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1-12

 およそ二週間が経過し、トンカ村はようやく復興の兆しを見せつつあった。

 継ぎ接ぎだらけの建物や、まっさらになった茶色い畑、家畜が減って寂しげになった牧草地、広場を囲う花壇は萎れて朽ちかけた花ばかりが目立つ。


 戦いの傷跡は大きかったが、村人たちは前向きだった。

 新たな建物を建て、一から畑を耕し、残った家畜を愛で、広場にはこれを機に村のシンボルを建てようという話すら挙がっていた。

 今までと何ら変わらない生活が続き、むしろ失ったものを取り戻そうと、村は一層活気に満ち溢れていた。


 最終的な犠牲者は、たったの三人だけだった。もちろん村人たちにとってはかけがえのない家族を失った甚大な被害であり、復興よりも先にその追悼が行われた。

 しかし、戦える者のいない村が魔族に襲われたことを考えると、この人的被害の少なさは異常だった。


 神の奇跡だと天を仰ぐ者もいれば、魔族同士が同族で争ったと推測する者、偶然通りかかった旅人が魔族を打倒してくれたのだと架空の英雄をでっちあげる者など、様々な噂話が飛び交っていたものの、結局誰もその真相を知る者はいなかった。

 だから、魔族のような姿をした青年に命を救われたというキェルキの話も、そんな根も葉もない流言に埋もれていつの間にか忘れ去られていった。


 ヴィラリアのことを聞いていたツツだけは、シエトが何かしたのだということを薄々察していたようだった。ただ、何も語らないシエトの意志を尊重し、彼も他の者と同じように何も知らないふりをした。


「妹には会わなくてよいのか?」

「いいんだ。会ったらあれこれ聞かれそうだし、きっと止められるから」


 ヨミリは背中に受けた傷が深く、この二週間意識が戻らないままだった。命も危ぶまれる状況だったが、ようやく今朝一度目を覚まし、医者の診断ではしばらく安静にしていれば回復するだろうとのことだった。


 ヨミリの無事が確認できたことで、シエトは今日この村を出ることにした。ヴィラリアとの契約を守るためにいつかは村を出なければならなかったが、彼女はそれを急かすことはなかった。むしろ、シエト自身が妹から逃げるように出発を急いだのだった。


 村のはずれまで来て、シエトは少し名残惜しさを覚えながら振り返る。ちょうど頬を撫でるような風が吹き、それに乗って村人たちの騒がしい声が聞こえてきた。彼は大きく身体を伸ばして、村の空気を味わうようにゆっくりと深く息を吸い込む。


「相変わらず呑気な顔だな」

「ヤッカ……!」

 後ろから声がして振り向くと、そこには杖を突いたヤッカの姿があった。


「もう外に出て大丈夫なの?」


 その強靭な肉体のおかげで奇跡的に一命をとりとめたとはいえ、本来はまだ出歩ける状態ではない。実際右腕は肘から先を失い、左足も歪な方向に曲がったまま動かなくなっていた。


「家ん中に閉じこもってたんじゃ、身体が鈍って仕方ない。それに、村の奴ら総出であくせく働いてるってのに、俺だけおちおち寝てられん」


 そう言いながら、地面に落ちていた木材を担いで運ぼうとする。しかし、片足では上手く力が入らなかったようで、よろけて倒れそうになるのをシエトが慌てて駆け寄って支えた。


「……ごめん」

「なんでお前が謝る」


 シエトはそれが傲慢だとわかっていても、自分がもっと早くヴィラリアの力を使っていれば、と思わずにはいられなかった。

 死んでしまった三人も、ヤッカの腕と足も、彼の手で守ることができたかもしれない。結果論ではあるものの、自分の弱さに迷っていたせいで救えなかったのは事実だった。


 そして、同時に彼は自分が手にしてしまった力の大きさに対して、自分の選択が正しかったのかという疑問も感じていた。


 ちょうど顔を上げると、視線の先に広大な荒地が見える。そこはシエトが暴走して放った魔力によって、草木は跡形もなく消え、焼け焦げた土の地面が露出していた。青々と豊かに茂る森の中で、まるでそこだけ巨大なスコップで掘り起こしてしまったかのように、何もない空間が広がっている。

 一歩間違えば、ヤッカたちを救うどころか、この辺り一帯を村人ごと消滅させていた可能性すらあった。今度は『自分のせい』ではなく、紛れもない『自分の手』で。


「村を出るのか」

 ヤッカはまるで心を見透かしたように尋ねる。


「…………」

 それに対し、シエトは何も答えなかった。


 村を出ることに引け目を感じていたわけではない。


 むしろその逆で、彼は村を出ることに高揚感を覚えてしまっていた。


 救えなかった者がいた後悔よりも、身に余る力を手に入れてしまった恐怖よりも、自分が何者かになる機会を得たことへの興奮が圧倒的に勝っていた。

 魔族との戦いを経て、彼は言い知れぬ全能感を拭い去ることができなくなっていた。故郷を失ったあの日、燃え盛る炎の前で自分の無力さに絶望した彼は、喉から手が出るほど欲した力を得たことを喜ばずにはいられなかった。


 彼が望んだのは、世界を救う力ではなく、無力な自分を否定する力だった。


 そんな不謹慎で幼稚で自分本位な思考さえも、ヤッカに見透かされてしまっている気がして、シエトは何も答えることができなかった。


「どこに行くつもりか知らんが、まあいい」

 押し黙るシエトを見かねて、ヤッカは力強く背中を叩く。


「いつでも戻ってこい。お前がどう思おうが、ここはお前の故郷だ」

 よろけるように前に出たシエトに向かってぶっきらぼうな声で言うと、ヤッカはそのまま踵を返してそそくさと来た道を戻っていく。


「ありがとう」


 シエトは大きな背中に小さく感謝を告げる。けれど、まだ彼はその言葉を素直に受け入れることができなかった。

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