てーそーのきき
わたしがポテトをつまむと、拓途は安心したみたいに笑った。その顔が見たくて、わたしは次々とポテトフライに手を伸ばす。
「やっぱり、なつは食うの好きだな」
拓途は、目尻を下げる。
拓途が、わたしを“なつ”と呼んでくれた。彼は、わたしが本物の15才ではないと知ったあと、わたしのことを“あんた”と呼んだ。わたしは拓途に“あんた”と呼ばれるたびに、冷たく突き放されたようで悲しかった。でも、彼にそんな態度を取られても仕方のないことを、わたしはしたのだ。
「拓途はどうして優しいのかな。わたしは、正体がおばさんだってことを隠して、拓途に嘘をついたのに」
わたしが訊くと、彼は困った顔になる。
「拓途の気持ちを踏みにじって、申し訳ないって思ってる」
「その話、もういい」
拓途がそっけなく言う。
「わたしを許してくれるの? 拓途は、わたしが35才のおばさんだってわかっても、これからも会ってくれるのかな」
「そういうこと、いちいち言うな。冷めるから」
拓途は嫌な顔をする。
「考え方、変えてみた」
彼の声は、寂しげだ。
「なつは、二次元みたいなもんだと思うことにした」
拓途は、わたしの知らない言葉を使った。
「にじげんって何?」
「なつは二次元、知らないのか」
拓途はため息をつく。
「現実じゃありえないほど、可愛いっていう意味」
彼はうつむいて、ドリンクのカップにストローを挿す。
「だけど、何でこんな遅くにわざわざ、俺に会いに? その高校生の格好で会うの、いつも夕方だったよな」
拓途は、話題を変える。
彼にそう訊かれた途端、わたしは泣きそうになった。
「元に戻れないの」
わたしは涙をこらえて、唇を噛む。もう二度と、35才には戻れないかもしれない。
「何? どういうこと?」
「いつもは夕日が沈んだら、すぐに35才に戻れるの。でも今日は、ずっと15才のまま」
「えっ、本当に?」
拓途の顔がパッと輝く。
「戻んないの? 15才のまま? ずっと?」
拓途が何度も訊き返す。
「うおお、やった!」
拓途が叫ぶ。大きな声だ。他のお客さんも店員も、みんなびっくりしてこちらを見た。
「『やった!』なんてひどい。わたし本当に困ってるのに」
「だって嬉しいって。このままずっと、なつと一緒にいられるんだ」
拓途がわたしの頬を両手で包む。
「ちょっと、止めて。人が見てる。恥ずかしいよ」
「じゃあ、家に来る?」
拓途がこともなげに言う。
「もう夜中だよ。家にお邪魔するなんて無理。お母さんや咲和ちゃんだって、困るでしょ」
わたしは拓途を諭す。
彼のスマートフォンの画面に、21時46分と書かれている。けっこう時間も遅い。拓途がわたしみたいな派手な女の子を連れて帰ったら、彼のお母様はきっと心配される。
「家は、誰もいないよ。親は仕事で泊まりだし、咲和も男に会ってて、たぶん帰らない」
拓途はのんきな声を出す。
「それ、余計にまずい」
家族が誰もいない家で、男女がふたりきり。拓途がわたしの身体を求める。そういう流れになるのは、目に見えている。
「貞操の危機を感じるよ。拓途の家へ行くのは嫌だ」
わたしが答えると、拓途がぽかんとした顔をした。
「『てーそーのきき』って、何だ、それ」
「そんなの知らなくてもいいよ」
わたしは説明するのが恥ずかしくて、言葉の意味を教えない。
「ふうん」
拓途は冷めた目で、わたしを見る。
「もしかして馬鹿にしてる? じゃあいい。自分で調べるし」
彼はスマートフォンを手に取った。
「てーそーのきき」
拓途がいきなり画面に向かって、声を出す。
「『ていそうのきき』について、お調べします」
スマートフォンから、機械的な女性の声でアナウンスが流れた。
拓途は、インターネットで言葉の意味を調べているのだ。スマートフォンは、文字を入力しなくても、声を出して画面に話しかけるだけで、ネット検索ができるらしい。わたしは機械に弱いせいで、上手く使いこなせていないけれど。
「へえ、そういう意味か」
拓途はスマートフォンを見てニヤニヤと笑う。
「なつは、俺にエロいことされると思ってんだ。それで、難しい言葉なんか使って、ごまかしたのか」
「そこまでズバッと言わなくてもいいでしょ」
わたしは顔が熱かった。『エロいこと』なんて言い方をされると、生々しくて恥ずかしい。
「なつが嫌なら、俺は、そういうことしない」
拓途は低い声を出す。その様子は、いつもの彼より少し大人びて見えた。




