まるで彼氏みたいな
次の日は、仕事が休みだった。
私は、はるが起き出す前、まだ暗いうちに寝室を抜け出す。
流し台の上にある小さな蛍光灯を点けた。頼りない薄明りの中で、なるべく音を立てないよう、朝食の下ごしらえをする。せめて休みの日ぐらい、はるには、手間をかけた和食を食べさせたい。
鍋を火にかけている間に、米を研いで炊飯器をセットした。昆布とかつお節でだしを取り、じゃがいもとわかめと玉ねぎで、みそ汁を作る。具がとろとろになるまでよく煮たおつゆが、はるは大好きなのだ。
空がうっすらと白み始めた頃、私は、スマートフォンを手にベランダへ出た。早朝は、空気が冷たくて心地いい。私の頭の真上では、ダークブルーの空がまだ星をたたえている。
私は、LINEの画面を開く。『拓途』の項目を選び、彼からもらったメッセージの履歴を見た。
>今 話せる?
>まだダメ? 忙しいか 何時ぐらいに話せそう?
>今日 会えなかったけど 何かまずいことあったかな
>うをーい もう寝ちゃった?
最初のメッセージが、昨夜の21時56分に届いて、そのあと15分、30分と間を空けて、彼は何度も私と話そうとしていたようだ。
私が昨夜、はるの世話を優先し、彼への返事をほったらかして寝ちゃったから悪いのだけれど、それにしてもせわしない。私は、まめに連絡ができないし、こんなに返信を急かされるようじゃ、彼とLINEで交流を続けるなんて無理。やっぱり、きちんと断らなくちゃいけない。
メッセージには、まだ続きがあった。日付が変わる頃に、連続でいくつか届いている。
>いい加減しつこいなって 自覚はあるけど また送っちゃった
文章のすぐあとに、“スタンプ”がついていた。人物のイラストだ。頬を赤らめ、もじもじしている。
>でも なつと長くつきあいたいし 急がないようにする
>じゃあ また
彼からのメッセージはそれで最後だった。
『長くつきあいたい』
まるで、彼氏みたいな書き方。
私達が初めて会ってから、数日しか経っていないし、まさかそんな意味じゃないだろう。『お前とは、長いつきあいだから』なんて言えるような親友になりたいってことかな。
しかし、こんな風に書かれたら、彼への返信はどうすればいいのか。
『ごめんなさい。もうLINEで話したり、会ったりできない』
そんな冷たい文面にはできない。
よく考えれば、電話やメールでおわびするのは非礼なことなのに、LINEで謝るなんて、やはり彼に申し訳ない。
『会って話したいことがある』
今はとりあえず、それだけを伝えて、後日、15才の姿になれたときに、きちんと顔を合わせて謝るべきなんだろうか。
でも、それじゃダメだ。
『会って話したい』
そんなことを書いたら、彼に恋の告白でもするみたいに受け取られないだろうか。万が一にでも、誤解されたら困る。気を持たせるような言葉を書いたあとに関係を切ったら、あの男の子を傷つけてしまいそうだ。
私は心が決められないまま、頭の中で、ぐるぐると堂々巡りをしてしまう。私は、スマートフォンを手に考え込んだ。すると。
「ママ」
はるの声がした。




