S8 従兄妹会1
叔父達が帰ると亜佐美は佐和子を手伝って食器を片付けた。
リビングも片付けると佐和子はまた来週と言って帰っていった。
保坂と二人になって、日本茶を淹れソファーに座る。
「慎兄や昌兄が夜は若者だけで一緒に食べないかって言ってるけど?」と亜佐美は保坂に伝えた。
「ん?夜も?」
「滅多に会わないからこの機会にと言ってたけどね」
「あまりお腹が空くとは思えないな」と保坂はお腹をさすりながら答えた。
「疲れた?」
「いや、疲れてはいないよ。ちょっと緊張はしたけどね」
「あなたのご両親が来られるときは私が緊張する番ね」
そういう亜佐美に、「あっちも緊張してるんだ。お互い様だよ」と言って笑った。
「たぶん遅い時間から居酒屋だと思うな、今夜は」と亜佐美が言うと、
「それなら参加しよう」と保坂が笑った。
「瑠璃ちゃんは一緒じゃないだろう?居酒屋なんて」
「そうだよね。でも瑠璃を仲間はずれにできないし・・・」
保坂は少し考えていたが、「君さえ疲れてなければもう一度ここに来てもらったら?」
「私は良いけど・・・」
「で、何か食べたくなったら食べに行けばいいじゃないか」
「あ、そうだよね」
「うん、決めなくても適当にでいいんじゃないか?酒はここにもあるし」
「一也さんさえ構わなければそう言ってみる」
「わかった。じゃ、僕はメールチェックしてくるよ。
今夜遅くなりそうなので、明日は仕事しないように今やっておく」
「悪いわね」
「なんの!明日は日曜日なんだし、書類見なくてもいいさ」
そう言って、コーヒーマグを手に取り保坂は自室へ移動した。
日曜日も家で仕事するつもりだったんだと亜佐美は呆れてしまった。
それが保坂なんだけど、少し仕事が多すぎる気がする。
せめて明日の朝はのんびりとさせたいなと思った。
亜佐美は瑠璃に電話をかけた。
もう一度亜佐美の家で集合して飲み会にしましょうと提案すると、瑠璃は大喜びで後で3人で押しかけるねと言って承諾した。
さて、夜に備えてちょっと横になるかとソファーに深く腰を降ろした亜佐美はすぐに眠ってしまったようだ。
ふと気配がして目を開けると、心配そうに保坂が亜佐美の顔を覗き込んでた。
「あら、私ったらいつのまにか眠ってしまって・・・」
「大丈夫?亜佐美、疲れてない?」
「うん。全然大丈夫です。少し眠ったので頭がすっきりしてます」
「それならよいんだけど」
亜佐美がゆっくり上体を起すと、「僕のほうは終わったよ」と保坂が言った。
「このまま夜に飲み食いするまえに、お散歩いかない?」亜佐美がそう提案すると、
「そうだな。ちょっと身体を動かしたほうがいいな」
それぞれの部屋に上着を取りに行って、戸締りを確かめる。
「本屋に行ってみない?」
「うん、いいよ」
角のスーパーの方向に歩き始めたとき、先ほど気になっていたことを亜佐美は聞いてみた。
「さっき、伯父が帰るときになにか話をしていたようだけど?」
「ん?あぁ、ちょっとね」
「結婚式のこと?」
「いや、式のことではないんだけど、結婚のことだよ」
「そうなんだ・・・」
「気になる?」
「いえ、そうでもないんだけど」
「ちょうど今夜君の従兄妹さんたちが来るから、その時に話すよ」
「えっ?皆にも関係があるの?」
「あぁ、そうだ。皆にも関係してもらう。巻き込むんだ」そう言って、保坂はニヤリと笑った。
本屋のあとはそのまま商店街を歩いて、ゆっくりといろんなお店を眺めながら散策した。
駅から続くアーケード付きのその通りは街の一番の繁華街だ。
二人はアーケードの終わるところまで行き、更に足をのばしてそれに続く住宅街に入って行った。
小さな児童公園がある。その横に幼稚園と小学校があった。
亜佐美姉妹や茜が通った小学校である。
その小学校のある一角をぐるりと回って再び商店街に戻ってきた。
途中、ケーキショップで瑠璃のためにケーキを買って帰途についた。
明るい商店街をはずれると少し暗くなり始めていた。
ケーキを冷蔵庫に入れて、上着を置きに自室に行く亜佐美の後を保坂がついて来た。
クローゼットの前で上着に手をかけると、保坂が後ろから脱がせてくれる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」保坂はわずかに微笑んでいた。
亜佐美が上着を仕舞うと、保坂は自分の部屋まで亜佐美の手を繫いで移動した。
亜佐美をベッドの端に座らせておいて、自分で上着を脱ぐとそれを椅子に掛けた。
次に亜佐美の前に来て、亜佐美の肩を押してベッドに横たえると身体を亜佐美にくっつけて横になった。
手を亜佐美の腰に回し、ゆるやかに抱擁する。
「15分だけ」
「うん?」
「15分だけこうやってくっついていよう」
「ん~~、一也さん」
亜佐美はわかったという合図に一也の肩に額をくっつけて擦り寄った。
二人は向き合ったままくっついて横になっていた。
「今日は僕の歓迎会を開いてくれてありがとう」
「どういたしまして」亜佐美がクスクス笑う。
「夜は亜佐美は何も作らなくていいからね」
「え~~?途中で皆のお腹が空くかもよ?」
「いいんだ。外にでかけてもいいんだし、僕が作っても良い」
「え?・・・・」
「僕だってできるよ」
「ん~~~」
亜佐美が難しい顔をすると、「僕のピザとか、僕のパスタとか・・・冷凍庫にたくさんあるから大丈夫だよ」
亜佐美がぷっと吹き出した。
「あの人たちに手伝ってもらうと減りが早くていいわね」
「だろ?」
「グッドアイデアだわ、それ」
ふたりは顔を見合わせてクスクス笑った。
しばらくして二人はダイニングに移動し、グラスやカトラリーを準備する。
ほどなく瑠璃から連絡があって亜佐美の3人の従兄妹が到着した。
二条家の長男慎吾、次男昌紀、長女で末っ子の瑠璃が遠慮もなく庭からリビングに入ってきた。
保坂が誘って慎吾と昌紀は保坂の部屋にワインを選びに行ったあと、亜佐美と瑠璃は先ほどかってきたケーキを食べようと紅茶を淹れることにする。
「疲れてない?」と瑠璃が気遣って亜佐美に声を掛けた。
「うん。平気よ。それに外にはぐだぐだできないじゃない?」と亜佐美が答える。
「まだ夕食には中途半端だものね。お昼たくさんいただいてお腹空いてないよ私」
「お腹が空いたら言ってね?何かしらあるから~」亜佐美はそう笑って瑠璃に紅茶を勧めた。
亜佐美と瑠璃がケーキを選んでいるところに保坂たちがワインを持ってダイニングに戻ってきた。
保坂がワインを開けようとしていてケーキは食べないらしい。
亜佐美が冷蔵庫を空けようとすると、保坂が「亜佐美さん、僕がするから座ってて」と亜佐美を制した。
「そうだよ、お姫様二人はケーキ食べなさい」と慎吾が言うと、瑠璃が「慎兄が買ったケーキじゃないのに・・・」と笑っていた。
「じゃ、お言葉に甘えて!」そう言って、亜佐美は瑠璃の隣に座ってケーキの皿を引きよせた。
保坂はワインを3つのグラスに少し注ぎ、そのうち1つを取り上げて少し口に含んで飲み下した。
その後で2つのグラスを慎吾と昌紀にそれぞれ渡して、軽く頷き試飲を勧めた。
「やっぱり高級なワインは美味いな」慎吾がほっと長い息を吐きながら言った。
亜佐美と瑠璃がケーキを食べているダイニングにどかりと座り込んで、
「で、こんな上等なワインを振舞う魂胆を聞かせてもらっても?」と保坂に聞いた。
保坂と昌紀も空いた椅子に座る。
昌紀は保坂にグラスを差し出して、「僕も聞きたいな」と言った。
保坂はワインを彼らのグラスに注ぎ足しながら、
「別にたいした考えがあるわけじゃないですよ。
お近づきの印というのかな、それとせっかくだから美味しいワインを飲んだほうが良いと思うだけだよ。ワインには飲み頃というのがある」
そう言って二口目を飲んだ。
「ふ~ん、そういうならそれで良いけどね」慎吾も笑いながら二口目を口に含む。
「まぁ、こういうテーマの無い日も良いんじゃない?」昌紀が慎吾をなだめている。
保坂は苦笑しながら、「酔っ払ってしまう前に少しだけお願いをしておこうかな」とみんなの顔を見渡して言った。
昌紀が「そうこなくっちゃ」と笑って保坂を促した。
「いや、たいしたことじゃないんだけど、僕には出来ないことなので」と前置きした後に、
「亜佐美さんと僕が結婚して東京に住む時期がくる。
結婚するだけなら亜佐美さんの名前が変わるだけなんだけど、東京に引越すとなると亜佐美さんの不動産の管理方法が今とは少し変わってしまうと思うんだ」
亜佐美ははっとした。
やはり保坂は計画魔だと思うとニヤリと笑いそうになった。
「確かに今とは違ってくるだろうな」慎吾が頷いた。
「僕は亜佐美さんの保有するものに係らないことを最初に言って置きたいんです」と保坂は言った。
「なのにあえてこの話をするのは?」今度は昌紀が聞いた。
「遠距離で管理するにはどうすればいいかと考えたのですが、
ひとつは今よりもオンラインでの管理を増やすということ。
もうひとつは二条不動産の、つまり伯父さんの作業を増やしてもらうということ。
委託の範囲が広がるということになります。
この2つで解決できると思うのですよ」
皆が黙って考え始めたのを確認して、保坂はさらに補足説明をしていく。
亜佐美は自分がまだ考えていなかったことなのに、保坂がアドバイスと称していろいろ考えてくれることを嬉しく思った。
「まぁ、まだ今は実際にその時期ではないのですが、時期がきたら二条さんのほうを少し助けていただきたいんです。
PCでの作業が増えますからね。
そのお願いなんです」
保坂が最後に慎吾と昌紀にそう締めくくった。