ママが消えた
日が傾き出してから、私は、はるを連れて散歩に出る。
「お馬さんのシーソー、楽しかったね」
私は今朝のお出かけのことを話しながら、はると手をつないでのんびりと歩く。保育園へは、大人の足でも歩いて10分ほどの道のりだ。その真向かいにある公園には、誰もいなかった。
「んましゃん」
はるは叫んで、私の手を振りほどき、ひとりで走り出す。古びた木製シーソーの手すりにしがみつくと、嬉しげに腰を上下させる。
私は、はるを抱えて、シーソーの座席に乗せる。
はるが奇声を上げて喜ぶ。
私は反対側の座席を手で押してこぐ。
はるが、ケタケタと笑い声を立てる。
15分、20分と続けても、はるは飽きない。私は疲れて手を止める。
「いや」
はるが駄々をこねる。
「ママ、もう疲れたよ」
ずっと足を曲げ伸ばししたせいで、私はひざが痛い。
「いや」
はるがしつこく続きをねだる。
私は仕方なしに、公衆トイレの壁についた時計を指した。
「あそこに時計があるでしょ。あの時計の針が、両方とも下へついたら、お家に帰るよ。はるが嫌でも、ママは帰るからね」
時計の針が18時15分を指した頃、もう一度、時計を指す。
「はる、見てごらん。今、時計の針が、真ん中まで来たね。あれが一番下まで行ったら、お家に帰るよ」
私はしっかり念を押す。
「ちっこ」
はるが小声で訴えた。
私は急いで、はるを公衆トイレへ連れて行く。天井の蛍光灯が切れかけて、チカチカと瞬いている。トイレの中はかなり薄暗い。
「だっこ」
用を足し終えたあと、はるは私にしがみついて甘えた。
はるを抱いて、暗いトイレを出る。外の光は、やけにまぶしい。わたしは目が痛くなって、光から顔をそらす。目が慣れるのを待って上を見ると、空はもう、薄いオレンジ色に染まっていた。トイレの壁についた時計は、18時27分を指している。
「はる、もう帰ろうね」
わたしが声をかけると、はるは身体をビクッと震わせて、激しく泣いた。
「嫌でも、帰るよ」
わたしは、はるをしっかりと抱く。はるはエビ反りをして、わたしの腕の中でもがいた。
「どうしたの。お家に帰るのが、そんなに嫌?」
わたしは、はるの顔を覗き込む。
はるは両手で力いっぱいわたしの胸を叩く。まるで知らない人に抱っこされたような、ひどい嫌がり方だ。
「そんなに叩いたらママ痛いよ。痛いことするから抱っこやめるよ」
わたしは、はるを地面に降ろす。
目の前に、自分の足が見えた。そこには、赤いタータンチェックのミニスカートがある。驚いて自分の全身を見直すと、わたしは、紺のVネックベストと白いブラウスの制服姿になっていた。
「あっ」
わたしは、また15才の少女になってしまったんだ。




