プロローグ
勇者〝レオルフィン・ルクレディアス〟が魔王を討伐。
そのニュースはわずか数日で広大な土地を持つアマテア王国の全土へと広がった。
情報にいち早く触れることのできる上流階級だけでなく、靴磨きの少年や田舎の年老いた農夫、ぼろをまとった浮浪者、物乞いをする孤児さえも、例外なくすべての人間の耳に入った。
それだけこのニュースは重大で劇的なものであったし、同時にみなが求めていたものであったということだ。人々はしばらくの間、挨拶よりも先にこの話をするようになった。
レオルフィン・ルクレディアスは過去の伝説になぞらえて、『勇者』と呼称された。歴史上、魔王を倒した者はそう呼ばれる決まりだった。誰もがおとぎ話でしか聞いたことのない勇者という存在が誕生したのは、実に六百年ぶりのことだった。
もちろんまだ残党との戦闘が続いている地域もあったが、それらも軒並み戦況がよく、完全に戦いが終結するのも時間の問題と言えた。
レオルフィンと彼の率いる王下第一騎士団は戦いを終え、その功を称えられるために、首都へと舞い戻った。その道中、通りすがるすべての場所でこれ以上ない歓待を受け、世界を救った勇者たちに人々は言葉では尽くせないほどの感謝をあらゆる形で表した。
王国中がお祭り気分だった。毎夜各地で宴が繰り返され、人々は阿呆になるまで酒を飲んで踊り狂った。レオルフィンたちはさながらその中心を通るパレードといったところだろうか。
二月ほどかけてレオルフィンたちが辿り着くころには、首都はすっかり彼らを待ちわびた様子だった。街全体に豪奢な飾りつけがなされ、国中から集められた楽隊がつんざくほどのファンファーレを鳴らし、空を覆うほどの花火が上がる。街頭には勇者を一目見ようと集まった民衆が隙間なくごった返していて、街の中に入れず外で列をなす人々もいるほどだった。
しかし、そんな狂騒に水を差すように翌日から首都は雨が続いた。湿気を帯びた重たい空気が街に充満し、人々の熱気を急激に冷ましていった。予定されていた叙勲式は延期され、レオルフィンは宮殿の客室で手持ち無沙汰に過ごすことしかできなかった。
あの雨は神から人間への警告だったのかもしれない、と今になってレオルフィンは思う。はしゃいでいる場合ではない、まだ何も終わっていないのだという、神のお告げ。
状況が一変したのは、レオルフィンたちが首都に着いて五日目のことだった。その日もまだ長雨が続いていて、朝起きて窓を開けると、黴臭い臭気が部屋の中に入り込んできた。
「失礼いたします!」
全身にじんわりと怠さを感じながら、着るのが面倒な式典服に着替えていると、やかましいノックの音とともに騎士団の部下が慌てた様子で現れた。
「何かあったのか?」
彼は明らかに尋常ではない表情をしていた。
ずっと雨とともに張り付いていた嫌な予感が一気に膨れ上がる。
「昨日深夜から本日の明け方にかけて、北方要塞『キリカリエ』に魔族が侵攻。現地を防衛していた王下第二騎士団を中心に交戦しましたが、すでにキリカリエは陥落。部隊はほぼ壊滅状態とのことです」
「まさか……」
レオルフィンは信じられないというよりも、どこか納得する気持ちが大きかった。勇者などと呼ばれながら不謹慎な自分に嫌気がさす。
「指揮官を失った魔族など、その辺の獣と変わらないだろう。かの第二騎士団が後れを取るとは思えないが……」
ともかく取り繕うために、何とか王下第一騎士団副団長としての発言を返す。
「いえ、それが……」
すると、先ほどまでハキハキと報告していた部下が急に口ごもる。
「なんだ、包み隠さず報告しろ」
それは上官としての命令というよりも、単なる苛立ちをぶつけただけの言葉だった。
「はい、申し訳ございません!」
部下は覚悟を決めた顔をして、一層大きな声ではっきりと言う。
「新たな魔王を名乗る者が、我々に向けて宣戦布告をしてきたとのことです」




