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彼の部屋へ

 拓途の家は、橋を渡って5分ほど歩いた場所にあった。わたしのアパートからは、歩いて数分。彼がこんなに近くに住んでいたなんて、思いもしなかった。


 そこは古い木造住宅が並ぶ一角だ。古びた木の格子戸のわきに、『高橋』と表札が上がっている。玄関灯のオレンジがかった光が、辺りをぼんやりと照らしている。


 拓途が戸を開けると、玄関の壁へ沿うように、彼の自転車が停めてある。


「入って」


 拓途がわたしを招き入れた。うわずった声。彼は、不自然にぎくしゃくした動作で、わたしにスリッパを出してくれる。どうやら緊張しているらしい。女性を家に呼ぶのは、わたしが初めてなのかもしれない。


「こっち」


 拓途は、家の奥へ入っていく。


「お邪魔します」


 わたしは、拓途のあとについて廊下を歩く。ピカピカに磨かれた床。彼のお母さんは、きちんとした方なんだろう。


 ふすまの開いた部屋の前で、ふと立ち止まる。鴨居にかかった白黒の写真に、わたしは目を奪われた。30歳代くらいの男性の写真だ。目尻を下げて、拓途とそっくりな笑い方をしている。この人が、拓途の亡くなったお父さんなのかもしれない。


「何してんだ。2階、上がるぞ」


 拓途がわたしを呼んだ。わたしは小走りで、彼についていく。


「気をつけろ。階段、急だから」


 拓途は照れくさそうに言い、ゆっくりと階段を上がる。わたしも彼のあとをついて歩く。拓途が、部屋の明かりを点ける。


「えっ……」


 中に入った途端、わたしは言葉を失う。


 びっくりするくらい、汗臭い部屋。


 床に、いろんなものが散乱している。脱ぎ捨てられたTシャツ、くしゃくしゃのスポーツタオル、スマートフォンの充電器、エアコンのリモコン、ヘアワックスの容器、丸まったティッシュペーパー。ベッドの上にも、脱ぎ散らかした洋服が散乱している。


 拓途はリモコンを拾って冷房のスイッチを入れると、ポンと床に放り投げた。


 わたしの足元に、読みかけで開いたままの雑誌があった。若い男性向けのファッション誌のようだ。『女子ウケNo.1』『女子にココまで見られている!』『モテ服、モテ髪』そんな見出しが目についた。ページの端には、しっかり折り目がついている。


 拓途は、わたしが雑誌を眺めているのに気づくと、あわてたようにそれを拾い、勉強机に放り上げる。


「女の子にモテたいの」


 わたしは拓途をからかう。彼は、真っ赤になってそっぽを向く。


「モテたいなら、まず部屋をきれいにしないと。あんまり汚いと、女の子がびっくりして帰っちゃう」


「うるさいよ」


 拓途は不機嫌な声を出す。そう言いながらも、彼の手は、ベッドの上に散らばった服を片付けている。

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