にして30分程だろうが晶にはとても長く感じた。重い扉が開かれ、アルバトラスが出てくる。
「ソフィアはどうですか?」
子を持つ親の気持ちとはこういう感じなのだろう、と晶は思った。ソフィアの容体が気になってしょうがなかった。
「一応、処置は施し今は寝ている」
晶はほっと胸骨を撫で下ろす。しかし、続くアルバトラスの言葉で一気に奈落の底に突き落とされた。
「処置といっても矢を抜き止血しただけだ。傷は臓腑にまで達している。このままだと一日も経たずに死ぬだろうな。錬金術で薬を作れば治療も可能だが、貴重な材料を消費してまで生き長らえさせる価値などあれにはない」
縋るような晶の視線を、アルバトラスは鬱陶しそうに手で払う。
「あれはまだ生きているうちに生贄として使う。お前はもう仕事に戻れ」
「そんな……」
愕然とする晶。アルバトラスにとってソフィアの命の価値は錬金術に使う材料より低いのだ。アルバトラスらしい実利主義的な考えである。
しかし、晶も引き下がるわけにはいかなかった。
「ソフィアを助けることが社長にとって得になれば、治療をしてくださるのですよね?」
「ほう、あれを生き長らえさせることが私の益になると?」
「もし、ソフィアを助けてくれたら、これから先ずっと俺が錬金術の材料を手に入れてきます。もちろん今回の治療に使う材料もです。それなら社長にとって治療した方が得ってことになりませんか?」
しかし、アルバトラスは嗤い、枯れ枝の様な指先を晶の鼻骨に突き付けた。
「下らん。お前が錬金材料を取りに行くだと? 契約を結んだお前の労働は元より私の管理下にある。ただでさえ先日の襲撃で罠整備のスケルトンを2体も失ったのに、錬金材料の採取に回せる労働力がある筈ないだろう。それにな、下級スケルトン如きが希少な錬金材料を取ってくるなど傲りも良いところだと知れ。精々、洞窟の周りで草むしりをする程度が関の山だ。お前の言い分はわかったが、この取引は私にとって何の益も生まない。それすら理解できぬのなら二度と私に意見などするな」
アルバトラスはそう言って晶に背を向けた。
晶は返す言葉が見つからなかった。
根本から意見を否定され、弁明しようにも言葉が出てこない。自分の無力さを痛感させられ、何か喋ろうとしても尻込みしてしまうのだ。
(ああ、前にもこんなことあったな……)
就活中の圧迫面接を思い出し、晶は存在しない胃がキリキリと痛むようだった。晶のトラウマだった。
アルバトラスの曲がった背中が重い扉の向こうに消えて行く。
こうなるだろうことは晶には薄々分かっていた。
アルバトラスは人間が嫌いなのだ。薄暗いダンジョンの奥に一人で篭り、人ならざる者たちに守らせ侵入者を排除する。他人との接触を避け、他人がどうなろうとまるで興味がない。
何が彼にそうさせているのかまでは分からないが、引き篭もりだった晶にはアルバトラスの気持ちが痛いほどよく分かった。
就職活動に挫折し引き篭もっていた頃の晶の生活は、今のアルバトラスと同じだった。
ボロアパートの奥に潜み、他人との接触を避けていた。学友から飲み会の誘いがあっても断り、SNSも見ないようにしていた。誰がどんな仕事に就いているとか、どんな生活を送っているとか興味がないフリをしていた。
でも本当は怖いだけだった。他人と比べて自尊心を傷付けるのが、今の自分を他人に知られ蔑まれるのが、嫌われてしまうのが怖かった。
だから他人との接触を断ち切ったのだ。
アルバトラスは自分と同じ、ただの引き篭もりだ。このダンジョンに来た時から晶はぼんやりとそう感じていた。
彼も晶と同じで、他人に興味がないわけではなく興味がないフリをしているだけなのだ。
しかし、ソフィアの憫然たる生い立ちを知ってしまった今、もう興味がないフリなどできない。
『置いていかないで』と彼女は言ったのだ。
例えいつか生贄に使われる命なのだとしても、もしここで引き下がり彼女を失ってしまえば、もう二度と自分を信じられなくなる。晶はそう思った。
挫けそうになる心を奮い立たせ、一歩前に足を踏み出す。
もう二度とあのボロアパートに引き篭もりたくはなかった。
晶の首で翠緑のネックレスが輝く。
今まさに閉ざされようとしていた分厚い扉に向かって晶は叫んだ。
「本当は治療なんてできないんじゃないですか!? 自信がないから材料が勿体無いと嘯いているだけなんじゃないですか!?」
「なんだと……」
扉が開きアルバトラスが戻ってくる。その表情は険しい。
経営者たるアルバトラスの放つ怒気に晶は怯み膝骨が竦む。しかし晶の決心は揺るがなかった。
「俺はできますよ! 錬金材料の採取! 証明してみせます! だから、社長はソフィアを治療できることを証明してくださいよ!」
ただの屁理屈に過ぎないのかもしれない。けれど妙案浮かばない晶にはこれしか方法がなかった。
拳を握り、アルバトラスの返答を待つ。
「……ほう、そこまで言うのなら証明してみよ。そうだな、まずはトロールの生き肝を取ってきて貰おうか。期限は夜明けまでだ。それまでに戻らなければあれは生贄にし、お前も廃棄だ。よいな?」
(廃棄か……、廃棄ってなんだろう)
分からないことばかりだった。しかし、晶にやらないという選択肢はなかった。
「分かりました」
晶は鷹揚に頷く。




