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「気分はどうじゃ?」

「自分の身体なのに、自分の身体じゃないみたいで不思議な感じ」


 シエトは木から木へと飛び移り、途轍もない速度で森の中を移動していく。


 契約によってヴィラリアの魔力を受け入れた彼の身体は、人間離れした能力を手にしていた。

 全身にまとった魔力が筋力を強化し、一度地面を蹴っただけで高く空を飛ぶことができる。キェルキを襲った魔族を一撃で叩き潰したのも、その膂力あってこそだった。

 さらに、肉体の耐久と治癒力も向上しており、つい先ほどまで死にかけていた彼の身体はほとんど万全な状態まで回復していた。魔力による強化で異常な動きをしても、すでにそれに耐え得る身体が出来上がっているため、ヴィラリアに乗っ取られた時のような後遺症が残る心配もない。


 ただ、あくまでもシエトの元々の身体をベースに魔力強化がなされているだけであり、ヴィラリアによる補助があるとはいえど、彼自身まだ魔力の扱いについてもど素人であるため、実際は与えられた能力の一パーセントも引き出せていない。それでも魔族軍の下級兵程度が相手ならば十分すぎる力だった。


「とりあえずキェルキを助けられてよかった」


 シエトはヴィラリアとの契約を受け入れて立ち上がると、すぐに村へと戻ろうとした。しかし、魔力探知によってキェルキが魔族兵に襲われかけていることに気付き、先にそちらへ向かって彼を助けたのだった。


「本当は安全なところまで届けてあげたかったけど」

「あの辺りにおった奴らはすべて片付いた。あやつはもう安全じゃろう」


 魔族兵たちは村を物色し終えて、餌である人間を求めて四方へと散らばっていた。

キェルキを襲っていた者を含めて、シエトはすでに四体の魔族兵を倒していた。彼らのいる北側には魔力反応がなくなっているため、キェルキはしばらく魔族に襲われる心配はないはずだった。


 村を襲いに来た魔族兵は残り七体。それをすべて倒さなければならないが、今はまずヤッカたちを助けるために急いで村へと戻っていた。


「ちなみに、この見た目はどうにかならないの?」

 シエトは自分の頭に生えた角をこわごわ触りながら尋ねる。


「過剰に供給された儂の魔力が、勢い余っておぬしの肉体を魔族的な組成に変容させておるのじゃ。おぬしの肉体の許容量に対して、儂の魔力が膨大すぎるからのう。あくまでも一時的なもので、魔力の出力を止めれば元に戻るから安心せい」


 現在ヴィラリアの魔力はシエトの中に作られた大きなタンクに溜まっているような形になっている。その蛇口をひねることでシエトの身体に魔力が流れ出し、人並み外れた力を手に入れることができた。


 魔力というのは、空気中から取り込んだ魔素を変換し、自分の身体の中にあるタンクに溜めたエネルギーのことだ。人それぞれにそのタンクの許容量があり、当然それ以上に魔力を溜めたり使用したりすることはできない。


 しかし、シエトの場合は魔族でも魔術師でもないため、タンクの許容量は限りなくゼロに近い。にもかかわらず、その先には途方もないヴィラリアの魔力が収められた巨大なタンクがある状態だった。

 そのため、ヴィラリアの魔力を使おうとすると、本来シエトの身体には到底溜め込めるはずもない量の魔力がなだれ込んでくる。当然彼がその魔力をすべて使い切れるはずもなく、あふれ出した魔力が彼の肉体そのものにも影響を与えてしまうのだった。


「これじゃ、どっちが魔族かわかんないよ……」

 シエトはキェルキの驚いた顔を思い出しながら溜め息を吐く。

「じゃから言ったろう。おぬしは魔王になるのじゃと」

「そうだけど、どうせなら僕は勇者になりたいよ」


 そんな雑談を交わしながら、シエトは通りがかりに見つけた魔族兵の首を落とす。もはやこの程度の雑兵は戦いにもならなかった。

 そのまま少し大回りをして六体目の魔族兵を倒すと、ようやく彼はトンカ村へと辿り着いた。


「これは……」


 破壊し尽くされた凄惨な光景を目の当たりにして、彼は下唇をぎゅっと噛み締める。


「みんなを探さないと」


 危うく絶望に押しつぶさそうになるが、シエトはすぐさま意識を切り替える。後悔は後でいくらでもできた。それよりも、今は村にまだ生存者がいないかを確認することが重要だった。


 広場に戻ると、生臭い血の匂いが鼻を突いた。獣に食い荒らされたような肉の残骸が散らばっているのが目に入り、シエトは思わず視線を逸らす。


「おい。まだあやつは息があるようじゃぞ」


 シエトが諦めかけた瞬間、ヴィラリアがそう言って少し離れた小屋の陰を指さす。そこには大きな血だまりの中に倒れる大男の姿があった。


「ヤッカ……!」


 辛うじて息があるとはいえ、ヤッカはひどい有様だった。全身傷だらけで、足は骨が折れているのか不自然な方向に曲がっている。切り落とされた腕の先からは血が流れ続けていて、駆け寄ったシエトの足元を濡らしていた。


「これで生きておるとは、しぶとい奴じゃのう」

 ヴィラリアはその姿を見て感心したように呟く。実際、生きているのが不思議なほどの出血量で、いつ失血死してもおかしくない状態だった。


「早く診てもらわないと」


 腕を縛って止血をしたものの、気休めにしかならなかった。一刻も早くきちんとした処置をしなければならないが、あまりに傷がひどく、とてもここから動かせそうにない。


「ごめん。もう少しだけ待ってて」


 ヤッカを救うためにはここへ医者を連れてくるしかなかった。そのためには魔族兵の残党を倒し、村の安全を確保する必要がある。


 近くに落ちっていた剣を拾い上げて腰に差す。そして、ヤッカの傷に障らないよう、少し距離を取ってから思い切り地面を蹴って村を後にした。間に合ってくれと祈りながら、ヴィラリアが感知した一番近くの魔族兵がいる場所へと向かう。


「……これで、あと一体」


 蛍のような光になって消えていく魔族兵を見下ろして、シエトは顔に付いた緑色の血を拭った。肩を大きく上下させながら、上がった息を何とか整えようと浅い呼吸を繰り返す。突然ふっと力が抜けたかと思うと、踏ん張りが効かなくなってその場に膝をつく。


 ヴィラリアの濃密で膨大な魔力に晒され、それを垂れ流すように消費し続け、さらに通常ではありえない動きを身体に強いたことで、すでにシエトの体力は限界だった。霞む目を手のひらで抑えながら、立ち上がろうと足に力を込める。


「休んでいる場合じゃない」


 最後の魔族兵はどうやら洞窟に逃げた村人たちに気付いたらしく、一直線にそちらへと向かっていた。当然あちらにも戦える人間はおらず、シエトが先回りできなければ甚大な被害が出てしまう。


「魔力を効率よく使わんからそうなるのじゃ」


 シエトはヴィラリアの魔力を必要以上に身体に取り込んでいるせいで、消耗が激しくなってしまっていた。本来、彼が行っている肉体強化だけであれば、限りなく少ない魔力で十分すぎるほどの効果が得られる。

 しかし、彼が魔力というものの扱いに慣れていないこと、そして彼自身が生み出した魔力ではないことが相まって、その出力を上手く制御できないのだった。


「そんなこと言ったって、仕方ないでしょ」


 ほとんど気力だけで足を動かして、最後の魔族がいる方向へと飛ぶ。物理的に動かなくなり始めている身体を無理矢理魔力で動しているせいで、より激しい負荷がかかってしまっていた。これではヴィラリアが彼の身体を乗っ取った時と同じで、負荷がかかるだけでなく長くは保たない。


「全く……。これほど魔力操作が雑な奴は初めて見たわ。熱くなりすぎておるから、とにかく一度落ち着け。このままでは最後の一匹に辿り着くまでに力尽きる」


 目の前に立ち塞がったヴィラリアが視界に入り、シエトは反射的に足を止める。当然、実体のない彼女にぶつかることはなく、勢い余ってそのまますり抜けてしまうが、その驚きのおかげでシエトは少しだけ冷静になることができた。


「でも、急がないとみんなが……」

「そう焦るな。敵の方は急いでおらん」

「……わかったよ。じゃあどうしたらいいのさ」

 宥めすかすようなヴィラリアに対して、シエトはほとんど八つ当たりのように言う。


「魔力を魔力で包むのじゃ」

 ヴィラリアは開いた手の上に、丸めた魔力の塊を出して見せる。

「包む……?」

「魔力というのはその性質上、常に内から外へと発散しようとする。じゃから、何も考えずに魔力を肉体へ流そうとすると、必要以上の魔力がそのまま外へと放出されてしまう。ところがもう一つ、魔力は一方向に流れ続ける場合のみ発散が起こりづらいという性質を持っておる」


 魔力の塊が彼女の説明に合わせて形を変容していく。

 雲のようにふわふわとした塊にすると霧散し、細長い蛇のような形にしてくるくると回すと形を保ったまま同じ動きを続けた。

 そして再びボールの形に戻ると、構造は安定したままゆっくりと回転する。


「今、これは魔力を球状にして回転させ、その中により濃度の高い魔力を込めている状態じゃ。外側の魔力は動き続けることで安定し、中の魔力は外側の魔力が蓋となって発散されることなく保たれ続ける。これをおぬしの身体で行えば、無駄な魔力消費は大幅に抑えることができるじゃろう」


 ヴィラリアが指で穴を開けると、魔力の球はそこから破裂するように霧散して消えた。


「まずは自分の身体を覆うように魔力を流してみるのじゃ」


 言われた通り、シエトは魔力の流れを意識してみる。本来であれば、これだけでも数年の修行が必要な技術だが、彼は一度ヴィラリアによって身体を操作されたことで、魔力の流れを制御する感覚を肉体的に会得していた。


「その状態で魔力を全身に流す。これで肉体への負荷も相当抑えられるはずじゃ」

「確かに、さっきよりもだいぶ楽になった気がする」


 身体に重くのしかかっていた疲労感がかなり収まっていた。


「この程度のこと、儂は意識せずともできておったがのう。凡人は何から何まで説明してやらんといかんから面倒じゃ」


 ヴィラリアはつまらなそうに欠伸をして、すっとシエトの前から消える。


 シエトは改めて自分の身体の感覚を確認するように拳を握り、それをじっと見つめる。そして顔を上げると、再び残りの魔族兵を倒すために洞窟へ向かって駆け出した。

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