S7 歓迎会
次の週末の土曜日、亜佐美の伯父一家を招いて婚約報告の席を設けた。
引越し祝いにしても同棲祝いにしても、祖母の貴子や伯父夫婦の年代では考えられないことだ。
年寄りにとってはお祝いするという感覚にはならないだろう。
そこで、保坂の両親が来たときに両家の顔合わせの食事会をすることにして、
一也が二条家の身内になるということで歓迎会という言葉で集まってもらったわけだ。
集まってしまえば和気藹々となるのだが、亜佐美としては結構気を遣って言葉を選んだつもりだ。
保坂は一応近所の中華料理店にしようと提案したが、亜佐美は手料理でもてなしたかった。
実際のところ大人8人である。亜佐美にとってはそれほどたいへんではなかった。
献立を考え、食材やお酒を揃え、金曜日には張り切って下拵えをした。
掃除はお手伝いの佐知子がやってくれるので、料理だけでいいのだ。
改装した保坂の部屋も見るはずだから、保坂の部屋を整えて窓を空けて空気を入れ替える。
軽い朝食を終えて、さっそく料理に取り掛った。
保坂はネット回線の強化をすると言って寝室と事務室とリビングを順番に作業している。
お昼前に佐和子が来て玄関や洗面所の掃除にとりかかった。
食事の後片付けもあるでしょうからと予定を変更して土曜日出勤だ。
保坂の引越し以来佐和子と少し距離が近くなったようで、その申し出を亜佐美は素直に喜んだ。
伯父夫婦と祖母の貴子は正午ちょうどに一緒にやってきた。
従兄妹達もそれぞれやってきて、改装した部屋を見て口々に意見を言い、和気藹々とした昼食が始まった。
「それにしても、びっくりだよ」
「あぁ、まったく驚かされるな」
「よかったね、亜佐美ちゃん」
従兄妹達が亜佐美と保坂の同棲を冷やかす傍で、伯父夫婦と祖母はにこやかに箸を進めている。
「で、結婚はいつ頃なんだ?」と伯父が突然聞いた。
保坂が慌てずにだいたい考えてる予定を話すと、頷きながら聞いている。
「12月に入ったら両親がご挨拶に伺いますので、その席で決めたいと思うのですがご都合はいかがでしょうか?」
保坂がそう伯父にお伺いを立てているのを、亜佐美は穏やかな気持ちで聞いていた。
実は亜佐美には結婚式のことはあまり考えないようにしていた。
結婚式はなるべく花嫁の希望をかなえるというのが一般的ではあるにしても、
あれもこれもと考え始めると頭の中に霞がかかったようになる。
自分では決められないこともたくさんあるような気がした。
保坂の希望を聞いたうえで、両家親族の意見を調整しなければならない。
最終的にはそれが亜佐美の希望になるのではないかと漠然と考えているだけだ。
事が大きすぎて今の私には無理と亜佐美は自分で考えるのを止めていた。
「亜佐美、東京へ引越すんだね」祖母の貴子が突然ぽつりと言った。
全員がはっとして貴子と亜佐美を見比べている。
息を深く吸い込んでから、「ええ、もちろんそのつもりよ」亜佐美は答えた。
「そうかい」そう言って貴子は箸を置き、お茶に手を伸ばした。
亜佐美は貴子のために料理を小皿に取り分けながら、「まだ1年以上も先のことだわ」と何気ない口調で言った。
「結婚式までにはいろいろと相談に乗ってもらわないといけないし、
伯父さん夫婦と貴子さんは親代わりなんだから・・・」
そう亜佐美が言うと、貴子は「うん、うん」と深く頷いている。
「私をちゃんと送り出してもらわないと・・・貴子さんに」
そう亜佐美が言うと、もう一度貴子は深く頷いてから顔を上げた。
「じゃ、もうひと踏ん張りしますか。可愛い孫のために」
顔を上げた貴子は微笑んでいた。
「私のときもあるんだから、よろしくね」と従姉妹の瑠璃が横から声を掛ける。
「おや、瑠璃はまだまだだろう?」
「まだまだだけど、そのうちお嫁に行くんだから」
「いけるのかねぇ、あんたは」伯母が瑠璃に言うと、瑠璃はぷうっと頬を膨らませた。
その瑠璃を見て皆が笑う。
「この際、お義母さんに瑠璃の行儀作法をお願いしようかしら」そう伯母が言うと、
「あなたがお願いするんだったら引き受けてもいいわよ?」と貴子が返した。
「うわっ・・・なんでそういう話に・・・」としかめっ面をした瑠璃は「お前が藪をつっついたんだ」と次兄に小突かれていた。
「まぁ、とりあえず亜佐美の結婚が終わったら瑠璃の教育にとりかかるかね」そう言って貴子は笑いながら、亜佐美の差し出した小皿を受け取った。
和やかなうちに食事が終わり、食後のお茶をリビングに用意して席を移した。
伯父一家は亜佐美が係った社員食堂の話を聞きたがった。
大きな会社で組織的に仕事をするという貴重な体験を亜佐美は興奮気味に語った。
伯父は「亜佐美は昔から勉強や仕事にあまりやる気がなかったよな」と笑ったあとで、
「こんな子でもお役に立っているのでしょうか?」と保坂に聞いた。
「はい。大いに活躍してくれてます」と保坂は丁寧に答えた。
「新たに社員食堂の献立作成のためだけに誰かを雇用するのも不合理ですし、
今いる社員にその仕事をやらせると現行の仕事に支障がでます。
亜佐美さんのように業務契約のほうが会社としても無駄がないんです。
人を一人雇用するというのはかなりの負担になりますので」
保坂のそういう説明に、「なるほど」と伯父は頷きながら聞いている。
「それに社員が献立を作ると、不満や苦情も出易いと思います。
その点、外部に委託してるとなると不満もそれほど表面化することはないと思いまして」
「いろいろ考えているんだな」と伯父が言うと、
「食べ物の恨みは怖いというので・・・」と保坂が答えた。
「あれ?ということは、私が恨まれることになるの?」と亜佐美が素っ頓狂な声をあげた。
みんながそれに笑いながら、「「そういうことだよ」」と口々に言う。
「頑張るしかないな」と言われて亜佐美は苦笑した。
「亜佐美さんは恨まれないためにも、これからもうひと頑張りしてもらいます」
保坂は冷静にそう言った。
「今はもう話がきていますが、東京でのデモンストレーションや雑誌などのメディアの仕事を請けてもらいたい」
「ほう、それは凄いじゃないか、亜佐美」
「うん、少しそういうお話もあるんです。でもどうしようかと思ってて・・・」
「何故?どんどん出演して有名になればいいじゃない」
「恥ずかしいじゃないの。自信もないし」
伯母や従兄妹達が口々に励ますなかで、亜佐美の口調は重かった。
「それは違うよ、亜佐美さん」と保坂が言った。
「君がそういう仕事をして、世間に名前が売れてくればうちの従業員のためになる。
あの二条亜佐美がうちの献立作ってると思うと、お昼ご飯を食べるのも嬉しいものになるはずだ」
「そんなものかな?」と亜佐美がつぶやくと、
「会社に来て従業員は比較的狭い場所で最低8時間は働くんだ。
工場にしてもオフィスにしても自分の持ち場から離れることは少ない。
そんな中で楽しみは、休憩時間のコーヒー一杯だったり昼食だったりするとは思わないか?」
保坂の問いかけに亜佐美は頷いた。
「単に献立作りだけとは思ってもらいたくないなぁ。
社員のために出すお金なんだ。できるだけ効果があるほうがいいに決まってるよ。
亜佐美さんの仕事は、社員の動労意欲を支える大事な仕事なんだよ。
うちの会社のためになるんだ」
亜佐美は保坂の考えを聞いて、ようやく目の前がクリアーになった気がした。
いろいろと出演や仕事の依頼が舞い込んでいるが、何のために?私の最終ゴールは?と目的が見えくなっていたのだ。
よりよい仕事をすれば保坂の会社のためになる、ひいては一也を助けることになる、そのことに思い当たって急に目の前が晴れた。
「はい。わかりました」真面目にそう頷く亜佐美を保坂が優しく見つめていた。
一瞬の静寂があって、伯父の家族から声が上がった。
「やってられないな・・・」
「あぁ、まったく。独り者の前でやってくれるよな」
そう呟く二人の従兄弟。
瑠璃に至っては赤い顔で「未成年者の前でそれはないんじゃない?」と目を逸らせている。
触れ合っているわけではないのに、亜佐美と保坂の間に築かれた絆を目の前にして当てられたようだ。
伯父は「保坂君に任せておけば安心だな」と笑っている。
伯母と祖母の貴子は「私達は花嫁仕度で忙しくなるわね」とさっそく話し合いを始めたようだ。
帰ろうと立ち上がって玄関に行く伯父を保坂が呼び止めて、なにやら真面目な話をしている。
亜佐美のほうは従兄妹たちに呼び止められて、夕食は従兄妹会と称して外に食べにいこうと誘われていた。
伯父に話しかけた保坂のことが気になりながら、「後で電話するね」と答えた亜佐美だった。




