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少年は、男になる

 わたし達は、女性の店員に声をかけられる。さっき拓途が大きな声を出したから、注意されると思った。でも、その予想は外れた。この店では、夜22時を過ぎてしまうと、18歳未満の青少年は店内で食事ができないと、その店員さんは、にこやかに、丁寧な口調で説明した。


 わたし達は、ハンバーガーショップを出るしかなかった。


「家はどこ? 送ってく」


 拓途はわたしの手を握る。彼の手は、汗でべっとりと濡れている。わたしは拓途を見上げた。彼は照れくさそうに視線をそらす。


「駅と反対側にまっすぐ行って、橋を渡った先に小学校があるでしょ。あの裏の住宅街なの」


 わたしは、自宅の場所を説明する。


「その小学校、通ってた」


 拓途が頬をゆるめる。


「わたしも通ってたよ」


 わたしが本物の15才なら、拓途とは、同じ学年でいられたのに。同じ小学校の出身とはいっても、わたしの正体は35才のおばさんだし、20年も先輩なのだ。もし本当に彼と同い年ならば、小学生のときの思い出話で盛り上がれた。そう思うと、わたしは寂しくなる。


「わたし達、けっこう近くに住んでるかもね」


 わたしは話題を変えた。


「俺、近道を知ってる。行こう」


 彼は、わたしの手を引いて歩き出す。灯りの消えた住宅街に、わたし達の足音だけが響く。


「拓途は、どの辺りに住んでるのかな」


 わたしは訊いた。


「なつの家に、行く途中で通る」


 なぜか、彼の返事がそっけない。


「気になるんなら、俺の家へ来いよ」


「ちょっと訊いただけ」


 わたしは気まずくてそっぽを向く。


 拓途がいきなり立ち止まり、わたしの手を強く引っぱる。


「今、それ訊くか?」


 彼はひどく怒っていた。家の場所を尋ねただけなのに、なぜ叱られるのか、わたしにはわからない。


「今のタイミングで訊かれると、なつが、俺ん家に来たいのかと思っちゃうだろ」


「えっ、そうかな」


「しゃべる前に、相手がどう思うか、よく考えろ。なつは、深く考えないで、パッとしゃべるからダメなんだ」


「違うでしょ。拓途が、わたしの話をきちんと聞かないで、都合よく誤解するから」


「わかった。この話、止めよう。せっかくふたりでいるんだし、ケンカしたくない」


「わかった。しゃべらないで黙ってる」


 わたしは、文句を言いたいのをぐっとこらえる。


 そもそも、拓途が先に怒ったから、ケンカになったのだ。彼とこんなに長い時間、一緒にいるのは初めてなのに、ラブラブで甘い雰囲気にもなれないなんて。


 重い空気を引きずったまま、わたし達は歩き出す。


 街灯のわずかな灯りが、やけに寂しい。


 拓途は怒りに任せるように、わたしの手を強く握る。そして、ものすごい早足で歩く。そのせいで、わたしは足がもつれそうになった。もっと、ゆっくり歩いてくれればいいのに。でも、『しゃべらない』と言った手前、意地でも話しかけたくない。


 わたしは仕方なく、拓途の手を引っぱる。


「だから、そういうことするな」


 拓途は振り向いた。なぜか、泣きそうな顔をしている。


「エロいこと、したくなるだろ」


 彼はわたしの肩をつかんで、住宅の塀に押しつける。わたしはびっくりして、拓途の目を見る。


「そんな目で見るな。我慢できなくなる」


 拓途の顔がぐっと近づいて、額がくっつく。彼は目を閉じて、大きく息をついた。まるで、心を落ち着かせているようだ。拓途は、ギリギリのラインで踏み止まっているのかも。


 そんな彼を見ていられなくて、わたしはひとりで帰ろうと思った。そのとき。


「なつが、エロいことしてもいいよって言うまで、俺は、耐えるから」


 拓途の声が、少し震えている。


「これからずっと、俺と一緒にいてくれる?」


 彼が目を開けた。その目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

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